第5話 Bパート

「その強さで、お嬢様をお守りできるのか?」

「え……」


 強さ。その言葉に、勝利の笑みが消える。兄の手を握ろうとして伸ばしかけた手が、止まった。


 もし仮面バトラーリベロが現れていなければ、勝利はあの怪物に押しつぶされていただろう。バッファロー型怪人アイコンのときもリベロからのアシストを受けていた。勝風の言葉は、フォワードの戦闘センスのなさを指摘したものだ。


「そう言われても、ボクは、仮面バトラーフォワードとして戦うために『COMMAコンマ』に入ったわけじゃないし」


 兄を前にして、本音が出てしまう。


 勝利がコンマに入社した理由は『兄が働いていた会社だから』である。勝風が切望していた『仮面バトラーフォワードへの変身資格を横取りするため』ではない。兄よりも弟のほうがフォワードに適合していただけのこと。


「本当は怪人とは戦いたくない。コンマの社員として、こまっちゃん先輩からいろいろ教わりたいよ。ゴートさんはボクの身代わりになってくれるけれど、ボク働きたい」

「勝利……」


 うつむいたお嬢様は、小さな声で、望月勝利を『勝利』と呼んだ。お嬢様は最初から、勝利を『フォワード』と呼んでいた。邪悪な『apostrophe』から自分の身を守ってくれる執事バトラーは、フォワードしかいないと信じていたからだ。


「ごめんね、お嬢様。ボクには、仮面バトラーの資格なんてない。兄貴の言うとおりだよ。これじゃ、お嬢様は守れない」


 勝利はフォワードベルトを外した。偶然手にしたアイテムで、装着していた期間は短かったが、愛着はある。だから、自分にお嬢様を守りながら戦う資格がないとしても、捨ててしまおうとは思えなかった。


「これからはリベロがお嬢様を守ってくれる。怪人と戦うのに必要なら、クオートにあげてもいい。解析して、イニシャライズを解除できるかもしれないし。そしたら、ボクではなくても仮面バトラーフォワードに変身できるようになるでしょう?」


 フォワードベルトを勝風に突き出す。リベロの変身システムを開発したクオートの技術力があれば、勝利の部屋のタンスにしまわれているよりも有効に活用できるはずだ。


「お嬢様はオレが預かる。一ヶ月後、この場所でまた会おう」


 しかし、勝風はフォワードベルトを受け取らなかった。かつて手に入れようとしていた力を突き返して、お嬢様を抱き寄せる。


「勝利っ!」

「強くなって取り返してみろ!」


 勝風はお嬢様をかかえて、リベロヴァルカンの安全装置を外し、空に向かって空砲を撃つ。すると、ふたりを包むようにして煙幕が張られた。白煙が消える頃には、ふたりの姿も消えている。


 残された勝利は、その場に立ち尽くしていた。お嬢様を連れ去られたこと、兄貴を連れ戻せなかったこと、フォワードとして勝てなかったこと。さまざまなショックが、勝利をただ呼吸するだけの物体に変えていた。


 怪物が消えたことで、人々は戻ってくる。お嬢様が【復元】を使用しなかったので、てしがわら遊園地は甚大な被害を受けたままの状態になってしまった。通報を受けててしがわら遊園地に到着した紋黄町もんきちょうの交番に勤務する警察官が、勝利の肩をたたく。


「君、何があったか教えてもらえないか?」


 ***


 お嬢様は勝風とともに、小灰町しじみちょうにある『Quoteクオート』のオフィスへと移動した。正面玄関から堂々と入り、エレベーターに乗り込む。


「休日ではないのね」


 元はといえば『コンマがカレンダー通りの休日』なので誰もコンマには出社しておらず、監視の目をかいくぐるのが容易だったから、勝利にてしがわら遊園地まで連れ出されたのである。お嬢様はなるべくいやみったらしく聞こえるように言っていた。


 クオートの社員は出社している。目的の階に到着してエレベーターを降りれば、勝風とおそろいのジャケットを羽織った女性と目が合った。


「休日だろうと、怪人はお構いなしに現れる。クオートは二十四時間三百六十五日、三交代制だ」


 リベロヴァルカンが壁にかけられている。一丁ではない。


「量産できているのね。それに、コンマと違ってこそこそしていない」


 仮面バトラーシステムバージョン4を採用しているのは、現在、仮面バトラーフォワードのフォワードベルトのみ。その一本しかない。お嬢様はかけられているリベロヴァルカンを目視で数える。


 ざっと見て、六丁。勝風が背中に担いでいる一丁を加えると、合計で七丁。


「これからお嬢様の力をお借りして、バージョンアップしたものを作成していく予定だ。既存のリベロヴァルカンも改造していきたい」


 意気揚々と語る勝風。お嬢様は眉間にしわを寄せて「貸すとは言っていないわ」と言い返した。


「仮面バトラーでないと怪人を倒せないのであれば、より多くの人が戦えたほうがいいだろう? なんせ、敵はうじゃうじゃと湧いてくるのだからな。自衛の時代だよ」

「クオートは、武器屋さんになられるつもり?」

「それは、社長に聞くといい」


 勝風がフロアの奥の扉を二回ノックして、開ける。ここがクオートの本丸である。


「ややあ、ハジメマシテ! お会いできてうれしいですよ、お嬢様! お噂通りの美人さんでいらっしゃいますね!」


 満面の笑みを浮かべたウェーブのかかった緑髪の男性が、両腕を大きく広げ、お嬢様を歓迎した。お嬢様は会釈で対応する。


「わたくしがクオートの代表取締役、鳶田とびた夜長よながデスデス」

「代表取締役……?」

「ええ。我が社でモットモえらい人、ということになりましょうか」


 白い背広に、ストライプのネクタイ。ニコニコと笑みを崩さない。


小灰町ここは本社ではなく数あるうちの支社のひとつ、なのですが、今後の我が社の主力商品の開発現場というコトもありまして、わたくしが直接、指揮を執っているのでありますよ。かの有名な指揮者コンダクター鷲崎わしざきタクト氏には負けられませんからね!」

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