最終話 サヨナラを告げる君

 ルー・ルシアン、ネムレスとの決着をつけた門倉冬美は、普通の学校となった聖歌高校での学生生活を送っていた。


 しかし、たった一週間の間に飽き始め、遂に自主退学を選んだ。そもそも、門倉冬美が聖歌高校に通っていたのも依頼の為であり、依頼が完了された今、通う理由など無い。


 門倉冬美は数着の服と毛布、今まで貯めてきた金銭を鞄に詰め込み、家を出た。家を出る際に、進藤と心の二人がついてこようとしていたが、そんな彼女達を門倉冬美は一蹴し、彼女達の問題解決は全て功昇に任せて出ていった。面倒事を押し付けられて頭を抱えていた功昇であったが、最終的には門倉冬美の意思を尊重する形で引き受けた。


 町を出る電車の到着を駅のホームで待っていると、沢山の人が駅のホームへと集まっていく。彼ら彼女らが電車を待っている様子は無く、逃げ道を塞ぐようにして門倉冬美を取り囲む。人の群れは隙間なく整列すると、一つの通り道を作った。


 異様な雰囲気と光景にも関わらず、門倉冬美は冷静であった。椅子から立ち上がって、人の群れが作った通り道を進んでいく。その通り道は外にまで続いており、通行人や車を運転していた者も、駆け足で通り道の先を作っていく。


 そうして辿り着いた場所は、宮下麗香の自宅であった。そこに門倉冬美が辿り着いた瞬間、通り道を作っていた人の群れの洗脳が解け、空白の時間に困惑しながらも、各々の生活へと戻っていく。去り行く人々を見送った後、再び視線を宮下麗香の自宅に向けると、門倉冬美の目の前には宮下麗香が立っていた。


 


「何処に行くの?」




「さぁ、何処だろうね」




「何それ。行き先も決めずにいなくなろうとするなんてさ。それも突然に」




「なんだかね、急に飽きてきたんだ。学校生活も、誰かといる生活も。だから何処かに行くんだ。興味が湧く出来事を探しにね」




「私じゃ駄目?」




「ああ」




 宮下麗香の告白を間髪入れずに否定する門倉冬美。二人の間に沈黙が流れると、同時に上げた笑い声で沈黙を破った。告白から断りまでのスムーズさに、当事者でありながら、まるで他人事のようにおかしかったからだ。笑って、泣いて、また笑うと、どちらが言ったわけでもなく、自然と並んで道を歩き始めた。


 人目を浴びようと必死にアピールする宣伝や騒音など気にもせず、二人は会話を交えながら道を歩き続ける。


 朝陽が夕陽に変わった頃、二人の足は橋の真ん中で止まっていた。唇を離した二人は、少しだけ間を開けた距離感で夕陽を眺める。




「……おかしな関係だよね。傍から見たら、ずっと仲が良いまま続いていくように見えても……今日ここでお別れなんてさ」




「結構歩きましたけど、一人で帰れますか?」




「あら? もしかして私の魅了がようやく効いたかしら?」




「どうやら帰れそうですね」




「アハハ! まぁ、どうやっても冬美を引き留められないのは分かってた……けどさ、やっぱり―――」




「ストップ。その先の言葉は、お互いの為になりません。辛い別れはもう飽きる程してきました。だから、麗香との別れくらいは、辛くない別れ方をしたい」




「そっか……じゃあ、私が冬美の初めてってわけになるのか! うんうん! それだけで、私は満足!」 




 自分に言い聞かせるように声を張り上げた後、宮下麗香は門倉冬美に背を向けた。




「私……先に行くね!」




 胸の奥が押し潰されそうな重苦しい一歩目を進めると、その勢いのまま、宮下麗香は足を帰路へ進めていく。門倉冬美は去り行く彼女の姿を見ずに、夕陽を眺め続けていた。二人の距離がどれだけ離れたかはお互い知らない。もう姿も見えない場所まで離れてしまったかもしれない。


 それでも、門倉冬美は言った。


 


「俺は俺の居場所を見つける! お前も自分の居場所を見つけるんだ! そして、また話そう! それまで、サヨナラだ!」




 その声は宮下麗香の耳と心に届いていた。だが、宮下麗香は振り返らなかった。逆に、歩くスピードを速め、帰路へ急いだ。子供のように泣きじゃくりながら。再会の誓いを立ててくれた門倉冬美の優しさに胸を高鳴らせながら。初恋の続きを待ちわび、宮下麗香は走った。


 


 夕陽が沈み、夜を告げる星々の輝きを一望した門倉冬美は、ようやく歩き始めた。暗闇の中、進んでいるのか戻っているのかも分からずに、歩き続けていく。


 すると、今は使われていない廃トンネルが門倉冬美の前に現れた。夜の闇よりも濃い暗闇に包まれたトンネルの中からは、異様な雰囲気が漂ってくる。肌で感じる危険に身構える門倉冬美をクロは抱き寄せた。いつもなら安心するクロの温もりでも、不安は拭えなかった。


 トンネルの中に入り、門倉冬美はクロと密着した状態で進んでいくと、少し先の方で金属音が鳴り響く。心許ない明かりが点くと、何かが焼ける音が聴こえ、見えていた明かりが消えると、今度はより小さな明かりがゆっくりと点滅し始めた。脳が溶けるような甘い臭いが漂ってくると、聞き覚えのある女の声が門倉冬美に語りかけてくる。




「何処へ行くんだ?」




「……冗談だろ……お前、なんでここにいる!?」




 消失感。それは突然の出来事だった。何が起きたのか、何をされたのかも分からずに、門倉冬美は心臓ごと厄物を取り除かれた。ゆっくりと、そして着実に、門倉冬美は元の死人へと戻っていく。








 脳が溶けるような甘い臭いで、少年は目を覚ました。体を起こし、周囲を見渡してみるが、何一つとして見覚えの無い部屋であった。部屋のあちこちに置いてある棚には透明な瓶が保管されており、中身は全てグロテスクな何かだった。さっきまで自分が座っていた椅子には赤黒い染みがあり、慌てて自分の体を確認するが、傷一つ無い体を見て安堵した。


 少年は改めて困惑した。ここは一体何処なのだろうか? そして、自分は一体誰なのだろうか、と。鏡の前に立って、鏡に映る自分の姿を見ても、他人のようにしか思えなかった。


 その時、部屋の扉が開いた。現れたのは、部屋に充満する甘い臭いの元であるタバコを咥えた女。幼い自分よりも高い位置にある顔に見下ろされ、少年は壁へと追い込まれてしまう。


 女は床に捨てたタバコを靴裏ですり潰すと、しゃがみ込んで少年の頭に右手を置いた。




「私の名前はルー・ルシアン。そして君は、門倉冬美だ」

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