第12話 神隠し 一
聖歌高校の最初の行事である山登りが明日行われる。俺は一足先に、その山にやってきた。あのネムレスと名乗った男を信用している訳ではないが、本当に怪異が絡んでいるかどうかを知っておきたい。当日に誰かが怪異の被害に遭ったとなれば、俺は気分を害す。防げた事だと、俺は俺自身を責める。
別に、誰かが被害に遭うのを恐れている訳じゃない。可能性があるにも関わらず、何もしなかった自分が許せなくなるからであって、決して他人の為じゃない。
山の入り口から続く木の階段を登っていき、周囲の変化に集中していく。音、臭い、視界。耳と鼻と目は、怪異の捜索に欠かせないものだ。それらを普段よりも少しズラすと、普段聞こえなかったり、見えなかったものに波長が合う。怪異のような人外が信じられないのは、人が生活する世界とは少しズレた所に存在するからだ。科学で幽霊を捉えられるように、人は常識を捨てなければ、人ならざる者を認識出来ない。
しばらく登り続けていくと、少しだけ開けた場所に出た。どうやらここが休憩地点のようだ。となれば、もう半分も登ったのか。外から見たように、低い山のようだ。
汗を拭いながら周囲を見渡していくと、小さな祠があるのに気付いた。俺の背よりも小さな造りの祠の中には、キツネと思われる陶器で作られた像が置かれている。俺はキツネの像を祠から取り出し、隅々まで観察した。
すると、キツネの像の下に、貯金箱の蓋のような物がついていた。それを外し、像を振ってみると、像の中から緑色の石が出てきた。石を拾い、睨むようにジッと見つめていると、石から紫煙が漏れ出しているのが見えた。
特殊な効力がある物には、それぞれ赤、青、紫の三つの色をした煙が見える。赤は敵意。青は加護。そして、この石から漏れ出ている紫煙は【現象】だ。
幸いにも、石の効果は発動しなかった。やはり行事が始まらないと、この石はただの色がついた石ころのようだ。俺はポケットに石をしまい、キツネの像を祠に戻してから、山頂を目指した。
山頂に着いたが、特に何も感じなかった。広い草原から街の様子を少しだけ見通せるくらいで、他に何かあるわけじゃない。
下山していくと、祠があった休憩地点で進藤先生と出くわした。しゃがみ込んで祠に手を合わせている進藤先生の背後に忍び寄り、指先で進藤先生の肩を叩いた。
すると、進藤先生は電撃に撃たれたかのように体を跳ね上がらせ、目を大きく見開きながら俺の方へ振り向いた。
「誰!?……って、門倉君か。もぉ~、驚かさないでよ~!」
「何をしてたんですか?」
「明日は山登りの行事でしょ? 新人の私が下見に行かせられてね。しかも今日の朝六時に連絡が来たのよ? 六時って早朝よ! どうして前もって教えてくれないのかしら!」
「それは災難でしたね」
「せっかく新しい服を買いに行こうと思ってたのにさ……それで? 君はどうしてここにいるのかな?」
「う~ん……下見?」
「ここは普段立ち入り禁止の場所ですよー。しかも上から下りてきたって事は、山頂まで行ったのね? 門倉君はルールを守る子だと思ってたんだけどな~」
「……変わった」
「そうそう。初めて会った時は凄く良い子に見えたのにさ」
「先生、立って!」
「え? ちょ、ちょっと!?」
空気が一変した。石の効力が発動したんだ。まだ行事が始まってないのに……いや、行事がキッカケだと思ったのはあくまで憶測。実際は違う事がキッカケだっただけだ。
戸惑う進藤先生の手を引きながら、俺は山を下りた。一人ならまだしも、進藤先生がいる。発動したばかりの今ならギリギリ抜け出せるかもしれない。
そんな浅はかな俺の考えは、下り続けた先で待っていた光景によって砕かれた。
「ちょっと門倉君! 急にどうし……たの……あれ? さっき私達、下りたはずだよね? だったら、入り口に出るはずだけど……なんで、またここに戻ってきたの……?」
俺達は、また祠がある場所に戻ってきていた。下りてきた方へ視線を向けると、果てしなく階段が続いていた。もう、上にも下にも行けない。行けるには行けるが、その先は山頂でも入り口でもなく、この場所だ。
「え……ちょっと、待って……いや、違う……これって、きっと夢だよ。そう、だっておかしいもの……!」
俺はポケットに入れていた石を取り出そうとした。しかし、どれだけポケットの中を探っても、石が見つからない。
「先生」
「これは、悪夢よ……」
「夢じゃありません。これは現実です。それより、携帯電話持ってませんか?」
「どうして冷静なの!? 私達、おかしな状況にいるんだよ!?」
「落ち着いてください。パニックを起こせば、ますます現実に帰れなくなりますよ。それで、携帯電話は?」
「……持ってる。けど、繋がるの?」
「まぁ、普通の携帯には繋がらないですね」
進藤先生は困惑しながらも、俺に携帯電話を貸してくれた。俺は記憶にあるルー・ルシアンの電話番号を打ち込み、電話を掛けた。
しばらく待ち続けていると、一瞬ノイズが走り、忌々しいルー・ルシアンの声が耳に聞こえてくる。
『お困り?』
「困ってなかったら電話してませんよ」
『随分と私の事を嫌ってるねー。私は君の師匠みたいなものでしょ?』
「紫煙の現象に遭いました」
『神隠しか~。なら、スッパリ自分の首を切ればいいじゃない。いつも通りにさ』
「死ねば元の世界に戻れますが……今回は、俺以外にもいるんです」
『それで?』
「それでって……」
『それもいつもの事じゃない。君の所為で犠牲者が出るのはさ。とりあえずさっさと自害して戻ってきなよ。詳しい事は後で―――』
アイツが言い終わる前に通話を切った。分かってはいたが、相変わらず人間性を失ったクズ女だ。俺はともかく、他にも被害に遭っている人がいるというのに、平気で見捨てる。人を助ける為じゃなく、怪異を祓う為だけに力を使う。
「誰かと話してたみたいだけど、繋がったの?」
「繋がりはしましたが、電波が不安定なようで。何を言ってるのか分かりませんでした」
「そっか……」
「先生は、幽霊はいると思いますか?」
「気分転換の世間話? そうね、前までは半信半疑だったけど……実際にこういう状況に立たされると、信じたくなくても信じてしまうわ」
「じゃあ、今から話す事を全て信じてください」
俺は進藤先生に自分が知る限りの情報を与えた。怪異という存在。神隠しに遭った状況。祠で見つけた石について。細かく伝えるのではなく、自分で理解して気付けるように分かり易く。
正直言って、この状況を打開する考えは思いつかない。状況に慣れていても、打開しようと思ったのは初めてだ。それはきっと、後から罪悪感で眠れなくなるのが嫌だからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます