第38話

 殿下にも見つかってはいけないんだ。きっと……。

 王都に、来てはいけなかった。

 ルゥイを連れて来てはいけなかった。

 殿下が知らないルゥイ。

 リンクル殿下は結婚していない。

 そしてルゥイのことを知らない。

 ルゥイが殿下の子だとしたら……御落胤だとしたら……。

 後継者問題に貴族の派閥問題……いろいろ問題が起きる可能性があるってことなのだろう。

 だから、この子はいないものとして、私に預けられた。

 預かった私は見つからないように隠れ住んでいる。

 見つかってしまえば、下手をしたら、ルゥイは闇に葬られる。

 恐ろしい想像に、すっと凍り付く。


「ああ、いたいた!」

 リンクル王子の後ろに、ルゥイを抱っこしたマーサさんの姿が見えた。

 ま、まずい!

 ルゥイを見られるわけにはいかない。

 幸い、ルゥイは眠っているのか、顔をマーサの肩に伏せて顔は見えない。見えているのは……。

 目の前に立つリンクル王子とそっくりな金色の髪だけだ。いや。坊主頭にしたから髪色もパッと見ただけでは分からないだろう。

「侍女が呼びに来たみたいだから。行くわね!」

「あ、ああ」

 にこりと笑って見せると、リンクル王子がほっぺたを少し赤らめる。

 引き留めてしまったことを恥じているのだろうか?

 殿下の横を通るときに、殿下が私の腕をつかんだ。

「え?」

 見上げれば、殿下の目があった。

 どきりと、心臓が音を立てる。

 見上げるくらいに身長も伸びた殿下。

 私を掴む腕はあの時よりも、ずっと大きくてゴツゴツとしている。

 ……。

 あの時?

 あの時って何?失った3年の間の記憶の一つ?

 心臓がバクバクと早まる。

 分からないけど、思い出してはダメなことのような気がする。

「あ、明日、会いに行くよ」

「ダメ」

 即座に否定すると殿下が悲しそうな顔をする。

 だって、私が家に戻っていないことがばれてしまう。時間を稼がないと。

 王都を離れる時間を……。

「急に予定を変更しては周りに迷惑をかけてしまうわ。分かるわよね?」

 殿下がうんと頷いた。

 まるで、教師と生徒に戻ったようなやり取りに、自然と笑みがこぼれる。

「そうだね……。シャリナに会えて……我を忘れてしまった。いつもはこんなんじゃないんだ。本当だよ?こんなに子供っぽいことはしない」

 ああ、3年前。俺も成人する。大人になると言っていた殿下の姿を思い出す。

 今では、私と歳が変わらないくらい成長している。

 ……あ、私も成長というか年を取ったんだけど、3年の記憶を失って気持ちはまだ22のままだ。殿下は今20歳……あ、うん。それでも2歳年下なんだよね。見上げるくらい大きくなっただけで同じ年ではないよ。

 実際は私は25歳だし。記憶がなくてもきっと3年間で精神的にも成長しているはずだし。

 それなのに、なぜかいろいろと頭が働いてない。

「予定の調整に10日はかかるでしょう?」

「そんなにはかからないよっ」

 首を横に振る。


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