第11話 Aパート

 紋黄町もんきちょうにある銭湯の前に、望月勝風しょうぶがいる。望月家の風呂場をリフォームする際、家族で毎日かよっていた時期があった。望月兄弟がまだ小学生だった頃の話である。


「む?」


 親子ふたりの時間の過ごし方として、勝風は日帰りの温泉旅行を提案した。が、母親の陽子がこの提案を却下し、こちらの銭湯を訪れる流れとなっている。思い出の地は変わらずそこにあり、疲れを癒やしてくれた。


 勝風は先に上がり、銭湯の前で母親が出てくるのを待っている。一方その頃女湯では、勝利の同級生の母親の姿を見つけた陽子が思い出話で盛り上がっていた。まだしばらくはかかりそうだ。


(あの人は『Quoteクオート』の……)


 自らもクオートの所属ではあるから、特に身を隠す必要はないのだが、勝風は相手側からは見えないような位置に移動する。移動した先から、首と目を動かして、男のいる路地裏を見張るような体勢になった。


(リベロの候補に、いた気がする)


 仮面バトラーリベロ。小灰町しじみちょうにあるクオートの支社で開発された、仮面バトラーである。仮面バトラーフォワード(フォワードベルトはイニシャライズされ、望月勝利にしか変身できない)とは異なる思想として、リベロヴァルカンさえあれば誰でも変身可能だ。


 ただし、リベロヴァルカンはこの世界にまだ七丁しかない。そのうちの一丁、勝風が使用していたものは、いまは『COMMAコンマ』の基地ベースに保管されている。


 残りの六丁の所有者ならびに仮面バトラーリベロの変身者は、クオートの社員たちである。クオートの社員の中でも特に身体能力に優れており、秘密結社『apostropheアポストロフィー』の生み出す怪人アイコンに対抗しようという強い意志のある者が選ばれ、リベロ部隊チームが組まれていた。


 選ばれたメンバーの中にはいないが、リベロ部隊の志願者だった男だ。見覚えはあるが、名前は思い出せない。


「ふふっ、ふふふっ」


 その男は、封筒の中身をつかんで、取り出す。封筒は道路に投げ捨てられた。勝風の位置からは、手のひらサイズの球体が見えている。


「クオートは俺を選ばなかったが、

(アポストロフィー……!?)

「これからは、俺ヒーローだ!」


 手のひらサイズの球体を、自らの胸に押しつけた。すると、その球体がみるみるうちに肉体に吸い込まれていく。やがて完全に埋め込まれて、男の瞳が黄色く光った。


「さあ行こう! 正義のために!」


 男が右の拳を天へと突き上げると、その拳が黒く染まる。右腕から黒くどろりとした液体が漏れ出し、男の肉体を覆っていった。


「これが、これがシンボリックエナジーとやらか! ははは! いいぞいいぞぉ!」


 黒い液体は男の肉体を包み込み、男の立っていた場所にコウモリ型怪人が現れる。男だった頃の面影はない。


(怪人の正体は、人間……!?)


 怪人と接敵した際には、怪人の姿しか捉えていない。これまで、怪人はアポストロフィーが何らかの技術で本部から出現場所へと送り込んでいるものと考えられていた。今、勝風が目撃した光景は、その前提を崩してしまう。アポストロフィーが送りつけた手のひらサイズの球体によって、人間は、怪人に変身している。


「誰かいるなあ!」

(やばい! 気付かれた!)


 勝風はスマホを取り出す。ここで怪人に暴れられたら、銭湯が巻き込まれてしまう。しかし、リベロヴァルカンを持っていない勝風に怪人と戦う手段はなかった。戦えるアイテムを持っている人間を呼び出さねばならない。


「はっきりと聞こえるぞぉ、その心音がな!」


 リベロ部隊の待機所に電話をかけて、呼び出し音一回で切る。なんらかのメッセージを送るよりも早い。メンバーならば、この一回で気付いてくれるはずだ。もしくは、フォワードベルトのシステムが怪人の出現を検出し、ホイッスルを鳴らして、勝利に知らせてくれるだろう。


「……やあ」


 怪人の身体能力を考えると、生身の勝風が走って逃げたところで追いつかれるのが関の山だ。いちかばちかの賭けに出る。


「おんやぁ? 望月じゃないか」


 怪人はその黄色い目を細める。望月勝風の存在は、リベロ生産計画において重要なポジションにあった。リベロ部隊への所属を希望していたのなら、知っていてもおかしくはない。


「怪人のあいだでも、オレは有名か」


 勝風は、怪人への変身過程を見ていないフリをした。コウモリ型怪人には、人型で二足歩行であること以外に人間の要素がない。


「怪人? 人聞きが悪いな? 俺はヒーローだぞ」


 怪人はその腕を広げた。その胸元に、ゴールネットが見える。


「リベロに選ばれなかった俺は、この力でヒーローになるのだ。他の怪人どもとはいっしょにしないでおくれ」

「怪人にどんな理想があろうとも、怪人はオレの敵だ」


 アポストロフィーの手先に成り下がってしまった人間に、情けはかけない。勝風は、善良な警察官であった父親を殺した怪人を恨んでいる。怪人に善はない。元人間であろうとも、怪人であれば敵とみなす。


「俺だって、本当はリベロとして戦いたかったよ。でも、鳶田とびたが俺を落とした。俺は誰よりもヒーローになりたいのにさ。六枠しかないなんて、理不尽だよなぁ?」

「リベロヴァルカンの改良は待てなかったのか?」

「待てない! そうこうしているうちにも、は世界のどこかで暴れている!」

「そうだな……お前のようなヤツが、選ばれてもよかったのかもしれない」


 時間稼ぎは済んだ。小灰町のクオートから、一台のミニバスが到着する。中から、この男が所属したかったリベロ部隊のメンバーが下りてきた。全員がクオートのエンブレム付きのウィンドブレーカーを着用し、リベロヴァルカンを構えている。

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