【連載版】仮面バトラーフォワード

秋乃晃

前半戦

第1話 Aパート

 20XX年2月3日Xデイ


 世界各地に怪人アイコンが現れた。

 怪人とは、秘密結社『apostropheアポストロフィ』が造り出したヒトと同じサイズの生命体である。



「みなさん、こちらです!」


 紋黄町もんきちょうのショッピングモールにはクモ型の怪人が現れていた。110番通報を受けて駆けつけた望月もちづき大貴だいきは己の警察官として使命を果たすべく、人々を出入り口へと誘導している。


「ふはははははは!」


 クモ型の怪人はその口から糸を吐いて、逃げ遅れた買い物客や従業員たちを捕らえていく。そしてその捕らえた人々をスルスルとたぐり寄せて、自らの防壁を形成していた。


「おまわりさん! たすけて!」

「うごけないよー!」


 助けを呼ぶ声も無視できない。望月は「誘導は自分が代わります!」と申し出た警備スタッフの青年に「よろしく頼む!」とその場を任せた。クモ型の怪人の元へと直行する。


「おまわりさんか」


 クモ型の怪人はその複眼で望月の姿を確認した。その赤い瞳のすべてに望月の姿が映る。


「これでは、発砲できない……!」


 拳銃を構える望月だが、すでに完成している一般人の壁により、怪人に照準を合わせられない。焦りと緊張で手が震えた。人間を撃ってしまえば大問題になる。だが、早く怪人を倒さなければ。次に何をしでかすかわからない。


「おまえ、おれをうつのか? うつんだな? うたれるまえに、てをうとう」


 怪人は望月を目がけて糸を吐く。

 その糸は望月の目の前でぷつんと断ち切られた。


「なにっ!?」


 すたっ。


 拳銃を握りしめたままの望月と、乱入者に驚く怪人との間合いに、深紅の執事バトラーが着地した。その頭部には仮面が装着されており、素顔はわからない。右手には細長い棒が握られている。


「なんだ。仮面バトラーか」


 クモ型の怪人は、深紅の執事をそう呼んだ。望月は“仮面バトラー”という存在を知らないので、この状況下での怪人の『増援』の可能性を考える。


「ウチはあんたのような雑音ノイズを発するバケモノを倒し、この世界を穏やかな音楽メロディーで満たす仮面バトラー」


 細長い棒を怪人に向けて、自己紹介する深紅の執事。それから、望月のほうを振り向いて「知らない人は、覚えてな」と付け加える。


 仮面で覆われていてその表情は見えないものの、その仮面バトラーなる者がウインクしたように思えた。望月は拳銃をおろす。


「おぼえるひつようはない。おまえの楽譜スコアは、おわっているのだから!」


 クモ型の怪人は、その八本足をショッピングモールの床に突き刺して、怪人から怪物へと姿を変える。見上げるほどの大きさとなった。捕らえられた人々から悲鳴が上がる。


「終わっとらん!」


 細長い棒を上に振りかざせば、空中にさまざまな楽器が出現する。仮面バトラーがのように両腕を動かすと、その楽器たちは音楽を奏で始め、音符が怪物に降り注いだ。


 ――が、それだけである。


「何っ!?」


 先ほどはクモ型怪人が驚いていたが、今度は仮面バトラーが驚く番だった。演奏が効いてない。音符は怪物に当たっているものの、何の効果も発揮せずに消失した。


 仮面バトラーの奏でる音楽は怪人の心を鎮めて、元の姿へと戻す効能がある……はずが……。


「今のうちに!」


 本来の効果は発動していないのだが、怪物の足止めには成功している。望月は怪物の足元へと駆け込むと、糸をちぎって人々を解放し、安全な場所へと逃がそうとした。


 己の警察官としての使命は、怪人を倒すことではない。

 人々を守ることであるから。


「ぐあっ……!」


 懐に潜り込んできた望月を怪物は見逃さない。その背中に左前足を突き刺して、引き抜く。


「おまわりさん!」

「バトラー! みなさんを……頼む……!」


 致命傷を受けた望月は、仮面バトラーに人々を託すと、その場に倒れた。その遺志を継ぎ、仮面バトラーは怪物を倒すのではなく人々の救出を優先する。


 ――その結果、紋黄町でのXデイの被害は『ショッピングモールの閉鎖』と『望月大貴の死亡』に食い止められたのだった。



 *



 20XX年3月9日。

 紋黄高校、卒業式の日。


 三年間の青春の日々をともに過ごしてきた仲間たちは、明日から別々の道へと進んでいく。


「今度みんなで会うのは、あの桜の木の下に埋めたタイムカプセルを掘り返す、十年後だね。たのしみだな!」


 片手に卒業証書の入った筒を握りしめている少女は、週明けには専門学校の近所にあるアパートへと引っ越す予定だ。しかし、別れを惜しんでいるような様子ではない。何かから解放されたような、晴々とした笑顔を少年に向けていた。


「ああ、そうだね」


 対する少年は、紋黄町からは出て行かない。紋黄高校の卒業生の九割は進学や就職を機に紋黄町を離れるのだが、この少年――望月もちづき勝利しょうりは残りの一割だ。輸入食品を扱う『COMMAコンマ』という名の地元企業への就職が決まっている。


「ちなみに、勝利は何を入れたの?

「え、……十年後にわかるんだから、言わなくていいじゃん」

「あはは、そうだね。気になるけど、十年後のたのしみにとっておかないとか」


 十年。この一年間――いや、一カ月ほどで世界は変わってしまった。

 十年後の世界がどうなっているのかは、誰にもわからない。


「応援しているからね、勝利」

「お前も夢に向かって頑張れよ、七瀬」

「もちろん!」



 *



 バトラー。

 それは、をお守りする使命を持つ者たち。

 素性を明かさないように、仮面をかぶっている。


 怪人は何の前触れもなく出現して、人々を襲い、世界は混乱に満ちた。


 Xデイの夜、秘密結社『apostrophe』の代表を名乗る男(怪人と同じ大きさで人語を操るが、その正体は不明である)は、各国の首脳にビデオメッセージを送りつけてきた。


「お嬢様を差し出せ。差し出せば、この星は見逃してやろうぞ。猶予は一年間。来年の2月3日までだ。さあ、捜せ!」


 この物語は、紋黄町の『お嬢様』と仮面バトラーのふたりと怪人との戦いの軌跡である――!

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