第9話 ソウダン?

「総持先生の新刊は無事に買えた?」

「買えたし、昨日だけで三回読んだよ……兄弟とその友達による三角関係がテーマのシリーズなんだけど、それが怒涛の急展開で……ってわたしのBL談義はどうでもいいから! 愛は結局、例の件どうするの?」


 HR前の教室の喧騒にそっと潜ませるように、友香ちゃんは囁く。


「うん。それに関しては、断ろうと思ってて」

 わたしもそれに倣って小声で友香ちゃんに告げる。

「やっぱりかぁ」

 てっきり驚かれると思ってたから、その反応にわたしの方が拍子抜けた。


「いや、昨日は愛の良さを分かってくれる人がいたって事が嬉しくて勝手に一人ではしゃいじゃったけど、愛はあんまりピンと来てなさそうだったし。だからあのあとちょっと後悔してたんだ。愛の気持ちを無視して舞い上がっちゃったなって。だから、ごめんね」

「ううん、自分のことみたいに喜んでくれて、大事に思ってくれてるんだなって、うれしかったよ。だから大丈夫。それと、こちらこそ折角喜んでくれたのにごめんね。やっぱりわたしまだ付き合うとかよくわからないや」

「ううん。全然。そんなの、本人の気持ちが一番大事だし。というか、やっぱりそうやって気を遣わせて、申し訳ないっていうか」


 友香ちゃんはそういってシュンと肩を竦める。普段は明るさのベールで隠されているけど、わたしはそんな彼女の奥底にある人に対しての真摯な姿勢を好ましく思う。


「じゃあさ。そのお詫びにってことで、相談に乗ってほしいな」

「そんなことでよければいくらでも乗るよ! それで答え以外に何を悩んでいるの?」

「その、もし本当に告白されたら、やっぱり断るんだけど、わたしに好意を抱いてくれたことは嬉しいの。だから、少しでも相手の子を傷つけたくなくて、どうすればいいかな?」


 わたしの問いかけに友香ちゃんは腕を組んでうなる。それから、控えめに口を開く。


「変にごまかさずに、正直に想いを伝えるしかないんじゃないかな。告白を受け入れるかどうかは告白された本人が決めるしかないみたいにさ、告白の返事をどう受け止めるかも告白した本人にしか決められないんだよ。だから、その結果生まれるのが傷だったり痛みだったとしても、変にごまかされるよりは数倍、本人のためになると思う」


 友香ちゃんはわたしの目を真っすぐ見つめながら言葉を紡いだ。だから、その言葉は何の引っ掛かりもなく直接胸に響いた。


「わかった。わたし、正直に想いを伝えてみるよ」

「うん。頑張って」


 わたしの言葉に友香ちゃんは微笑んで頷いた。友香ちゃんの言葉で、霧が晴れたような気がした。そうして開けた視界でわたしはもう一つの問題にぶち当たった。


 それに気づいて、内心で頭を抱えて、迷った末、控えめに友香ちゃんに切り出した。


「あと、もう一つ相談があって……」

「どうしたの?」

「その、昨日なんかれんの様子がおかしくて」

「え、妹ちゃんが? どんなふうに?」


 友香ちゃんは興味と心配の入り混じった表情でこちらに身を乗り出す。


「その。言葉とか態度が冷たいのは概ねいつも通りなんだけど、妙に甘えてくるというか」


 さすがに膝の上に乗ってきたとは、本人の名誉的にもその他もろもろの問題的にも言えなくて、少し言葉を濁す。


 友香ちゃんは顎に手を当てて考え込んだ後、

「もしかして、告白されたこと喋った?」

「直接じゃないけど、お母さんづてに。それがどうかしたの?」

 わたしは首をかしげる。友香ちゃんは頭を抱える。

「妹ちゃん、健気すぎる」


 なにが健気なのか、尋ねようとしたら、それを遮るようにチャイムが鳴って、先生が教室に現れた。

「やば、」

 呟いて、わたしに軽く手を振って、友香ちゃんは自分の席に戻っていった。


 明瞭になった視界の中に若干の消化不良を残して、一日が始まった。


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