06

 昼食を終えた後は、都心の企業を回る実篤の護衛に専念した。登悟は警戒心を強めていたが、流石に人目の多い都心部で襲撃をかけてくることはなく、日が傾き始めるまで何事もなく時間が経過した。

 そうして予定の最後にあった施設の前で登悟と灼が周辺の警戒を行っていると、用事を済ませた実篤と生体hIE、そして百合香が正門から出てきた。

 登悟は人通りを眺めながら問いかける。


「これで終わりか?」

「ああ。連れ回して済まなかったね」


 実篤の護衛は犯人が捕まるまで続く。登悟がどれだけ働かされるかは、調査を行っている詠子の手腕次第だった。

 実篤が灼に対しても礼を述べている間、登悟はそれとなく百合香の表情を伺った。

 百合香は昼食後から明らかに口数が減っており、雰囲気の剣呑さも増しているように感じられた。しかし立場的には実篤の身内であるはずの彼女が、一体何に対して敵愾心を募らせているのか分からなかった。

(昼の会話が原因なのは間違いないっぽいんだが)

 しかし百合香が敵意を向けているのは、どうやら登悟ではなさそうだった。それが尚更腑に落ちず、登悟は内心で首を傾げていた。

 そんなことを考えているうちに、洗練されたフォルムの高級全自動車が登悟たちの前に停車した。百合香は登悟と灼に形ばかりの会釈をして後部座席に乗り込み、その後ろに生体hIEが続いた。

 実篤は車に乗る前にこちらへ振り返って一礼した。


「一日ご苦労だった。また明日も頼むよ」

「おう」


 登悟が短く答え、灼が艶やかな微笑みと共に頷いた。

 その時だった。

 実篤の背後で高級車の扉が勢いよく閉まり、タイヤと路面との間で煙が上がるほどの急発進をしたのだ。

 甲高いスリップ音に道行く人々が騒然となる。登悟が最後に見たのは、扉が開かないことに気がついた百合香が青ざめている瞬間だった。暴走した全自動車は、そのまま秩序だった交通規則を無視して大通りを通過し、角を折れて見えなくなる。


「ちぃ……!」


 登悟は舌打ちしながら、去り際に見た車のナンバーを端末に打ち込み、詠子へと転送した。

 すぐに詠子が通話に応じた。

『何事だ』

「ナンバーを追跡してくれ。明智と生体hIEが攫われた」

『灼がいたのに後れを取ったのか』

「全自動車に乗り込んだところを狙われた。車両のクラックか交通システムの侵入かは知らんが、突然全自動車が発進して連れ去られた」

『襲撃ではなく搦め手か。……分かった。二十秒待て。その間にお前は車を呼んでおけ』

 登悟は大人しく指示に従った。最寄りの全自動車を検索して現在地を入力する。


「な、何が――」


 登悟の背後では実篤が事態の急変に言葉を詰まらせていた。

 灼が焦燥とは無縁の様子で言った。


「貴方を狙っても埒があかないと思ったのかしら。恋人を狙うことにしたらしいわね」

「そ、そんな馬鹿な。人質にでもするつもりか? いや、それにしたって一貫性がなさ過ぎるし、それに……」


 困惑から口数の増える実篤を、灼はどこか面白がるように眺めている。

 程なくして登悟たちの前に呼び出した全自動車が停車し、登悟の個人認証タグからレンタル料金が精算される効果音が鳴った。

『待たせたな。連中の行き先は旧港湾区の倉庫の一つだ。マップに表示する』

「灼!」


 登悟に呼びかけられた灼は「何?」と小首を傾げる。


「運転、できんだろ!?」

「都心部での自動走行システムの解除は犯罪よ」

「んなもん詠子に吹っ掛けとけ。どうせ警察連中にも顔が利くんだろうさ」

『何を勝手な、と言いたいところだが仕方あるまい。その全自動車を一時的に警察車両の一つと見なすよう手続きをしておく』

 どうせ真っ当な手続きじゃないんだろ、と登悟は内心で毒づきながら助手席へと乗り込む。

 そのとき、これまで棒立ちだった実篤が声を上げた。


「ま、待て! 僕も連れて行ってくれ!」

「敵地に突っ込むのにクライアントを同伴する護衛がいるか! 大人しく待ってろ!」

「じっとしていられるはずがない。二人とも僕の身内だ!」


 運転席に乗り込んだ灼が、パネルに指を滑らせながら、

「言い争ってる時間はなさそうよ」

「この……どうなっても知らねえぞ!」


 登悟が言ったときには、実篤は既に後部座席に乗り込んでいる。

 扉が閉まると同時に、灼はせり出したハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。

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