第10話 ようこそ組織へ

4月6日 13時00分 蒼空から渡された住所の場所


ここが……」


僕は、蒼空から渡された住所を頼りにたどり着いたその場所を見上げた。そこには大きな一軒家が立っていた。僕は一人でその家の前に立ち尽くし、視線をめぐらせる。


表札はなく、門扉は錆びつき、庭木には枯れた蔦が巻きついている。まるで、長い間誰も住んでいないかのような、寂れた雰囲気が漂っていた。


本当にここで合ってるのか……?」


心の中で疑念が渦巻くが、手元の住所に間違いはない。僕は意を決してインターホンを押し、返答を待った。数秒後、スピーカーからは淡々とした声が返ってきた。


???鍵は空いているから、勝手に入って来てくれ。」


プライバシーの欠片も感じられない、その無機質な返答に一瞬戸惑ったが、今さら引き返すわけにはいかない。僕は恐る恐る門扉を開け、玄関に向かった。


ドアノブを握りしめると、冷たい金属の感触が手に伝わる。慎重にドアを押し開けると、意外なことに中は外観とは打って変わって整然としていた。玄関からは長い廊下と階段が見え、木の床が静かに光を反射している。空気は澄んでいて、居心地の悪さを感じさせない。


???ようこそ、組織へ。」


その静寂を破ったのは、階段の上から響いた女性の声だった。見上げると、そこには一人の女性が立っていた。薄い赤色の髪が肩にかかり、その瞳は同じく赤く、鋭い光を放っていた。彼女の服装は着崩れた部屋着のようだが、その目つきは鋭く、まるで僕の心を見透かすかのようだった。


……」


僕は一瞬言葉を失い、息を呑んだ。緊張感が一気に高まる。彼女が何者なのか、この家が本当に"組織"の拠点なのか、疑念が次々と浮かぶ。しかし、何よりも彼女の存在感が圧倒的で、僕はその場から一歩も動けなかった。


警戒心を抱きながら、僕は彼女の次の言葉を待った。

今、ここで何かが始まろうとしている。そんな予感が胸に広がっていく。


???君が如月湊で間違いないね?」


彼女の言葉に、僕は一瞬身構えた。


はい、そうです」


慎重に答えると、彼女は満足げに微笑んだ。


???そうかぁ、君が蒼空が言ってた湊君かぁ」


その口調は親しげでありながら、どこか底知れないものを感じさせた。僕がまだ警戒を解かないのを察したのか、彼女は軽く肩をすくめて言葉を続けた。


???まぁ、そう警戒しないでくれよ。階段を上ってきてくれ、私の部屋で話をしよう。」


誘いかける彼女の声には、警戒を和らげようとする意図が見え隠れしていた。僕は依然として警戒心を持ちながらも、ゆっくりと階段を上がった。


2階に上がると、長い廊下にいくつかの扉が並んでいる。その一つの扉を彼女が開け、中に案内された。部屋に一歩足を踏み入れると、そこは広々とした空間が広がっていた。ベッド、ゲーミングパソコン、棚などが整然と配置されていて、まるでゲーム好きの部屋という印象を受けた。


???ま、そこの私のベッドにでも座ってくれ。」


彼女はベッドにパソコンの前の椅子に座り、僕がベッドに座るよう指をさし促した。


……」


僕は少し戸惑いながらも、彼女の勧めに従ってベッドに腰を下ろした。


???さてと、まずは自己紹介からだね。」


透はリラックスした様子で、ゲーミングチェアに深く座り込みながら話し始めた。薄く微笑みを浮かべているが、その目は鋭く僕を見据えている。


???私は透。苗字は嫌いだから、透って呼んでくれ。」


私はこの組織で一応リーダー的な立場にいるんだ。まぁ、実際にはそれっぽいことはあんまりしてないんだけどね。」


………………………………………………


さて、次は君の番だ。まずは君のことを教えてもらおうか。」


透は少し姿勢を正し、真剣な表情に変わった。その視線は、僕の内面を探ろうとするかのようだ。


君の資質を教えてくれないかい?」


僕はその問いに一瞬戸惑ったがすぐに口を開く。


僕の資質は、多分……変換です。名前は『ヴェリタス』。」


僕の言葉に、透は興味深げに頷いた。彼女の目が一層鋭くなる。


……ふむ、なるほどねぇ……」


透はしばらく考え込んでいたが、やがて口元に微笑を浮かべると、突然どこかからナイフを取り出した。そして、躊躇なくそのナイフを僕に向かって投げつけてきた。


見せてもらおうか、その資質を。」


その瞬間、僕の体が反応した。咄嗟に手の皮膚を鉄に変え、飛んできたナイフを安全にキャッチする。その冷たい感触が手に伝わり、僕はナイフを透に返した。


へぇ……これは凄いね。」


透はナイフを受け取り、再び微笑を浮かべた。その表情には、満足と驚きが入り混じっていたようだ。


ヴェリタス……面白い力じゃないか。これからどうなっていくのか楽しみだ」


彼女はナイフを手元からどこかへ戻し、リラックスした姿勢に戻った。


さてと、本題だ。」


透は一呼吸おき、表情を引き締めた。彼女の声には先ほどの軽さはなく、深刻な響きがあった。


君は蒼空に組織に入りたいと言ったからここに呼ばれている。まあ、言わば面接みたいなものだ。」


蒼空からは、命を懸けられるかどうかを聞かれたと思うが……私はそれよりも、君が“人を殺せるか”を聞きたい。」


透の鋭い視線が、まるで剣のように僕の心を突き刺してきた。その目には、真剣さと鋼のような意志が宿っており、嘘やごまかしが通じないことを直感的に感じた。


その瞬間、僕は言葉を失いかけたが、無理矢理口を開いた。


人を……殺す……」


その言葉を口にするだけで、胸が重く締め付けられるようだった。今までそんなことを考えたこともなかった僕にとって、その言葉は現実感がなく、ただ恐ろしかった。しかし、同時に、透の言葉がこの組織の本質を示していることにも納得せざるを得なかった。組織に入るということは、こうした現実と向き合う覚悟が必要だということなのだ。


もちろん、犯罪者が話を聞いてくれるなら、殺す必要はないさ。でも、奴らが私たちを殺そうとしてきた時、手加減するのは難しいからね。」


透は淡々とした口調で続けたが、その言葉一つ一つが、僕の心に重くのしかかるようだった。彼女が言うことは正しい。戦いの中で命を懸ける以上、手加減など許されない現実がある。


僕は不安と葛藤の渦中で、透の言葉を噛みしめた。目の前にいるこの女性は、そんな過酷な現実を何度も乗り越えてきたのだろうか。


僕は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。そして、透の目を真っ直ぐに見つめ返し、静かに口を開いた。


はい、覚悟はできています。」


この言葉に嘘はなかった。この組織に入るという決断は、確かに重いものだった。しかし、それは自分の運命を変えるチャンスでもあった。選択に迷いはない――そう心に誓った瞬間だった。


透は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに満足げに微笑んだ。


そうか、分かったよ。如月湊、合格だ。この組織に入ることを歓迎しよう。」


透のその言葉を聞いた瞬間、僕は体の中にたまっていた緊張が一気に解け、安堵感に包まれた。


さて、何か話し忘れてたことはあるかな?」


透は軽く微笑みながら問いかけてきた。その口調には、先ほどの鋭さとは異なる、どこか優しさが感じられた。


僕は少し考え込み、頭に浮かんだ二つの疑問を整理した。そして、最初の疑問を口にした。


その……犯罪者は世界中にいるって蒼空が言ってたんですが、どうやって世界中を行き来するんですか?」


その問いに、透は軽く頷き、満足そうな表情を浮かべた。


いい質問だね。それはね……私の資質によるものだ。私の資質は『ジェネシス』、簡単に言えば映像に関する力だよ。あともう敬語はやめてくれ、なんかやりにくい」


透がそう言うと同時に、彼女の机に置かれたモニターがパッと明るくなり、動画サイトが一つ開かれた。そして、彼女は検索欄に「南極 映像」と入力し、一番上に出てきた動画を再生し始めた。次の瞬間、透はモニターに手をかざした。


すると、モニターの画面がゆっくりと浮かび上がり、まるでホログラムのように僕の前まで移動してきた。


この浮かび上がった画面に手を入れてみてくれ。ただし、絶対に全身は入れないように。」


透の注意に従い、僕は恐る恐る手を近づけた。すると、ホログラムの中に手が吸い込まれるように入り込んでいく。


冷たっ!」


思わず声を上げ、慌てて手を引っ込めると、透は軽く笑った。その笑顔には、彼女の資質がどれほど強力であるかを示す自信が伺えた。


ははは、これで国の間を移動する。全身をこの画面の中に入れれば移動ができるんだ。」


めっちゃ不法入国……)


心の隅でそんなことを考えながら、僕はホログラムから手を離すと、画面はふっと消えた。


他にもいろいろ使い方はあるけど、まあ、気になったら蒼空にでも聞いてくれ。」


透は一呼吸置いて続けた。


さ、話はこれまでだ。」


彼女がそう言って話を締めくくるかと思った瞬間、突然思い出したかのように口を開いた。


あ、言い忘れてた。次、つまり湊が最初に行く国はフィリピンだ。ちなみに明日ね?」


え、明日!?」


思わず大声で叫んでしまうと、透はそれを楽しむかのように笑いながら言った。


はははっ!まあ、頑張れよー。」


僕はその言葉に少し不安を覚えながらも、渋々頷いた。突然の展開に戸惑いを隠せない。


さてと、じゃあ湊どうする?帰るか?それとも遊んでく?」


透は軽い調子で尋ねてきた。その無邪気な笑顔は、先ほどの厳しさを感じさせない、まるで子供のような表情だった。


僕は少し考えた後、思い切って答えた。


遊んでく。」


その答えに、透は嬉しそうに笑った。


何する?湊、このFPSとかやる?」


まあ、学生ですし……やってる…」


おーいいねー!ちなみにランクいくつ?」


ダイヤ1止まり……」


結構やってるね~。パソコン二台あるし、ランク上げ手伝って〜」


まあ、いいけど……」


ありがとー。蒼空の奴に頼んだら、『自分で上げろ、マンブー野郎』って言われたから、君は優しいね。」


あ、はい……」


透の無邪気な態度に少し戸惑いながらも、僕は応じた。


でも、心の中では明日からのことがずっと引っかかっている。フィリピン……明日から僕の初めての任務が始まる。いったいどうなるのだろうか……。


僕はふと、これからの自分の運命に思いを巡らせながら、目の前のゲーム画面に集中しようとした。

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