俺が高校中退を決めたらクラスで一番の美少女が泣き出した 〜1年後、彼女はメイドとして俺の家に押しかけてきた〜

オタゴン

第1話/メイド美少女の舌の味!?

 高校を中退した時のことを夢に見た。

 あの日、俺は数ヶ月ぶりに高校へ行った。

 教室に入って、担任の先生に中退すると伝えた。

 すると、後ろから啜り泣く声が聞こえてきた。

 振り向くと、クラスでいちばん可愛い女の子が俺を見て涙を流していた。


「この人、臭い……っ」


 半年ほど風呂に入っていなかったので、そう言われて当たり前だと思った。


 女の子は不潔な俺に怯えて泣いていたのだ。


× × ×


 誰か俺を殺してくれって思いながら目を覚ます。そしたら横でメイド服を着た女の子が寝てた。

 その顔はあの日、泣いていた女の子の顔にそっくりだった。

 名前はなんだったか、思い出せない。

 時計を見ると六時頃。カーテンから差し込む朝日が煩わしい。

 メイド服の女の子は俺の横で猫みたいに丸まっている。なぜか安心しきった表情。ロクに掃除もしてないゴミだらけな俺の六畳一間でよくそんな顔できるなーって思う。


「あ、おあよーござぃまーす……ジロウ様ぁ……」


 起き上がり、気の抜けた声で挨拶するメイド服の女の子。こちらへの驚きや警戒は感じられない。ジロウ様とは俺、甲斐次郎のことなんだろうか。

「あ、どうも」

 彼女は悪気があってこの部屋にいるわけじゃなさそうに見える。放っておいて、仕事に行っても問題なさそうだ。

「じゃあ俺、行くので」

「って、ちょっと待ってよぉ! いきなりどこ行くのぉ!?」

「仕事」

「なんでそーなるのぉ〜!?」

 慌てて飛び起きた女の子は縋り付くように俺の腰へ手を回す。涎や涙でじわりと濡れるシャツ。

「だってまだ何も説明してないじゃん! お前は何者なんだ~とか色々聞いてよぉ!」

「え、なんで」

「……なんか無視されてるみたいで、寂しい」

 本気で悲しんでる顔だった。

「でも俺、これから仕事。遅刻できない。また今度でいいですか?」

「つ、冷たい……」

 俺は朝食を食べないし歯を磨かないし顔を洗わないし一週間に一度くらいしか着替えないし水道が止まっているから家のトイレは使わないので、仕事に行く前にやることが特にない。

 だから縋り付く女の子を振り解いてすぐ玄関に向かう。彼女の話を聞いてあげるべきな気もするが、仕事には遅刻できない。

 女の子が意を結したように声をかけてくる。

「ねえ、朝ごはん食べないの?」

「別にいらないよ。いつもそうだし」

「それ、メイドとして見過ごせないっ!」

 女の子は真剣な眼差しで俺へ歩み寄る。キスできるくらいまで顔を近づける。

「私はあなたのメイドなの! あなたを守り、一緒に戦うのが私の使命なんだよ!」

「へー、そうなんですね」

 何も理解できないけど、どうでもいい。

「じゃあ私……ツルヨからジロウ様へ、朝ごはんをあげるね」

 女の子はツルヨという名前らしい。

 ツルヨはべーっと舌を出すと、それを手で引きちぎった。

 ぶちっとゴムが弾けるような音。一瞬だけ苦痛に顔を歪めるツルヨ。その右手にはさっきまで彼女の舌だったものがあって、口からは栓を閉め忘れた蛇口みたく血が漏れ出ている。

「はい、どうぞ!」

 ツルヨは俺に向けてちぎった自分の舌を差し出す。お菓子を分けてくれる子どもみたいに。

「いや、食べたくないんだけど」

 だって人の舌は食べ物じゃない。

「大丈夫だよ! 私の舌は緊急時に栄養を与えるため、生食できるようになっているのです、えっへん! まあ確かに、火を入れた方が美味しいかもしれないけど……」

 そういう問題じゃない。でも食べないと仕事に行かせてくれなさそうだ。

「じゃあ、わかった」

 諦めて、あーんと口を開ける。

「わっ、やったあ! はい、あーん♡」

 ツルヨは嬉しそうに俺の口へ自分の舌だった肉を押し込む。咀嚼してみると旨味のある汁がぶわっと滲み出てきた。

「私の舌、美味しい?」

「あー……マグロの赤身みたいだ」

 少し血の匂いがする。もう少し塩気が欲しい。でも不味くはない。

「つまりそれは美味しいということでいいんだよね!?」

 身を乗り出して聞いていくるツルヨ。

「美味しいですね、うん」

「やったあー! これ一つでタンパク質25g配合なんだよ!? 私の舌は栄養食〜!」

 もぐもぐと噛む俺に向け、ツルヨは自慢気に舌をべーっと出す。

 そこには先ほどもぎ取ったはずの舌があった。

「え、さっき取ったのに」

「何度でも生えてくるんだよ!」

「それは、すごいね」

 そういう会話をしながら、ごくりと舌を飲み込む。彼女の身体だったものが俺のなかへ落ちていって、胃の中でじんわり燃やされ始めるのを感じる。どんな食べ物も命の一部なんだよなあ、とか改めてぼんやり考える。

 考えるのをやめる。

「じゃあ俺、仕事行くから」

「はい! 少し寂しいけど……帰ってきたらたくさんお話しようね。行ってらっしゃい、ジロウ様!」

 

 ツルヨの声を背に受けながら外へ出る。

 空は曇りと晴れの中間くらい。特別な予感も期待も思わせない色をしている。きっといつも通りの春。


× × ×


 俺は定職についていない。

 だから金がなくなれば日雇いの単発バイトをネットで探す。今日は朝から夕方までPC工場で働く。ラインに流れてくるPCケースに部品をはめ込む。それを8時間に加えて残業3時間。この仕事は実入りが良く、日給で1万以上の稼ぎになる。誰でもできる仕事だし、コミュニケーションも関係性も生まれない。生産性以外の不純を殺した単純労働。いい仕事だ。今の俺にとって唯一の社会参画。

 工業機械の不快な駆動音が脳を揺さぶるようにガンガンと鳴り響く工場で、俺はひたすらにPCケースへ部品を組み込んでいく。

 

 おずおずと話しかけてきたのは、隣で作業する小汚い中年の男だった。

「あの、お兄さん。今いくつですか? 二十歳とか?」

 中年男は自分を卑下するような苦笑を顔に貼り付けていた。

 きっとこの男も俺と同じ。この仕事以外で他者と関わる時間なんてない。

「十七です」

「あれ、今日学校とかはいいんですか?」

「中卒なので」

 途端に中年は同情を込めた生ぬるい視線を俺に向ける。

「そっかそっか、頑張り屋さんだ! この現場は初めて?」

 すると、後ろからこの生産ラインの管理者であろう社員の男が苛立ちながら歩み寄ってくる。

「無駄口してると帰り、遅くなるんですよ?」

 中年男は慌てて黙り込み作業を再開する。自虐的な苦笑をそのままに小声で「すません……」と謝る様子が情けない。

 中年という属性の男には絶対にそうなってはいけない種類の情けなさがある。目の前にいる男は全身にその情けなさを着込んでいた。

 彼のような存在が社会と健やかに関わり合いながら幸せに生きるにはどうすればいいのだろう。

 社会を諦めてこんな人生を送る俺が考えたところで、それは意味のないことなのだけれど。

 余計なことを考え始めた頭を真っ白にするため、とにかく手を動かす。ひたすらPCの部品を組み立てる。全てがどうでもよくなって、俺は完全に工場の一部になる。この瞬間、幸福ではないけど不幸でもない。

 一生これがいい。

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