第12話 潜入⑴
むぅ……、この人と二人きりか……。なんだか怖いんだよなぁ。ミシロが気をつけてって言ってたのも頷ける。いきなり斬りかかってたし。
私、クロネは少しカインさんから距離を置いて歩いていた。
「そんなにガードを固めないでくれィ、さっきも言ったが、俺が斬るのは異形と食材とアデルさんだけでさァ」
「……信用出来ないよ」
「初対面で信用しろってのも無理な話なのは、重々承知でェ。でもな、俺ァあんたを守る義理があんでさァ」
義理?私はこの人たちに特に何もしてないけど……。剣をへし折ったくらいしか。でもそれで感謝をされるわけないし……。
すると、カインさんはしゅるしゅると首に巻いていたマフラーを外した。そして、後ろ髪をかき上げて項を見せる。そこには、ミシロと同じように奴隷印が押されていた。
「俺ら二十五番隊は蘇りの集団でェ。副団長とゴリアテさん以外はなァ。だから、あんたにはあんな思いをして欲しくねェし、ミシロにもそれ以上辛い思いをさせたくねェ。それに、お前ァ奈落送りになっちまったら、隊長にドヤされちまうぜェ」
「……そう、なんだ」
「だから安心しろィ、俺ァあんたを守る。ミシロもひっくるめてな」
……なんだか、この人なら信じられるような気がした。昔から私は人をすぐに信じてしまう。そのせいで、騙されることもあった。でも、この人の目からは嘘は感じられなかった。
「その言葉、信じてみる」
「そりゃありがてェ。おっと、アイツらも到着したようでェ」
マフラーを巻き直しながら、カインさんがそんなことを言い出した。目線の先には、俯き気味に歩いてるミシロの姿が。何かあったのかな?私はクロネに走り寄って、ムギュっと抱きついた。
「元気ちゅーにゅー」
「はへ!?クロネ!あんた何すんの……って、離して!うちの体が持たないからぁ!」
むぅ、少しぎゅっとしただけなのに。そこまで強く抱きついてないのにぃ……。まだ元気足りないかも。でも、一応聞いておこう。
「元気出た?」
「出たわよ。少なくとも嬉しくて叫びたくなるほどにね。だからもうやめて。嬉しすぎてうちの体が持たないわ」
若干顔が赤いのは気のせいかな?それとも、それだけ嬉しかったのかな?まぁ、笑顔だしいっか。
にしても……、お腹すいたなぁ。
...
うちらは、大人組と子供組に別れた。うちらはダクトから、カインさんとアデルさんは騎士の権限を利用してガサ入れをするそうだ。アデルさんの見解では、後ろめたいことは工場としては認めたくないため、シラを切るだろうとの事。だから、そういう情報を盗み出すのがうちらの役目だ。
「埃っぽいなぁ……」
「静かにしなさい。見つかったらタダじゃすまなさそうよ」
「お金もらえるの?」
「捕まって拷問されるかもってこと!タダってそっちのタダじゃないのよ!」
小声で、クロネに言い聞かせる。クロネはそれを聞くと少し震えて、「怖い」と呟いた。
「そうならないためにも、今回の作戦頑張りましょ。来た痕跡も残さなければ相手が追ってくるはずないわ」
少し間を開けて、こくんとクロネが頷いた。これで少しはこの子の不安をぬぐえただろうか。
……何言ってんだ、うちは。不安を作ってるのは、うち自身じゃないか。クロネをはやし立てて、不安にさせて、それをうち自身が慰めて、さながら自分がいいことをしたように考えている。
「……さいてーだ、うちって」
うちの口から零れた言葉は、まるで砂漠に滲んだ雨のように深く深く心に染み込んでいく。その雨は、まだうちを責め立てる。
こんな危ないことをさせて、本当にいいのか。奈落送りになった方が、彼女は幸せだったんじゃないかと、その雨はどんどんと本降りになっていく。
違う!彼女は奈落送りになるような人間じゃない!そもそも、奈落送りになっていい人間なんていない!自分にそう言い聞かせるが、雨は留まることを知らず、砂漠を押し流していく。
ならば、うち自身はどうだ?今こんな状況になることなんて、望んでなかったんじゃないか?靴を磨いて日銭を稼ぎ、その日の宿代だけ稼げば大儲けだった頃の方が、安全で、余程いい生活だったんじゃないか?
土砂に埋もれながら、必死にもがく。その中で、うちは思ってしまった。こんな彼女を危険に晒すような状態にしまうのなら、もう全てを諦めて二人で奈落に落ちた方がいいんじゃないか。その方が、彼女のためになるんじゃないかと。後々、クラディールさんも来るんだ。なら……、彼女のためにも……。
「最低なんかじゃないよ」
「……え?」
不意に、何かがうちの手に触れた。流木か、岩か。いや、流木にしてはツルツルしてるし、岩にしては柔らかい。それに、なんだか暖かい。人の手だ。うちは、それを力いっぱい掴み、体を引き上げた。
「ミシロは、頑張ってる。父さんを助けるために、頑張ってくれてる」
「それは、うちらふたりで逃げるためなわけで…」
「こうやって、私も一緒に連れ出そうとしてくれてる。こうやってさ。他人のために必死になれる人、私かっこいいと思うし、尊敬もしてる。だから、最低なんかじゃないよ」
「…何それ」
真剣な目をして語りかけるクロネが柄じゃなくて、少し笑ってしまった。笑うと、少し元気が出た。当のクロネはと言うと、何か変なこと言ったかなとでも言う具合に首を傾げてる。
「でも、ありがと。元気出た」
「そっかー、ならさ。乾パンくれない?」
「なんで?」
「実は…」
えへへーと、笑みを絶やさないクロネに、うちは一抹の恐怖を感じた。何かまずい、そう直感したのだ。
そう、クロネは食事を求めている。つまり今は空腹状態。いつも腹ぺこなクロネが、自ら食事を催促してきたってことは、それだけお腹すいてるってこと。つまり……!
「お腹すいちゃって。それに、さっき厨房の上も通ったし、余計……」
その次の瞬間、ダクト内に轟音が響き渡った!うちは、思わず耳を塞ぐが、クロネはどうやらお腹を抑えているので耳は塞げないらしい。てか、もしかして…。さっきの、お腹の音!?
凄い音だな!さすがに、この子がフレンチトースト一枚で大人しくなるのはおかしいとは思ってたけど、あそこまで大きいの!?
「な、何だこの音!」
工場の職員たちが異変に気がついたらしい。ここは彼女の異質を使って…いや待て。今のクロネは空腹状態。これでは彼女は異質を発動できない。ならここは……!
「クロネ、これを食べなさい」
「乾パン。やったー」
「食べながらでいいからよく聞いて」
うちは、アデルさんから貰った工場内の地図を開いた。ダクトの位置と部屋の間取りが記されている。クロネはもちゅもちゅと乾パンを咀嚼して悦に浸りながら、それを覗き込んだ。
「うちらがいるのはここ」
ある一室を指さす。換気扇の位置を数えてきたから、間違えてはいないはず。すぐ下には机があるのが確認できる。ついでに、こちらを不思議そうに見上げる大人たちの姿も確認できた。
「ここ、第二ミーティング室は入口がうちらから見て右柄にある。だから、あんたは机の上に降りて、ピッケル振り回して。その隙にうちが退路を確保する。それからはもうどうにでもなれよ。目標の部屋は目と鼻の先だしね。作戦開始の合図はこの蓋が取り外された時。いいわね?」
「りょーかい!」
ああもう、結局こうなるんだ。隠密行動のまま目的遂行出来たら良かったのになぁ。余計リスクを伴ってしまう。
「よいしょっと……」
「ゴー」
「な、なんだお前たち!うげっ!」
クロネは思いっ切り様子を確認しに来た工場の職員の顔面を踏みつけ、飛び出した。
その後、グルングルンとピッケルを振り回す。職員はというと、何がなにやら理解出来ていないようで、とりあえず壁際に集まっているようだ。よし、うちも行こう。
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