ソラのほそ道

@kakotsu

第1話

 晴れ間より 見上げた空に 地球(テラ)と虹 


コメント:ありきたり。

コメント:お題に沿おうとするばかりで新鮮な感動が感じられない。

コメント:小学生以下


「はあ〜」

月のターミナル駅は今日も人でごった返している。

おれはターミナルの隅のベンチに座って、手の中の端末を未練たらしくいじっていた。

開いているのは、俳句投稿サイトだ。

今月のお題に沿って投稿された俳句が、サイト運営の撰者陣+ユーザー投票の得票数でランク付けされている。お題は「月コロニーの夏」。

日本街では四季を表現するためにコロニー内でも雨が降る。その雨上がりの景色を詠んだ句だ。季語は虹。

今月の投稿数は500。おれの投稿した俳句の順位は、ページをスクロールしてスクロールしてスクロールして……じゃーん、456位。

「ドベのほうがよほど潔い!」

「まだ腐ってるの?」

人目も憚らず絶叫したおれに、売店から戻ってきた粉藤が缶コーヒーを差し出す。

「うるさい。13位とはしゃべりたくない」

「君ねえ……だから友達いないんだよ。僕以外」

ぼやきながら、粉藤はおれのとなりに腰掛けて缶コーヒーを開ける。

「先月20位今月13位と順調に順位を上げている期待のルーキーにドベから数えたほうが早いやつの気持ちがわかるもんか」

粉藤は学校時代からの付き合いで、縁あって卒業後も同じ会社に就職し、未だになんのかんのとつるんでいる間柄である。いわゆる悪友と言うやつだ。

そして学校時代の俳句サークルの同期で、ライバルでもある。……とおれは思っている。

「おれは俳句を愛してるけど、俳句はおれを愛してないんだ」

「なるほどねー」

「俳句に愛されていないから季節もわからんような星に飛ばされるんだ。それに引き換え、お前はあこがれの地球赴任だぞ。うらやましい。変われ。今からでも変われ」

「無茶言うなあ」

粉藤は苦笑しながら缶コーヒーを傾けている。

 おれたちの会社は、宇宙不動産開発事業……の孫受けだ。

業務内容は未開惑星に赴任して開発前調査をすること。平たくいうと、不動産として売れるかどうかを調べることだ。

とは言っても、地質、大気などの調査は機材が自動で行うし、やることは定時報告以外にはほとんどない。

それなら無人機で良いではないか、という話だが、未開惑星については、先住の知的生命体がいない場合は初めて降り立った知的生命体に所有権が認められるという国際法があるため、有人探査にしているということだ。

もちろん、雇用契約書で業務上開拓した星の権利は個人としては放棄することになっているので、調査した星がもらえるわけではない。

 おれと粉藤は入社から今日でちょうど半年。今回は研修を終えて初めての現地赴任だ。

そして弊社にはもう一つの請負業務として、地球の環境浄化装置のメンテがある。

現在の地球は全体が自然保護区になっていて、原則として居住は認められていないのだが、この幸運な友人は、なんとそのメンテ要員の補充に選ばれたのだった。

 地球。俳句の故郷。

もちろん、おれが憧れているような、美しい日本エリアの四季は、もう失われてしまったのだろう。

それでも一度でいいから、かつての俳人たちが愛したその土地を自分の足で踏んでみたいと思うのは、マニアしては当然の願いだと思う。

一方おれがこれから行くのは、まだ仮称しかない辺境無人惑星である。

「うううう……うらやましい。憎い」

「君のそういう正直なところ、嫌いじゃないけどね」

粉藤はよっこいしょとトランクを担いで立ち上がり、去りがけにゴミ箱に空き缶を丁寧に入れる。

「まあでも、考えようによってはチャンスじゃない?」

粉藤ののほほんとした声。

「なにが」

「だって、その星は君以外誰も行ったことがないんでしょう?君しか見たことのない景色ばかりじゃないか。

創作の新規性っていうのは、いかに誰も見たことのない景色を切り取るかってことでしょ」

おれがぽかんとしていると、粉藤は「じゃ、また通話でね」と言って地球行きプラットフォームに行ってしまった。

なんとなくその背中をめがけて投げた缶コーヒーは、ゴミ箱の縁に当たって床に落ちた。


 ***


「新規性ねえ……」

惑星ヒナ9554は真っ赤な晴天だった。

赴任前の予備調査で、大気および放射線レベルは人体に無害ということがわかったので、到着後、基地のセッティングが終わると早々に外部探査に向かうことにした。

もちろん、急なガスだまりなどに遭ってもつまらないので、レギュレーターはつけている。

この星は、昼間は景色が基本的に赤い。空が赤いから、照り返す地面も赤っぽくなるのである。

「どうかしましたか?」

 独り言のつもりだったが、前を行く自律観測機が返事をした。

キャタピラをカタカタ言わせながら荒れ道を行く姿は、巨大なキャラメルの箱といった感じだ。離れたところから見ても目立つように、鮮やかなイエローに塗装された長方形のボディ。変形可能で段差もなんのそののキャタピラ、3本のじゃばら状に伸縮するアーム、360度カメラを備えた小さな灯台のような頭部を備えている。

「お前、趣味とかある?」

「趣味ですか?稼働したのはこの星に到着した3時間前が初めてですので、特にそういったものは」

アニメのキャラのような、少年のような声が、丁寧な発音で答える。

「そういう設定とかないの?人格あるんだから」

「ないですねえ……そういうのあったほうが好感度高いですか?」

「いや、無理にとは言わないけどさ」

「谷床さんの趣味はなんですか?」

「おれは俳句」

「ではここで一句」

「え、いきなり?お前、人格調整おかしくない?」

とはいえ、振られると一句ひねってしまうのが俳人の性というもの。

初めて降り立った惑星。自律観測機が周囲を警戒しているが、やはり知らない土地を身一つで歩くのは緊張感がある。

という感興を句に詠めまいか。

「うーん、赤い空、赤、赤い天、ひとりきり……」

見上げる空を大きな白い鳥っぽい何かが飛んでいく。

こんなのはどうだろう。


 ひとりきり 赤い天ゆく 白蛇鳥


「白蛇鳥って、今飛んでったあれですか?」

「そう。どうせレポート上命名しないといけないんだし」

「ひとりきりではなくないですか」

「一『人』ではあるだろ」

「人格があると認めた相手に対してそれ言っちゃいます?」

「うーん、まあ白蛇鳥が何かはわからないとしても、字面からそれっぽさは伝わる気がする。赤と白の対比もあるし。でもなあ」

「どうしたんですか」

「季語が、ないんだよなあ」

「確かに、あれが季節感のある生き物なのか不明ですね」

「というか、まず季節が不明だよな」

「事前の観測結果では、この星の季節は乾季と雨季の2パターンです。一日は地球時間で約3時間。到着時が夜でしたので日没まであと2時間ほどあります。乾季と雨季の周期は現時点では不明ですが、非常に短いスパンで季節が巡っているようです。今は乾季です」

「あれが乾季にしか飛ばないとかだったら、乾季の季語だな」

「これからの調査で明らかになるでしょう」

「急にロボットみたいになるなよ……ええと、お前名前は?」

「型番はSOL-α5000です」

「SOL-α……じゃあソラだな」

「愛称ですか?」

「俳人のお供にぴったりだ」

「では谷床さんは芭蕉ですね」

ソラと名付けた自律観測機は、楽しそうに頭部をぐるぐる回転させた。

まあ、おれが芭蕉を名乗って良いほどの俳人かどうかは別として、気分は悪くない。

「谷床さん、今日のところはもう基地に戻ってはいかがですか?周期がわかりませんが雨季が来ると厄介です」

「そうだな、一旦戻って……」

と、言いかけたところで、がくんと衝撃が来た。

ソラのアラームがピーピーなって、蛇腹のアームがおれの方に伸びてきたのを最後に、意識が途絶えた。


 ***


 目を覚ますと、夜だった。

見上げると、深藍の空に衛星が2つ、並んで光っている。

おれは地べたに背をつけてひっくり返っており、目の前に岩肌がある。

どこかにぶつけたのか頭が痛んだ。立ち上がろうとする。右足に激痛が走り、どうやら骨が折れていることがわかった。

見上げると、自分が落ちてきたらしい断崖絶壁が目の前にそびえていた。

体を起こそうと地面についた手に、なにか平たいものが触れる。

手探りすると、どうやらおれの体のしたにソラが倒れているのだった。

「ソラ」

呼びかけるが応答がない。

ポケットに入れていたライトをつけて、ソラを照らす。

体全体がひしゃげて、頭部のカメラはカバーごと砕け散っていた。

おそらく、おれが崖から落ちたのを、じゃばらの腕で抱きとめようとして一緒に落ちたのだろう。

自分の体を犠牲にしておれを守ってくれたのだ。

 再度崖を見上げる。とても人間が素手で登れる高さではない。そもそも脚が折れていては。

 どうしよう。

通信機は、ソラに内蔵されているもの以外は基地に行かないとない。ここからエマージェンシーを上げることができない。

たぶん、定期連絡が来なければ、誰か確認しに来ると思うけど、一番近くの有人駐屯地からでも地球時間で7日間はかかるはず。

今日通報されても、一番早くて7日待たないと助けは来ない。

しかし、本社は1日2日なら定期報告が来なくても気づかないだろう。通信のタイムラグなど、遅れは多少あるものだからだ。

そうなると、もしかすると10日以上助けは来ない。

近隣散策のつもりだったからかなりの軽装備で来ており、食料も水も持っていなかった。

つまり、飲まず食わずで短くても10日間程度助けを待つことになる。

ぽつり。

水滴が顔に当たった。と思うやいなやバケツをひっくりかえしたような土砂降りになる。

ていうかこの雨は当たっても大丈夫な成分なのか?

 ……あれ、これは死ぬのでは?

全身の血の気が引く音がした。頭がくらくらする。

ええ?うそ、こんなところで?おれは死んじゃうのか。

死ぬ……死んじゃうのだったら……そうだ!

「辞世の句を詠まなくては!」

 辞世の句。人生で一度しか詠めない特別な句。

しかもこれは季語が要らないとされている。

ここで良い句を詠めれば、もしかしたらニュースなどで取り上げられて、たくさんの人に読んでもらえるかもしれない。

あまつさえ、夭折の俳人としてこれまでの俳句も日の目を見るかもしれない!

よし、そうと決まれば、なにか詠まなければ。

土砂降り雨の中、おれはソラの腹の上で、腕組みして考えた。

 ……なんにも思いつかない!

こんな極限状態で、しかも友(ソラ)を失ったばかりの劇的状況だというのに一文字も思いつかないなんて。

「おれって才能ないんだなあ……」

しみじみと呟いて、脱力した。

体がみるみる冷えていく。

「あーあ……」

おれも死ぬ前に、一度でいいから地球に行ってみたかったな。

「ん?」

雨で煙る夜空を、なにか点滅する光がよぎった。UFOか?

「谷床さーん」

パラパラパラ、と軽いプロペラ音を立てながら、黄色い機体が下りてきた。

ソラの声だ。

「ソラ!?」

ソラ(2)はおれの前に着地すると、プロペラを畳んでキャタピラで近づいてきた。

ソラの機体に遮られて、雨の当たりが弱くなる。

「あーいたいた。お怪我ないですか?……あー、脚が折れてますね。運ぶんで動かなくていいですよ」

「お前……」

「基地にあった予備の機体で戻ってきました。プロペラの取り付けに時間がかかっちゃって、おまたせしました」

「なんだあ……死んじゃったのかと思った」

「『人』でないのに?」

「悪かったよ」

「基地の母機と並列化してるんで、機体の死は死ではないのです」

軽口を叩きながらも、ソラはおれの体にベルトを巻き付けて、自分の機体に固定していく。

「揺れますが我慢してください」

そういうと、ふわり、体が浮いた。本日二回目の浮遊感だった。

 ソラはぐんぐん高度を上げて、ついに雨雲の上に出た。びしょ濡れになった体に、生暖かい風が吹き付ける。

 昼間は真っ赤だったこの星の見慣れない空も、夜になってしまえば見慣れた宇宙の闇の色だ。

宇宙の底に、コインを2つ並べたような衛星が浮かんでいて、その光だけがあたりを照らしている。

目に映る景色をただ美しいと思ったのは久しぶりだった。

俳句に出会ってからはいつも、この景色をどうやって俳句に読もう、という邪念にまみれた目でしか世界を見ていなかったから。

ソラに抱かれながら空を飛ぶ。地面から離れても衛星は変わらず遠くで光っている。

眼下には、まだこの世の誰も見たことのない、踏んだことのない土地がずっと向こうまで広がっている。

あの遠くに見えるのは海だろうか。この星の海は、何色だろう。

「こんなに綺麗なのに、おれとソラしか見てないなんてもったいないな」

「絶景かな、ですね。ではここで一句」

「ええ?」

うーん。


 ふたご月 浮かべて夜の 飛行かな


「とか?」

「月って秋の季語じゃないですか?」

「まああれは月ではないからな」

「じゃあ季語わかりませんねー」

「季語わからんなー」

「でも、なかなか良い句だと思います」

ソラのお世辞に苦笑する。

「まあ、この景色もちゃんと動画で撮ってますので、後で誰かに見せたければ送ればいいんですよ」

とソラ。

ん?動画?

「なあソラ、ものは相談なんだが……」


 ***


『はーいみなさんこんにちはー。ヤショウと』

『ソラでーす』

画面の下半分を占める大きなテロップ。谷床がバストアップで映っていたのが、くるりとフレームアウトして銀色の荒野が映し出される。

ソラというのは自律観測機の名前で、彼が内蔵カメラで撮影しているので声しか入っていない。

『はい、というわけで今日から新しい惑星に到・着!というわけなんですけども。見てくださいこの一面の荒野』

『なーんにもないですねえ』

『ないねえ』

『それではヤショウさんここで一句』

『いやさすがにこの状態では出ねーよ!まだなんにも見つけてないじゃん』

ドーン!というSEが入って画面が揺れる。

「お、新しいの配信されてたか」

地球環境管理事務所の一室。粉藤の背後からモニタを覗き込んだ上司が言う。

「おつかれさまです。外どうでした?」

「ずっと砂嵐」

「ですよね」

 うなずいて窓の外を見る。一面砂色の景色。草一本、虫一匹いない日本エリアの、この景色は芭蕉でも絶句しただろう。

いや、彼ならこの景色も楽しんで句に読み込んだだろうか。

 シャワーから上がりたてなのだろう、タオルで髪をがしがしと拭きながら、動画を見始めた上司のために少し体をひねって場所を開ける。

「面白いよなあ『ソラのほそ道』。チャンネル登録4万件超えたらしいじゃないか。この配信者お前の同期なんだって?」

「そうなんですよ」

「しかし、宇宙不動産紹介と俳句か。いろんなことを考えるやつがいるもんだよな。許可する弊社も弊社だけど」

画面の中の銀色の荒野を、楽しそうに谷床が走っていく。それを等速で追いかけるカメラ。

「まあ、友達ができてよかった」

そう呟いて、粉藤は今日も動画にいいねを押すのだった。


(了)

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