ソウルパーク 石が刻まれた十二人

霜月二十日

資質の使い方

第1話 輝く石と大きい犬

2024年4月3日──────


この出来事はまだ肌寒い春の朝に始まった

いつものビルが並ぶ通学路


車のエンジンやクラクションの音が響き、風が優しく髪を揺らしている


ふと空を見上げると灰色のビルに挟まれ、わずかに覗く曇天がどこか無機質な印象を感じる


今日から高校二年生、新たなクラス、新たな友達、新たな青春

そんな新学期の新たな日常への期待や不安は

この日を境に無くなった


これは、僕の日常は理解出来ない程の非日常へと変わる分岐点だ


突如として、遠くで少女らしき声の悲鳴が響き渡った


その瞬間、僕の心臓は一瞬止まったかのように感じたが、次の瞬間には足が自然にその方向へと動き出していた


何かが起こっている─────


その確信だけが胸に広がる

鼻を突く古びた鉄の匂いと、混じり合う生臭さが、風に乗って強烈に漂ってくる


それはまるで、何かが壊れ、失われた場所を示しているかのようだった


だが僕の心はどこか冷静で、それ以上に「面白そう」という思いが優先された


恐怖や躊躇などまるで感じず、そのただひとつの感情に突き動かされて僕は迷わず走り続けていた

近づくにつれ、逃げ惑う人々がますます増えていった


彼らの悲鳴や足音が響き渡る中、僕は迷わずその合間を縫うように進んでいく

心臓が激しく鼓動するのを感じながらついに現場に辿り着いた瞬間、その光景に絶句した


そこには、象よりも巨大な青黒い犬が立ち尽くしていた

まるで闇そのものが具現化したかのようなその毛並みからは、冷たく不吉な光が漏れ出している

犬の鋭い歯には血が滴り、地面には踏み潰された死体が無造作に転がり、その周りには血の池が広がっていた。まるで血の雨が降り注いだかのようだ


その恐ろしい犬の前には、少女が二人立ちすくんでいた

恐怖で声を失い、身体が震えているのが見て取れる

周囲には、スマホを構えて撮影する無関心な若者バカたちが数名いた


その光景は現実とは思えず、まるで悪夢の中にいるかのようだ

少女たちのうち、片方の脚がひどく潰れており、もう一人が必死にそれを支えながら泣き崩れている


そして突然、その巨大な犬が一瞬のうちに足を振り下ろし、スマホを構えていた若者の頭部を粉砕した。

頭部は跡形もなく消え去り、トマトが潰されたように血が四方に飛び散った


その瞬間、僕の中で勝っていた好奇心や興味は、一瞬にして恐怖に塗り替えられた

しかし、同時にこの異常な状況が、非日常への入り口であることを確信した


犬は鼓膜が破れそうなほどの大声で吠え、少女たちに向かって突進する

その瞬間、僕の足は本能に突き動かされるように動き出した。「危ない!」と叫びながら、少女たちの方へ全力で駆け寄った


まるで体が自分の意思を超えて動いているかのようだった

少女たちを突き飛ばし、なんとか自分も避けようとしたが、犬の鋭い牙が容赦なく僕の左腕に食い込み、激しい衝撃が走った


しかし、痛みを感じる間もなく、意識が遠のいていくような感覚が襲った

アドレナリンが全身に行き渡り、感覚が麻痺していたのだろう


犬はさらに攻撃を続け、巨大な前足で僕を建物へと叩きつけた

重い衝撃が全身を貫き、骨が砕け、臓器が圧迫される感覚が伝わってきた


視界が次第に暗くなり、意識が遠のいていく中で、僕はただ無力を感じ少女たちの無事を祈るだけだった


その時の事だった


目の前に小石くらいの大きさの綺麗で美しい石がひとつ空から降ってくる


ダイヤモンドやルビーのような美しさじゃない

こんな状況で石なんて見てる場合じゃないことは分かっているが

その石から目が離せない、吸い込まれるように無意識にその石を掴もうとする


石を掴んだ瞬間、石は手を貫き、内部に入って腕を上り心臓部へと流れていく

痛みは無い。血液が体内を流れるように自然に

身体が痛みで痺れているのか、電流が流れているような激痛が走る


ずっと雷に打たれているような

この時違和感を感じ、自分の左肩を見る

左腕がある、血は滴っているが動かせる

骨や臓器も完全に治っている感覚がある

しかし、この電流のような痛みは一体……


左腕をもっとよく見てみると、筋肉がピクピクと痙攣していることに気づいた

その瞬間、僕は理解した。これは電流のような痛みではなく、実際に自分の身体に電気が流れているのだと


立ち上がって犬の方を見た。再び少女たちを狙っている

僕はすぐに犬の前に立ちふさがり、両手を広げた

それは自分を大きく見せるためでもあり、少女たちに安心感を与えるためでもある


残念ながら、この社会では年上が年下を守らなければならないらしい


ザァァァァァァアアア


冷たい雨が僕の首筋に一滴、落ちる

その瞬間、さっきまで感じていた無力感が消え去ったのを感じた


犬が再び巨大な足を振りかぶり、僕に向かって襲いかかってくる

だが、今の僕は違う。体内に流れる電気の仕組みはわからないが、それが力を与えてくれている


雨と地面に流れた血液が混ざり、導体として働いていたのだろうか

体内に流れ続けていた電気がそれを通り、犬を感電させた

犬は激しく痙攣し、その場に崩れ落ちた。


これで終わった安心感で僕はここで気を失った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る