第12話 時間と生命 その2

4月7日 9時20分(フィリピン時間) フィリピンの田舎道にて


《飛鳥蒼空視点》


蒼空俺から離れろ、この猫!時の管理人ジャックザリッパー!」

蒼空時間は3秒止まる!!」


なんだこれは……あの猫、一体何なんだ?


止まった時間の中で、自分の指を見る。血と肉がぐちゃぐちゃに混ざり合って、指はほとんど形を成していない。皮膚が裂けて血が吹き出してるし、骨が露出してやがる。痛みが脳を突き刺すようだ。


グロい……なんだこれは……


ふと気づくと、猫がどこにも見当たらない。周囲を見回すが、影も形もない。


どこに行きやがった!3秒じゃ短すぎる。


そして時間が動き出し、音が一気に戻ってくる。


焦りを抑えながら、必死に猫を探そうと首を振る。


蒼空透、あの猫はまだいるか?」


透が冷静にレイヤーを確認し、答えるが


いや、猫のレイヤーはもう一つもない。近くにはいないね。突然消えたみたいだ。」


透の言葉に愕然とする。指の痛みが鋭く蘇り、指先がジンジンと痛む。


蒼空はぁ……あの猫……殺す……」


怒りが胸の奥からこみ上げてくる。けど、透と湊がすぐに反論してくる。


いや、どう考えても今のは蒼空が悪いでしょ……」

僕もそう思う。」


蒼空いや、でも猫だぞ?ただの可愛い猫だろ。」


蒼空誰だって触りたくなるだろ、透、お前は猫好きだっただろ?」


透は苦笑しながら首を横に振る。

いやー、怪しい猫にはさすがに触らないかなぁ……」


透の言葉に納得がいかないが、冷静になるために深呼吸する。指の痛みがまだ残っていて、気持ちを落ち着かせるのが難しい。


蒼空はぁ……とりあえず敵を探さないと。このままじゃ攻撃されっぱなしだ。」


これ以上の不意打ちは避けたい。この田舎道には、思っていた以上に危険が潜んでいるみたいだ。


そうだね……とりあえずあの猫が何者なのかを探らないと。」


透がそう言いながら、周囲に鋭い視線を走らせる。だが、周囲には特に変わった様子は見当たらない。木々や草花が風に揺れ、鳥や虫たちが何事もないかのように鳴いている。自然の音がいつも以上に静けさを強調しているように感じる。


俺は血に染まった指を軽く握りしめ、痛みに耐えながら周囲を警戒する。

痛みはまだ鋭く残り、指先が脈打つようだ。何かが潜んでいる気配が、肌にまとわりついて離れない。


とりあえず、一旦ここから離れよう。」透が再び声を上げる。

どこから敵が来るかわからない状況だと、どう考えても私たちの方が不利だ。」


その言葉に、湊も頷き、三人は慎重に足を動かし始めた。足元の土は柔らかく、歩くたびに靴がわずかに沈み込む。湿った土の匂いが鼻をくすぐり、微かに湿気を帯びた風が肌に触れる。


木々が次第に生い茂り、周囲の視界が狭まっていく。足音がわずかに響く中、透がふと立ち止まり、耳を澄ませる。


……なんだか、少し嫌な感じがする。」

透が低く呟く。その言葉に、湊と蒼空も耳を澄ませるが、聞こえるのは風に揺れる葉の音と、遠くで鳴く鳥の声だけだった。


ここで立ち止まるのは、どう考えても危険だと思うな……もっと安全な場所まで進もう」

湊が提案すると透は少し考え込んでから、静かに頷いた。


そうだね。ここでは周囲が見渡せない。もう少し進もう。」


再び歩き出した三人は、少しずつ前進しながら周囲を警戒する。木々の間を抜ける風が冷たく感じられ、鳥の鳴き声がどこか遠のいたように思える。汗が額ににじみ、背中に伝うのがわかる。


数分進むと、ようやく少し開けた場所にたどり着いた。周囲には高い木々が生い茂り、太陽の光が遮られているため、薄暗さが広がっている。木漏れ日が地面に点々と光を落とし、そのコントラストが不気味な影を作り出している。


透は立ち止まり、周囲をじっくりと見渡した。

蒼空とりあえず、ここで周りを見渡そう。少し開けているから、見通しは良いはずだ。」


湊も周囲を見回しながら、深く息を吐く。

ここなら少しは安心できる……?」


ああ、多分ね」


だが、その言葉とは裏腹に、緊張感が消えることはなかった。どこかに潜む何かが、彼らをじっと見ているような感覚が消えないままだった。


その時だった。


(何か……羽音……?なんの音だ?)


透が何かに気づいたように立ち止まり、耳を澄ませた。小さな羽ばたきの音が、どこか遠くから聞こえてくる。だが、その音がどこから発せられているのか、透には見当がつかなかった。


そして次の瞬間、透の身体がピクリと震えた。胸の奥に嫌な予感が広がる。


蒼空……透?」


俺は透を呼びかけるが、その声が届く前に、透は突然苦痛に顔を歪めた。何かが身体の中で弾けたような感覚が走り、透は本能的に手を横腹に当てた。


その手が触れた瞬間、暖かい感触が指に伝わる。直後、透の目は自分の手と、その手が触れた箇所を見て驚愕する。


透の横腹には、握り拳ほどの大きさの穴がぽっかりと開いていた。皮膚は裂け、筋肉と血管が無惨に露出している。鮮血が一気に噴き出し、透の手を真っ赤に染める。内臓の一部が覗き見え、息をするたびにズルリとその穴から漏れ出しそうになる。


蒼空時の管理人ジャックザリッパー!!!6秒止まれ!!!」


俺は叫び、すぐに時を止める。周囲の音が消え、世界が静止した瞬間、透の方に目を向けた。

そこには、透の横腹を貫通するように飛んでいる鳥が止まっていた。

鋭いくちばしが彼女の血に染まり、翼は空中で凍りついたかのように完全に固定されている。


蒼空この鳥が……!)


俺はすぐさま鳥に向かって手刀を振り下ろす。


蒼空くそ……」


俺は透の体を後ろから支え、6秒が過ぎるのを待つ。


蒼空よし……六秒立った。時は動き出す。)


一瞬の静寂の後、世界が再び動き始める。

鳥の翼がわずかに震え、俺の手刀がその体に衝撃を与える。感触が一気に戻り、骨が砕ける鈍い感覚が俺の手に伝わる。羽がパラパラと空中に舞い、鳥は力なく地面に叩きつけられた。地面に落ちた鳥から血がじわりと広がり、透の横腹からも鮮血が絶え間なく流れ出している。


透は苦痛に顔を歪め、声を抑えて必死に痛みに耐えている。彼女の体を支える俺の手には、冷たい汗と血が混ざり合った感触が伝わってくる。流れ出る血が彼女の服を赤く染め、冷たい汗が透の額ににじんでいる。


「「蒼空と湊透……!」」


俺と湊が同時に声を上げるが、彼女は苦しそうに息をついているだけだ。


???あぁ…残念…心臓を外しちゃった…」


そして突然、背後から冷たい女性の声が響く。俺は反射的に透を地面にそっと寝かせ、声のした方へと振り向いた。心臓が一瞬だけ早鐘を打ち、全身が緊張で固まる。


そこには一人の女が立っていた。年齢は20代半ばくらいだろうか。長い紫の髪が風に揺れ、その顔立ちは整っているが、目は冷酷で獰猛だ。まるで獲物を狩る獣のように、俺たちを鋭く見据えている。

そして腕に宝石のブレスレットを着けている


目の中には、遊び心のような狂気が宿っているが、同時に命を奪うことに一切のためらいがないことが読み取れた。透を襲ったのがこの女だと、直感が告げている。


???ふふ、ちょっとしたミスね。次はもっと正確にいけるわ。」


女はそう言うと、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ向かってきた。足音は柔らかく、しかし確実に地面を踏みしめる感覚が伝わってくる。空気が緊張に満ち、周囲の音が一瞬遠のいたように感じた。


蒼空さっきの鳥はお前の資質か?」


俺は透を庇うように立ち、女に問いかける。声が自分でも驚くほど落ち着いて聞こえたが、胸の内では警戒心が膨れ上がっていた。


???あの鳥はあたしの資質じゃない。あたしが投げただけのただの鳥よ。」


女は答えながら、さらに不敵な笑みを浮かべる。その顔には余裕が見え隠れしている。俺は一瞬戸惑い、彼女の言葉の裏を探ろうとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。ここで動揺してはいけない。


女はさらに一歩、また一歩と近づいてくる。彼女が近づくたびに、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。心臓が早鐘を打ち、拳を握りしめる手に力が入る。


???私はソフィア。あたしの資質はねぇ……」


そう言いながら、ソフィアは右手をゆっくりと上げた。彼女の手が異様な動きを見せ、まるで生き物のようにうねり始めた。次の瞬間、それは触手のような形に変わり、異様な生命力を感じさせる。


蒼空なっ……!」


驚く間もなく、その触手が瞬く間に透の胴体に巻き付く。触手が巻き付いた瞬間、透の顔に苦痛が走る。強力な圧力がかかり、彼女のさっきの傷口から血が再び勢いよく噴き出した。


血液が押し出されるように噴き出し、濃厚な赤が透の服を一瞬で染め上げた。血が噴き出す音が耳に残り、鉄の匂いが一気に鼻をつく。血はまるで命が逃げ出すかのように、脈打ちながら飛び散り、彼女の体を冷たく湿らせていく。


血は止まる気配を見せず、まるでポンプから水が噴き出すように、次々と溢れ出す。透の皮膚は一瞬で青白くなり、その顔には耐え難い苦痛が浮かんでいる。体内から絞り出されるようなその血液は、地面に濁った赤い斑点を広げ、息が詰まるような不快感が全身に広がる。


蒼空透!!」


俺は叫びながら、ソフィアに向かって飛び出した。だが、その時には透の体は既にソフィアの方へと引き寄せられていた。触手の力は恐ろしく強く、俺の力ではどうにもならない。


透の身体が無力に引き寄せられ、彼女の息が詰まるような音が聞こえた。彼女の目には痛みと絶望が浮かんでいる。ソフィアの触手が彼女の体を締め付けるたびに、血がさらに勢いよく流れ出し、その音が耳に響いた。


蒼空お前……!」


俺は怒りに燃えながら、拳を固めた。だが、ソフィアの目には俺の攻撃がどうでもいいように映っている。彼女は透をさらに強く締め付け、楽しむように冷たい笑みを浮かべた。


ソフィアさあ、どうするの?彼女を助けたいなら、急がないと手遅れになるわよ。」


ソフィアの言葉が俺の耳に冷たく突き刺さる。俺は何とかして彼女を止めなければならない。だが、触手の力は恐ろしく強大で、通常の攻撃では到底勝ち目がないだろう。


俺は冷静さを取り戻し、次の一手を考え始めた。どうにかしてソフィアの触手を切り離し、透を救い出さなければならない。だが、彼女を傷つけずにそれを行うには、計画が必要だ……。


戦場は静まり返り、俺とソフィアの間に張り詰めた緊張が漂っている。時が止まったかのように感じられるこの瞬間、俺は全身の感覚を研ぎ澄まし、次の動きに集中した。


よし!時の管理人ジャックザリッパー再使用時間クールタイムが終わった。


胸の奥で焦燥感が鼓動を打つが、冷静さを保つために一回深呼吸をする。目の前の光景が鮮明に浮かび上がり、全身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。


ヴェリタス!この小石をナイフに変えろ!」


蒼空時の管理人ジャックザリッパー!6秒止まれ!」



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