第40話 慈愛
オクタヴィアは、カンパニアからも追われることとなった。
パンダタリア島――シシリア海にあり、コルシカ、サルディニア、シシリアの三島に囲まれた小島。
そして、流刑囚の送られる場所だった。
――ああ、ルキウスにとって、私は本当に罪人なのね。
思い知らされた気分だった。
けれど、同時にルキウスらしい、とも思う。
パンダタリア島は確かに流刑地ではあるけれど、風土に関してはローマよりもはるかにいい。また、カンパニアには劣るが、この地にも別荘を建てて与えてくれた。
オクタヴィアに裏切られたと思っていてなお、こうやって気遣ってくれる優しさが伝わってくる。
日々大きくなるお腹に手を当て、オクタヴィアは目を閉じる。
パンダタリア島へ送られた日にも、ルキウスは姿を見せなかった。ただ、やって来たガイウスによって、様子を知ることができた。
冷たい無表情を崩すことなく、幾多の困難にも政治手腕を発揮し切り抜けた、と。
良かった。
オクタヴィアはほぅ、と息を吐く。
自分のせいでルキウスが窮地に陥っているのではないかと、心配していた。ガイウスは切り抜けたことを悔しげに語っていたが、オクタヴィアは嬉しかったのだ。
ルキウスの、重荷にならずにすんだことが。
ふと、窓の外へ視線を向ける。
海の青と、空の青。その間に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいる。
この綺麗な景色を、できるならばルキウスと一緒に見たかった。
否、それよりも疲れているだろうルキウスに見せて、癒してあげたい。
叶わぬ望みと知りながら、願わずにはいられなかった。
子どもができなければ、きっとルキウスの傍にいられたのだろう。自分の感情を押し殺してでも、約束を守ろうとしてくれていたはずだ。
けれど今、二人は離れ離れになっている。
すべては腹に宿る、この子どものせい。
妊娠を望んだわけではない。むしろ悲嘆し、絶望したことを覚えている。
堕胎すら、考えた。ルキウスに知られる前に、処分してしまおうと。
けれど、できなかった。信仰によって禁じられている、それだけが理由ではなかった。
子どもには、何の罪もない。小さな生命は何も知らず、ただ生まれてくるだけなのだから。
また、オクタヴィアには考えがあった。ルキウスの秘密を知る、自分にしかできない、大切なことが。
トン、と下腹部が振動する。
胎児の、自己主張だった。そこに小さな生命が育まれている、確かな証。
ただ、今の動きはどことなしに弱かった気もする。オクタヴィアの悲しみが伝わったのか、それとも母を慰めようとしてくれたのか。
愛しさに、胸が詰まる。
大丈夫よ。
安心して、生まれておいで。私は、あなたを憎んでなどいない。
そっと腹を撫でながら、心の中で優しく語りかける。
――そう、たとえ忌まわしき過去の、結晶だったとしても。
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