覇道の終わり
マーリンは言葉を失っていた。
その紫色の焔、美しい鳥たち。
ちいさくも凛々しい立ち姿。
「お、弟ぉ……!?」
「わぁい! アイザックが帰ってきました! マーリン、アイザックが死の国から帰ってきたんです!」
子鹿は無邪気にマーリンを抱きしめる。ギガガブリは呆気にとられ、ほかの獣人たちは穴の底から凄まじい熱波を放つ少年を見上げた。
少年は視線で、姉の無事を確認し、獣人たちが穴の底に沈んでいるのをちらりと見やる。
他方、巨穴の反対側、不死王は圧巻の存在感を放つ少年を凝視していた。
ヴィクターには瞳がなく、それゆえに魔眼などあろうはずもない。だが、実力のある魔術師であるならば、眼前に放出された魔力の威風を見間違えることはない。
卓越した魔術の使い手たる不死王は、アイザック・レッドスクロールの放つの未曾有の規模感と、憤怒を、すべてを焼き尽くそうとする魔力からひしひしと感じていた。
(凄まじい魔力……体外に放射済みの魔力量だけでも、私を上回るスケール)
砂で作ったオブジェを砕くように、粉砕されゆく配下の死霊たち。
目を見張るのは紫焔である。
それは通常の赤き火炎とはかけ離れた色彩だ。
周囲の遺跡を融解させていることから極めて高温なのがわかる。
(死者の骨髄を通じて伝わるこの感触……あの魔力に触れればひとたまりもないな。私の知らない術だ。火と鳥と魔術。『灼鳴鳥』の発展形のいずれかの術式だろうが、もはや原型がない。最低でも第六魔術以上は固いか──)
「む?」
ヴィクターはあることに気づいた。
同時に空虚な闇の瞳を揺らした。
想像を超えたものを認識したのだ。
「あれは、まさか……っ」
七羽の鳥を使役する少年。
その蒼い輝きを放つ双眸。
見開かれるそれは至高の宝玉のよう。
不死王の動揺は、配下に伝播する。
安全圏にいたリッチたちは動揺し、腹心のデュラハンは怪訝な声をだす。
「ヴィクター様、どうなされたのですか?」
「──素子の魔眼だ」
デュラハンの背筋が震えた。不死王の側近として、生前よりそれを追い求めたからこそ、彼にはそれが何なのかよくわかっていた。
「まさか! そんなはずは……かの魔眼の所有者は皆、破滅の運命を迎えるはず」
「あの純魔力結晶体のごとき澄んだ水晶構造。見間違えるものか」
デュラハンは押し黙り、自分たちがとてつもない魔術師を相手にしていると知る。
「あの年齢の少年が、いかにしてあれほどの力を手にしたのか、妙だとは思ったが、これで合点がいった。そうか、そうだったのか、素子の魔眼か。それを有する魔術師か。ふははは……そんなことがあるのだな。長生きしてみるものだ」
(いますべてに納得がいったぞ。これまで獣人どもを引き連れていた魔術師。それはヤツだったのだ。素子の魔眼よ。お前が私の前に立ちふさがっていたのだ。ルーンもゴーレムもそうなのだろう? そして、お前はあの日、死んだ。我が策略により、獣人どもはお前を失った。そのはずだった)
不死王の繊細な観察力は、獣人たちが素子の魔眼の少年に驚きを抱いているのを感じ取っていた。つまるところ、これは彼らにとっても予期せぬ事態ということ。
(仕留め損ねたということだろうな。あの死の谷から舞い戻るか。いいだろう。我が覇道『死霊の王国』の邪魔立てをするというのならば、伝説の力が相手だろうとねじ伏せるまで!)
大地が震える。
不死王を起点に巨大な魔術式が構築されてゆく。
あちこちから鳥たちが逃げるように飛び立ち、遺跡は崩壊を加速させるように崩れ始めた。
少年の視線はヴィクターを巨穴の向こうからとらえている。
少年は不死王の術式の展開にあわせて走りだした。
(あいつを殺す。俺の追加詠唱『灼鳴鳥』術式射程50mまで近づかないと)
旋回する紫焔の鳥と少年が巨穴を大きく迂回して縁にそって走ってくる。
「デュラハン、機を狙い、奴を仕留める。あれは有象無象とは違うぞ」
「御意のままに」
もはや眼前より逃げ出す未熟な魔女や子鹿のことなど眼中にない。
覇王が見据えるのは、神に愛されし奇跡の子供だけだ。
(すでにヤツは術式を展開済み。それもかなり強力そうだ。まずは攻撃を受け止めねばなるまい──)
ヴィクターは配下のスケルトンから三冊の粘土板を受け取り、構築中の魔術式に、すでに記述された魔術式から祖式を引用、連結させ、第六魔術の式を素早く構築した。
この時点で不死王が次に選べる式は、途中まで流用可能な式を持つ、土属性第六魔術の攻撃魔術七種と、防御魔術四種である。
その時、紫の鳥が一羽、空に舞い上がった。
(来るか!)
見上げる高さまで登ると、不死王を狙って急降下。
角度45度。えぐるような攻撃は実に素早く、着弾まで5秒もない。
加えて回避の難しい『灼鳴鳥』の発展形術式。
不死王は己の有する膨大な魔術のなかから、この瞬間、このシチュエーションに最も適した魔術を瞬時に選択、それを発動する。
「母なる抱擁よ、其の御手で守り、
其の御手で防ぎたまへ、
──『第六魔術:
短縮詠唱と術式の引用連結により放たれた大魔術。
それは不死王の有する土属性魔術のうち最大の盾。そして最硬の盾だ。第六魔術という偉大な術式量でくりだされ、大地を持ち上げ、巨人すら見下げるほどの巨壁と成す防御魔術の奥義である。
少年の素早い攻撃に対して、第六魔術を間に合わせるという離れ技。
不死王の凄まじい術式展開技術に、リッチたちは感嘆の声をあげ、火の鳥から逃げるように、母神巨象門が作り出した安全圏に逃げ込んだ。
一瞬の後、紫焔の鳥、着弾。
母神の加護を受けし巨岩壁は、真ん中から右側にそれた位置で大爆発を起こし、真っ赤に赤熱する直径6mの穴を穿った。
分厚い巨壁の裏に隠れていたリッチ2体に、爆風で飛散した岩石が命中し、その偽物の生命を終わらせる。
その破壊力を見た者たちは戦慄した。
着弾地点が違っていたら、ああなっていたのは自分たちだったのだから。
(馬鹿なッ、なんという破壊力だ!? かつて帝国七年戦争で宮廷魔術隊の『第六魔術:
少年の攻撃はあまりに破壊的だった。
もはや巨岩壁は自分たちを守ってはくれない。
「ゆけ! 我がゴーレムたちよ! 我が配下どもよ、遠隔より魔術攻撃をおこなえ! 目標を散らすのだ!」
手に松明を持ったリッチたちがあちこちに広がって、魔術を放たんと構える。
不死王は粘土板に拳を叩きつけ、杖を強く握りしめ、少年を倒すための第六魔術を構築せんとした。
だが、すべてが遅すぎた。
魔術戦においては先に術式を展開することが”えらい”。
どんなに凄い魔術でも、発動できなければ意味がない。
『灼鳴鳥』はただでさえ射程の長い術だ。
少年の才能はその射程を50mまで延長済み。
そして1発目の鳥が届いたということは、当然、彼はすでに不死王率いるその側近たちを射程圏内におさめている。
「ゆけ」
少年は初撃を防がれたと判断した5秒後、怨敵を40mの距離にとらえた段階で、残った6羽の鳥の半分にあたる3羽を放っていた。
2羽が流星の軌跡を残して直線起動で到達。
巨岩壁に正面から着弾。大爆発を起こした。
初撃のちょうど隣になるように。
不死王のくりだした大魔術の壁は瓦解する。
壊れた巨岩壁の裏では、粘土板の山のうえで横たわる不死王の姿があった。豪奢なローブは土埃で汚れている。爆風と破片を喰らい、威厳ある骸骨の半分は、すでに失われており、かろうじて骨腕を天に伸ばすばかりのありさまだ。
天より最後の灼鳴鳥が下りてくる。
周囲にはすでに事切れた骸骨たち。
素子の魔眼をもつ少年は、獣人のスケルトンたちに包囲されているが、紫焔の舞によって、文字通り手も足も出せずにいる。
残された腹心デュラハンも、いましがたの攻撃ですでに事切れたようだ。
「あぁ、いやだ、いやだぁ……しにたく、ない……」
薬指と小指を失った骨手は、無力に空をかく。
「わたしは、わたしの、えいえんの王国は、ここに誕生、する、あとすこし、500年、かけた、生命の限界をこえ、エルダーに至ったのだ、わが、わが、覇道は、こんなところで、おわらない……っ」
もう存在しない左手は、握り馴染んだ黒樹の杖を探すように動く。
「わたしが、だれよりも、ながく鍛えた、誰よりも、魔術を、まなんだ、わたしは、わたしは、だれにも、負けはしないのだァア……!!」
死者の咆哮。
覇王の最後の叫び。
降る紫焔はすべてを飲みこむ。
巨大な爆炎がたちのぼる。
その瞬間、死霊の軍勢は糸が切れたように崩れ始めた。
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