君と僕とひと夏の記憶

夕凪

第1話

 ピピピ───。無機質な機械音で目が覚める。先程まで見ていたはずの夢は頭に靄がかかってどうにも思い出すことができない。何気なくカーテンを開けばこれぞ夏とでもいうような太陽が部屋に入ってくる。

 先週から始まった夏休みはただ気怠いものでしか無く、遊ぶ予定も遊ぶ友達もいない僕は毎日学校へと足を運び課題をやる日々。我ながら味気無い夏休みだ。と若干自嘲しながら進める課題は捗るばかりで、夏休みが始まって一週間で全ての課題が終わろうとしていた。あと一ヶ月ほど夏休みは続くのにやることが無くなってしまったら僕はどうするのだろうか。課題が終わる喜びよりもなにもすることがなくなった夏休みへの不安の方が勝る。


 『蒼空へ

ご飯だけは作っておいたから食べなさい。

二人共帰って来るの遅いから昼夜は自分で。』

という手紙と共に置いてあった朝食を適当に食べて制服に着替える。両親は共働きで夏休みですらほとんど家にいない。幼少期からあまり親と夏休みに遊んだ記憶が無いことも遊ぶ予定が無いことの要因かもしれない。

 時計を見やり、課題を持って学校へと向かう。学校の門が開いて少しした頃に学校に到着したほうがいいのは初日で思い知らされた。部活動の生徒が競い合って校門をくぐるのだ。だから二日目以降はこのくらいの時間に出てゆったりと登校している。

 自宅から遠くも近くもない位置にある学校は自転車でも電車でも通学できて楽だと思う。最近は暑いのでもっぱら電車で登校しているけれど。

 電車に乗りながら音楽を聴いて、本を読みながら行くのが最近のルーティーン。最近読んでいる本はベタな恋愛小説だが面白いと評判の話題作。平均的な男子高校生と転校してきた美少女が段々と惹かれ合う王道ストーリー。だが、その美少女にはある秘密があって……というような売り文句だったのを覚えている。そんなことを考えながら読書に没頭していると、学校の最寄り駅の名前が車内アナウンスで流れてきた。一駅前には読書をやめておかないと、降りるときにバタついてしまうだろう。


 学校に着くまでに汗をかいた。流石猛暑。校内に入れば少しは涼しいかもしれないが、校内も熱気が籠もるのでいち早く図書室に行きたい。基本的に開放されている図書室は空調が効いていて、絶好の勉強場所となっていた。

 もちろん、僕の他には誰もいない。みんな遊んでいるのだ。こんなに暑いのによく遊ぶ気になるなと思うけど、暑い中毎日学校へ足を運んでいる僕も周りからはそう思われているのだろう。

 図書室がある西校舎に入ると、少しだけひんやりとした空気が僕を包む。西校舎はあまり日が当たらないので校内の他の場所よりは暑くない。それでも暑いことに変わりはないが、猛暑のジリジリとした場所から移動すれば中々涼しく感じる。

 

 図書室に入ると、更に冷えた空気が僕を出迎え、ようやく生き返ったような心地になる。それに加え図書室特有の紙とインクのような匂いに心が落ち着く。図書室には、本棚の奥に自習をしたり本を読んだりできるようなスペースができている。いつも通り一番奥の端の席に座ろうと図書室の奥へと進んで気が付いた。

 

────僕の席に人がいる。


正しくはいつも自分が座っている席なのだが、そこに人影が見えた。更に奥に進んで本棚を抜けると人影が像を成していく。

 その人影は遠目からでも分かる美少女だった。僕の通う学校にいるのに僕の学校とは違う制服。学校の制服は冴えないネクタイと紺色のスカートだというのに、人影の……彼女の制服は赤いリボンがよく映えるセーラー服だった。彼女は何かしているわけでもなく頬杖をつきながら前方を見つめ続けている。何かあるのだろうか。ただまっすぐ見つめ続けているために僕の存在は認識されていない。

 いつもなら声なんて掛けない。自分から人に話しかけるなんてことは絶対にしない。でも、何故か話しかけなければいけないような気がして。言うなれば話しかける運命のような。


 僕は気付くと声を掛けていた。

「…あの、」

声を掛けたはいいものの、そこからどう話しかけるのが正解かなんて分からなくて止まってしまった。

 しかしそれは杞憂だったようで、すぐに彼女はこちらに向き直って言った。


──────待ってたよ、蒼空くん。



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