第17話 明日があれば生きていける

 俺は今、進藤先生が作ってくれたラーメンを食べている。スープの色は透明で、麺が豆腐のように千切れていく。


 正直言って、クソ不味い。腹が減っているのに、食欲が失せていく。俺は一体何を食べてるんだ?




「どう? あんまり自炊はしないけど、頑張ってみたんだ。今日、門倉君に言い過ぎちゃったお詫びも兼ねて」




「……クロ」




 俺はラーメンをクロに差し出し、ドンブリごと消してもらった。




「ちょっと!? それは酷くない!?」




「酷いのは先生の料理の腕です。確認ですが、あれは何ラーメンですか?」




「塩だよ! 昔、北海道で食べてから一番好きなラーメンの味になってね!」




「まさか、お湯に塩だけ入れた訳じゃありませんよね? 塩入れて塩ラーメンが出来るなんて、今時幼稚園児でも知ってますし」




「……ソダネ」




「分かり易い動揺ですね。第一、ラーメンならインスタントで良いじゃありませんか。素人が作るより、企業が作った製品の方が美味しいし、簡単に作れる」




「挽回したかったの! ほら、料理が作れる歳上の女性って男の子は憧れるでしょ? ここで株を上げたかったの!」




「大暴落ですよ。あと、その情報は何処から仕入れた情報ですか?」




「雑誌に書いてた!」




 この人、適当言っても壷買っちゃいそうだな。あまり自炊しないのに、どうしてラーメンなんて手間が掛かる料理を選んだかも謎だ。


 冷蔵庫にあるキンピラゴボウと、棚に貯蓄していたカップ麺を二つ取り、改めて晩ご飯にした。食べ慣れたはずのキンピラとカップ麺だが、進藤先生のラーメンを食べた後だと、極上の料理のように思える。




「ねぇ、門倉君。クロちゃんにはご飯あげないの?」




「クロは食べなくても大丈夫なんですよ」




「クロちゃんも、怪異っていう存在なんだよね? あの山にいた怪異と違って全然怖くないし、むしろ可愛い」




「可愛い?」




「可愛いじゃない。表情は見えなくても、仕草とか体の動きで感情が分かるし、付き合いの浅い私にも懐いているし」




「怪異に可愛い、しかもペット扱いですか。随分と大物になりましたね」




 進藤先生とクロが一緒に住む事になり、一時はどうなるかと不安になっていたが、二人は案外上手く関係を築いている。進藤先生はクロの話し相手になっているし、先に住んでいたクロが進藤先生について色々教えている。言葉を介さずとも、ここまで関係を深められるのは才能だろう。流石は八方美人の進藤恵。


 晩ご飯を食べ終え、俺は一番風呂をいただいた。熱い湯が、疲弊した心と体に沁みていく。厄物は傷を治すが、痛みは残り続けるのが懸念点だ。いつだったか、怪異に両足を潰された後、学校でマラソンだった日があったな。傷が無いから仮病扱いされて、両足に激痛を感じながら走ったっけ。我ながら、よくやるよ。


 


「十二の行事……次の怪異、か」 




 ネムレスの操り人形になるつもりはないが、怪異は見過ごせない。今回は事前に対処出来たからいいが、次も行事が始まる前に怪異を殺せるかは分からない。行事を行いながら、被害を最小限に抑えて怪異を殺すとなると、色々と立ち回りを考える必要があるな。


 集団活動で動くとなれば、協力者が必要だ。進藤先生は確定として、もう一人ほしい。人の目を惹き付ける才能がある人物……となれば。




「やっぱりあの人に頼るしかないか……でも、借りを作りたくな~」




 俺が風呂を済ませると、次に進藤先生が風呂に入っていった。生徒と先生、それも異性が同じ風呂に入るのは、やっぱり不健全だな。進藤先生は怪異の呪いで、俺と怪異以外には認識されないし、心配する事でもないけど。


 日課の体幹トレーニングをしていると、進藤先生が風呂から出てきた。半袖と短パンに着替えている進藤先生のラフな姿は、学校で先生をしているスーツ姿とは裏腹に若々しく感じられる。服装で人の見た目は変わると言うが、ここまで変わるのか。歳の近い姉のようだ。


 


「ん? あらあら、門倉君ったら。ラフな先生の姿に見惚れちゃってるの?」




「先生って、実はまだ十代だったりします?」




「私自身は二十代のつもりだけど、よく高校生だと間違われるね。スーツを着てたら大丈夫だけど、私服だとお酒を買うのも一苦労なのよ? 門倉君は……意外と筋肉質なのね」




「肉が付きにくくて、細いですけどね。怪異に力勝負を挑む気はありませんが、体力はあって困る事はありませんから」




「……触って、いい?」




「いいわけないでしょ。先生こそ、俺に劣情を抱いているんじゃありませんか?」




「……ちょっと、ね」




 まさかの返答に、俺はバランスを崩してしまった。今まで俺の体に触れてきた事が何度かあったが、それは単なるスキンシップだと思っていた。


 床に倒れたままでいると、進藤先生が俺の太ももに座り込み、服の上から腹部を触り始めた。恍惚とした表情で息を荒げ、俺の体を触れる手が大胆になっていく。クロに助けを求めようとしたが、クロは部屋の隅で、指の隙間から俺達の様子を見ているだけだった。




「ねぇ、門倉君。私、前に言ったよね。もっと警戒した方がいいって」




「俺も言いましたよね。俺達は生徒と先生だって。それに俺の信頼を落とすような真似は控えた方が良い」




「例え追い出されても、私はいいよ。門倉君との思い出を作れるなら、私はその過去と共に生きていく」




「……まだ一週間です。先生はまだ一週間しか努力していない。諦めるのは、まだ早い」




「じゃあ、いつなのよ!!! いつになったら私は普通になれるのよ!!!」




 進藤先生は俺の胸に顔を埋めながら泣いた。何か言葉を発しているようだが、涙声で何を言っているのか分からない。


 ハッキリと分かった。進藤先生は、真っ当な人生を送ってきた普通の人間だ。常識の外で生きていくには、彼女は普通にこだわり過ぎている。その所為で、神隠しを解く感覚を掴めないでいるのだろう。


 


「……進藤先生は、先生になる為に努力を重ねてきましたよね。数日ではなく、年単位の努力を。となれば、何度も壁にぶつかったはずです。先生はそれを乗り越えてきた。今度も、乗り越えられますよ」




「無理だよ……!」   




「そういう本音は胸にしまっておいてください。今日はもう寝ましょう。寝て明日を迎えられる内は、何だって出来ますから」




 重なったままの進藤先生を起こそうとしたが、進藤先生は俺から離れようとしない。無理矢理どかす事も出来るが、流石に良心が痛む。今日は床で寝る事にしよう。お互いの体温で、風邪をひく事は無いだろう。  

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