第4話 Bパート

「わたしのことを知りたいのでしょう? なのに、どうして遊園地に連れてきたのかしら?」


 ソフトクリームを平らげて、コーンについていた包装紙を折りたたみながらお嬢様は訊ねる。会話をするだけなら基地ベースでもできた。


「ゴートさんから聞いたんだ。怪人アイコンが出現したときしか外に出ないって」

「わたしは『apostrophe』から狙われているから」

「知ってるよ。ボクもわかってる。さっきもお嬢様から嫌がられたしね。ゴートさんや鷲崎わしざき先輩からは、あとで怒られるつもり」

「だったら、どうして」

「……楽しくなかった?」


 折りたたんだゴミをお嬢様の手からつまみ上げた。今日のここまでの感想を聞いている。


「楽しいわ」

「どのぐらい?」

「どのぐらいって……そうね……すごく楽しい。ここに来るまで、わたしはずっと、こういう世界には来てはいけないのだと思い込んでいた。こういう世界は『モニターの向こう側』にあるものだったから」

「そんなことはないよ。こうやって、行ける場所にある」

「連れてきてくれてありがとう、

「どういたしまして」


 お嬢様についてはまだわからないことだらけで、むしろ、いっそう謎が深まってしまったが、心の距離は縮まった気がした。今はこれでいい。これまで見せてくれなかった表情を見せてくれただけで十分に思える。


「うわああああああああああああああああ!?」

「助けてくれえ!」


 おばけやしきからおばけたちが外に逃げ出していた。入った客を驚かせる側のキャストが次から次へと建物から離れていくというただならぬ様子に、客も従業員も混乱している。


「うーらーめーしー、やあっ!」


 最後に出てきたのは、ゴースト型怪人だった。白い布のようなものをかぶっている。ぴょんっと跳び上がって宙に浮かぶと、シンボリックエナジーを球体にして周囲にばらまき、球体のシンボリックエナジーはアスファルトに着弾してどごぉんと爆発した。


「怪人だあ!」

「おばけやしきからホンモノが出てきやがった!」

「逃げろおおおおおお!」


 爆発を見て、騒ぎが拡大した。ゴースト型怪人から皆一様に逃げ出す。シンボリックエナジーによる爆弾には近付きたくない。


「アイツか!」


 逃げ惑う人々は怪人から距離を取るが、唯一、勝利とお嬢様だけは怪人へと近付いていった。勝利はフォワードボールを構える。


「変身!」


 ボタンを押して、仮面バトラーフォワードへと変身を遂げた。今回は転送システムは不要だ。


「うーらーめーしー!」

「空を飛ぶ相手かあ。だったらこれで!」


 ボールを銃に変形させる。さまざまなタイプの怪人に対応すべく、新アイテムの開発に励んでいるタクトの研究の成果物だ。今日は表向きの仕事であるところの『COMMAコンマ』の副社長として出張しているので、紋黄町にはいない。


「ハッ!」


 相手が放つシンボリックエナジーの爆弾を避けつつ、フォワードもシンボリックエナジーの光弾を撃っていく。しかし、せわしなく縦横無尽に飛び回る怪人に向けて、狙いはなかなか定まらずに外しまくってしまう。


「しっかりしなさいよ」


 物陰から戦局を見守っていたお嬢様が、腕まくりしながら加勢する。シンボリックエナジーを照射することによって、空中で動きを封じた。


「なぬぅ!」

「さすがお嬢様!」


 フォワードは銃を小脇に挟んでパチパチと手を叩く。固定された的になら、いくぶんか当てやすい。


だと……?」

「そうよ。悪い?」

「見つけたぞ! 見つけた見つけた見つけたぁっ! ワタシの手柄だあっはっはああ!」


 草木や爆発に巻き込まれて倒れている人々からぽわりと光の玉シンボリックエナジーが抜け出ていき、ゴースト型怪人のからだに吸い寄せられていく。その光の玉が、怪人を怪物へと変化させた。


「ぐるぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

「きゃっ!」

「お嬢様!」


 お嬢様は再びの拘束を試みたが、怪物の雄叫びによって弾き飛ばされてしまう。駆け寄ったフォワードに助け起こされた。


「わたしのことは気にしないで、さっさと怪人を撃ちなさい!」

「放っておけないよ! ボクはキミを守らないといけないんだから!」

「だったらなおさら! 怪物になって、的は大きくなったでしょう!?」


 怪物は怪人が適量のシンボリックエナジーを取り込むことで、トランスフォームシステムを再稼働させたもの。シンボリックエナジーは規定量を超過すると怪人の肉体を爆発四散させるのだが、適量であれば形態を変化させて強化することが可能だ。ただし、言語能力が著しく低下し、人間には理解不能な“音”しか発しなくなる。


「戦いなさい、フォワード!」

「はいっ!」


 お嬢様の激励を受けて、怪物の真正面に立った。もう一度、銃を構える。


「とうさん、ボクも戦うよ」


 警察官だった亡き父は、ショッピングモールに出現したクモ型怪人に拳銃を向けていた。と、怪人に捕らえられたのちに救出された人々は語っている。ショッピングモールは今も営業できない状態になってしまったが、従業員や買い物客に死人は出ていない。


 勝利の父が自らの命を懸けて、人々を救った証拠だ。


「くらえっ!」


 コンマという一般企業に就職したからには、命あるものに銃を向ける機会は存在しない、と思い込んでいた。だが、実際は違う。こうして仮面バトラーフォワードに変身する資格を持ち、怪人と戦わなくてはならない。人々を救うために、銃を握る。フォワード勝利は奇妙な因縁のようなものを感じながら、引き金を引いた。


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」


 シンボリックエナジーを撃ち込まれて、怪物は身をよじる。アトラクションを押しつぶしながら倒れ込んでのたうちまわった。


「やったか……?」


 倒し切れていない。怪物はおそるおそるで近付いてきたフォワードを、その右腕でなぎ払う。


「ぐへっ!」


 シンボリックエナジーを抜き取られ、一瞬にして枯れてしまった木に背中を打ち付ける。変身が解かれた。


「フォワード!?」


 怪物はゆらりとその巨体を持ち上げて、四足歩行で勝利ににじりよっていく。逃げようにも、からだをうまく動かせない。


「フォワード! しっかりしなさい! もう一度変身して!」


 お嬢様の声は、離れた場所から聞こえる。もう一度。


「ボクも、戦わなきゃ」


 ボールを掴んで、フォワードベルトで変身する。そして、目の前の怪物を倒さなければならない。勝利は、仮面バトラーフォワードに選ばれたのだから。


「戦わなきゃ……!」


 わかっているのに、手が動かない。脳ではわかっていても、からだが言うことを聞いてくれなくなっている。ボールを掴もうとしない。


「フォワード! 立ち上がりなさい! ねえ! 聞こえているの!?」

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