お払い箱聖女なのに義弟(こじらせ)に溺愛されるみたいです

来栖千依

第1話 聖女がお払い箱になった理由

 幼いころから、私はたびたび予知夢を見た。

 ルーデンベルク公爵だったお爺様が亡くなって代替わりしたり、流行り病が国中で猛威をふるったりする夢は怖くて、泣きながら起きることもしばしば。


 泣きじゃくる私から夢の話を聞いた乳母は両親に知らせ、それを耳にした従者たちから噂が広まって、グランシュ国教会から『聖女』のお墨付きを与えられたのが八歳のときだ。

 十四歳になると、腰まで伸ばした銀髪に聖女の証である茨の冠をのせられて教会に入った。国教会が庇護する『預言の聖女イライザ』の名前は、皇国グランシュヴァイクの西の端から東の端までとどろき、各地に私の像が立てられるまでになった。


 大勢の国民が「聖女様」と崇めてくれる。預言をするとみんなが喜んでくれる。

 その期待に応えようと、私はよく眠り、よく予知夢を見た。


(けれど、この未来は見えなかったわ)


 震える手をきゅっと握りしめて、私は前方の説教壇に立った人物を見上げた。

 赤や黄色、緑の光を透かす大聖堂のステンドグラスを背に、この国の第二皇子ケルビン様がこちらを睨んでいる。

 垂れ衿の聖職服からわかるように彼は司教の位に就いていて、聖女である私を後援してくれていた。波のように穏やかで怒ったところは見たこともない。

 そんな、まさしく聖職者といった青年だったのに、今は人が変わったように敵意がむき出しだ。私を取り囲む主教や司祭たちも、彼の表情を写し取ったように剣悪な眼差しである。


「皆も知っているとおり、昨晩、皇帝陛下が刺殺されました。あなたは聖女でありながらどうしてそれを預言できなかったのですか、イライザ」

「申し訳ありません。重大な出来事を必ず夢に見るわけではなく――」

「言い訳は聞きたくありません」


 ぴしゃりと言い切って、ケルビン様は首を振った。


「聖女のあなたでなく、彼女の方が預言をするとは思ってもみませんでした」

 彼が視線を送った先には、褐色の髪をほうき草のように広げた修道女がいた。

「ベル……」

 私は彼女をよく知っている。遠い修道院からこの大聖堂に出向していて、聖女として活動する私の世話役を務めてくれていた人なんだもの。

「あ、あなた本当に皇帝陛下の死を預言したの?」

「そうです。今朝早くに予知夢を見て、すぐにケルビン殿下でお知らせしたんですよ。まさかイライザ様が、あんなに重大な事件を預言できないとは思いませんでした」

 歩み寄ってくるベルは、宿敵を打ち負かしたように口角を上げた。

 背筋を凍らせる私の目の前で、ケルビン様はベルを壇上に引き上げ、大事そうに抱き寄せた。

「国教会は、陛下を救えなかったイライザを聖女とは認めません。彼女から預言の聖女の資格をはく奪し、ここにいるベルを真の聖女と認定します。イライザ、あなたはもうお払い箱です」



 ――というのが、私イライザ・ルーデンベルクがお払い箱になったいきさつ。



 預言の聖女としてちやほやされてきた日々が嘘のように、教会の外へほいっと放り出された私は、実家であるルーデンベルク公爵家の町屋敷まで歩いて帰ってきた。

 現ルーデンベルク公爵である父は、私が教会を追い出されたと知ると、憤りを鎮めるかのような表情で家に入れてくれた。落胆はしていないようだった。皇帝陛下の崩御でそれどころではないのだ。

 父は私を居間に通すと、兄を連れて宮殿に出かけて行った。


「これから、どうしようかしら」

 大きなソファにもたれて天井を見上げながら、下ろした銀の髪をもてあそぶ。

 父は皇帝の廷臣だった。私の予知夢でいくつもの天災や侵攻を防いだ功績をたたえられて貴族の頂点に立ってきたけれど、これからはお払い箱になった元聖女を抱える家として逆風にさらされるだろう。

 それは、私が公爵家にとどまり続けるかぎり続く。


(早く家を出て身を固めなければいけないわ)

 けれど、預言の聖女として生きてきた私はデビュタントもまだなのだ。貴族の令息たちとは教会を通じてのお付き合いしかなく、もう十八歳なのに婚約者がいない。

 一応、結婚相手の候補はいた。私を後援してくれていたケルビン様だ。

 継承権第二位でありながら婚約者を持たなかった彼は、いずれ公私ともに聖女を支えたいという信念を持っていて、私に向かって結婚をほのめかす発言をしたことも一度や二度ではなかった。

 今からデビュタントを済ませても、お払い箱という不名誉がついた私に求婚してくれる男性がいるとは思えない。

 貴族令嬢には、結婚せずに宮殿で侍女仕えをする道もあるけれど、皇帝の死を預言できなかった私を雇い入れる皇族はいないはずだ。

 八方ふさがりの現実から目をそらしたくて、私はまぶたを閉じた。


「ああ、もう。誰でもいいから結婚してほしいわ」

「それなら俺がもらってもいいですよね?」

 突然、真上から透きとおった声が降ってきた。

 目を開けると、背後に立って私の顔をのぞき込んでいた美しい青年と目があう。

「おかえりなさい、姉さん」

 宝石のような青い瞳を柔らかく細めて笑うのは、久しぶりに見る義弟のリヒトだった。

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