第34話 シツモン

 月曜日の教室は週末を引きずった高揚と、これから始まる一週間への気怠さが混ざったような独特な空気に包まれている。わたしは断然前者で、週末の浮かれた気分を思いっきり引きずっていた。


 弾む心で教科書を整理したりしていると、友香ちゃんが、こちらへと顔を出す。


「おはよう」

「おはよう、なんだか眠そうだね」

「うん。ちょっと色んなことがありすぎて、眠れなくて」

「色んなことって?」

「まあ、それは、おいおい」


 友香ちゃんは遠いところを見るような目をした。その目の下には隈がこびりついている。いつも飄飄としている彼女にしては珍しい。何か悩んでいるなら相談に乗ってあげたい。


「わたしでよかったら、話聞くよ?」

「……ありがと。けど大丈夫、これはだいぶ私の問題というか、私の推しについてのあれこれが混線してるというか、まあひとまずは大丈夫。それより、妹ちゃんとのお出かけはどうだった? 楽しかった?」

「楽しかったよ! 友香ちゃんが服を選んでくれたおかげ、ありがと」

「どういたしまして。かわいい愛の助けになれて光栄です」


 友香ちゃんはそう言っておどけたように笑う。そのいつもと変わらぬ様子にそっと胸を撫でおろす。


「友香ちゃんは週末何してた?」

「ああ、えっと、島本さんといたかな」

「え、そうなんだ。どこで遊んでたの」

「……そこらへんをちょっと散歩してた、かな」

「そうなんだ! 二人っていつの間にか仲良くなったよね」

「まあ、仲良しっていうか、うん。色々とね」


 照れ隠しのような答えに、わたしは微笑んだ。友香ちゃんは社交的な割に、わたし以外の人とは一定の距離を置く傾向にあるから、そんな彼女が週末に時間を過ごせる相手ができたということがなんだか嬉しかった。


 しかもそれが、れんの部活のチームメイトで友達というのが、なんだか世界は狭いなぁって思う。というか、島本さんは、れんのことが好きなわけだけど。それは、また別の話で。とにかく今は、友香ちゃんに新たな友人が出来たことを喜びたい。


 そんなことを考えているうち、わたしはある一つのことを思いついた。


「友香ちゃんって、今週末空いてる?」

「空いてるよ?」

「実はれんに部活の試合を観に来てって言われてるんだけど、友香ちゃんも来る? 島本さんもいるだろうし」

「行こうかな」


 わたしの誘いに友香ちゃんは一瞬迷うような素振りを見せるも結局は首を縦に振る。


「やった。れんの部活の試合って観に行ったことなくて、不安だったけれど、友香ちゃんがいれば安心」

「……愛も最近、妹ちゃんとめっちゃ仲良くなったよね。この前のデートといい、試合応援したりとかも」

「え、うん。そ、そうだね。反抗期もだいぶ収まったみたいで」


 友香ちゃんの口から出たデートって単語になぜかしどろもどろになる。別にやましいことなんて何もないはずなのに。


 それに、友香ちゃんの様子も少しだけおかしい。何か、余裕がなく問い詰めるような口調というか。やっぱり何か悩んでいるのだろうか。


 そんなわたしの思考の上から、再び問いかけが飛んでくる。


「ありえない話だとは思うんだけど、愛って妹ちゃんのこと……」


 その問いが全て発せられる前にチャイムが鳴った。友香ちゃんはその音で我に返ったような表情を浮かべて、首を横に振った。


「ごめん! 今の無し! 忘れて」


 いつも通りの快活な笑みを浮かべてそう言って、友香ちゃんは自分の席に戻った。

 わたしは、さっきの問いの続きが発せられなかったことに、なぜか胸を撫でおろした。


 


 それ以降、友香ちゃんはずっといつも通りの明るくて優しい友香ちゃんで、結局その問いの続きが彼女の口から発せられることはなかった。

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