第15話 Aパート

 知川ともかわ朱未あけみの面接の日。

 朱未を待つ『COMMAコンマ』仮面バトラー事業部の室内では、自分が面接を受けるわけでもないのに右往左往して落ち着かない様子の望月もちづき勝利しょうり・普段よりも気合いの入ったメイクとクリーニングに出して戻ってきたばかりのスーツを着た鶴見つるみこまち・左肩にゴートを乗せた鷲崎わしざきタクト、の三人が居る。


「あれ、イーグレットちゃんは?」

「イーグレットは基地ベースにおるで」

「会いたいって言っていたのに?」


 こまちに痛いところを突かれる。タクトはメガネを外し「採用するとしたら平日は毎日顔を合わすことになるんやから、ええやろ」と言いながら、レンズをメガネ拭きで拭き始めた。


「んまあ、そうだけども……」

「ほぼほぼ採用ってことですか!?」


 うろうろしながらふたりの会話を聞いていた勝利が、話題に食いつく。採用となれば、勝利には年上の後輩ができる。


『まだわからんって』


 今はイーグレットを名乗っているお嬢様を基地にさせておくことをタクトに進言したのは、ゴートである。


 コンマの地下駐車場からしか入れない基地は安全地帯だ。お嬢様のお気に入りのポテトを用意しておけば、文句は言わない。


「そういや、ボクが彼に会ったときって、フォワードに変身してからだったんですよね。つまり、彼は望月勝利ボクが仮面バトラーだとは知らないわけなんですけど、このフォワードベルトは見せないほうがいいですか?」


 朱未の前で変身を解除してはいないので、朱未は仮面バトラーフォワードが勝利だとは知らない。勝利は腰に巻いたベルトを見せながら、タクトに問いかける。


「そらそうやろ。ベルトを見せたら、勝利が仮面バトラーに変身するんやって思われるわ。変身者を明かすのは、正式に採用って話になったらやな」

「鷲崎さんも、ゴートさんといっしょで、彼を疑っているんですか?」


 タクトはメガネをかける。揚羽大学に問い合わせた件は、こまちから一部始終を聞いていた。


「ウチはどちらかというと、イーグレットと同意見やね。会ってみたい。仮面バトラーのファンやって言っとったんやろ?」

「はい。リベロの写真を見せてくれました」

「どれだけ詳しいかやね……」


 ただの『追っかけ』ならいい。勝利に話していたように、怪人の写真を撮っていて、仮面バトラーに遭遇したのだったら。


「そのベルト、普通の会社員が使っているようなベルト、には見えないものね。ゴテゴテしているし、音も鳴るし」

「これ、怪人が出現すると音が鳴るんですよね」


 勝利はベルトを外そうとして「もし面接中にベルトが鳴ったら、どうします?」と、最悪の事態を想定する。怪人による被害が出てしまう前に、フォワードは現場に駆けつけたい。そのための転送システムである。


「そのときは、ウチが『仮面バトラー』ってことにしよう」

「鷲崎さんが?」

「タクトが?」

「なんやふたりして。ベルトの開発者が変身したらあかんのか?」


 勝利は鼻を掻きながら「鷲崎さんが戦っているところ、想像つかなくて」と言い訳する。こまちはこまちで、かつて道場に通っていた頃のかよわいタクトを思い出していた。イーグレットもタクトをえらく信用していたが、こまちにも、タクトが怪人と戦っている姿が想像できないのだ。


『勝利。タクトはな、』


 ゴートが何かを言いたげに身を乗り出すと、タクトが「まあまあ」となだめるようにして元の位置に戻す。


「再確認やけど、コンマの仮面バトラー事業部は、あちらの『Quoteクオート』と『仮面バトラーリベロ』の共同研究をしている。そういうで進めていく。本当は順番が逆なんやけど、ウチらの『仮面バトラーフォワード』は、リベロを見て作ったものとする」

「タクトのプライドが傷つかないなら、いいわよ」

「ヨナガに先を越されとることにすんの、正直いややわ。トンビに油揚げを持ってかれた気分。せやけど、クオートのほうがデカい会社やし、いざとなったらあちらさんに責任を取ってもらう」


 そういう作戦である。ショッピングモールに現れたクモ型怪人の騒動により、紋黄町もんきちょうは悪い意味で有名になってしまった。


 紋黄町に根付いた企業であるところのコンマが、怪人への対抗手段として『仮面バトラー』を開発すべく、大企業のクオートと連携する――という筋書きは、何も知らぬ一般人へは伝わりやすい。現に、タクトはそんなストーリーをねつ造して、仮面バトラー事業部を立ち上げまで持って行った。予算もおりている。


鳶田とびた社長と鷲崎さん、なんで仲悪いんですか?」


 勝利も小灰町しじみちょうのクオートの支社にある訓練場を利用するようになり、鳶田夜長ヨナガと会話する機会が増えた。勝利と話す際には普通の会話ができるのに、タクトとは嫌味を言い合っている。


「ふたりは、星雲学園大学でライバル同士だったのよ。音楽科のね」


 こまちがしたり顔で答えた。タクトはその隣で「ライバルやないって」と訂正する。


「へえ! 鷲崎さん、楽器やってたんですか?」

「いやいや、タクトは指揮者よ。タクトのお父様が、有名な方でね。お母様はバイオリンをやられてたんだっけ?」

「音楽家ファミリーってこと?」

「そうそう。小さい頃からビシバシと鍛えられていたのよね? うちの道場に来たのは、基礎体力作りだっけ? んまあ、指折りそうって言われて一ヶ月ぐらいでやめちゃったけど」

「人の話で盛り上がらんといてーな。はずかし」


 眉間にしわをよせて、迷惑そうな顔をしている。この機会にあれこれと聞き出したかった勝利だが、タクトの顔を見て、席に座った。


「自分では言わないじゃない」

「自慢できることやないからな」

「音大を首席で卒業しているのに、自慢しないのね? 誇っていいことなのよ?」

「すご……」

「ウチはもう音楽ムジークに関わりたくないんよ。できることならね」

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