ドア

壱原 一

 

自室の窓とドアを開けている。廊下の小窓も開けている。


窓とドアと廊下と小窓は直線上に並んでいる。自室の窓際から廊下へ向けて、送風機を回している。


送風機の風量は最大で、わあわあ稼働音がするが、慣れてしまえば気にならない。これで結構かぜが通り、真夏も午前中は凌げる。


自室のドアは廊下側へ開く。ドア枠に下辺がない。ダークブラウンの床板が廊下へフラットに続き、汚れが溜まらず掃除しやすい。


ドア枠の下辺を沓摺くつずり、ドアとの隙間をアンダーカットと呼ぶらしい。わざわざ隙間を開けるのは、密閉されてドアがつかえるのを避ける目的があるそうだ。


要はドアの下に爪先ほどの隙間がある。そのドアを廊下の壁沿いに開け、自室の窓際から廊下へ向けて送風機で風を送っている。


そうしていると時おり静かにドアが閉まることがある。


廊下から自室に向けて、氷が机上を滑るように、ふう、となめらかに閉じかける。


一定速度で、澱みない。最初に目撃した時は、ドアの背後に誰か居て、押しているのかと怪しんだ。


ここに1人で暮らしている。他に誰も居る訳がない。


自室に1人たたずんで、わあわあ励む送風機を背に、半ば閉じたドアを見詰める。


ドア枠とドアの間には、蝶番分の隙間がある。


当たり前だが誰も居ない。ドアの影に廊下の壁と、ダークブラウンの床板が見える。


そもそも誰か入る幅がない。


近付いてそっとドアを押すと、もちろん無抵抗に開く。


送風機の風量は最大で、わあわあ稼働音が鳴っている。


風量が最大だから、蝶番分の隙間から風が入り込み逆巻いて、壁からドアを押し離し、閉じる形になったのだろう。


本棚から辞書を取り出して、開け直したドアの前に置く。


ドンと倒れてドアが閉まり、重石を置くのは止めにして、時おりドアが閉まる度そっと開け直すことにした。


*


夜は防犯に窓を閉め、ドアを開け送風機を回している。


寝るとドアが視界に入る。暗い廊下の小窓から外の明かりが差し込んで、ドアがふう、と閉まるのが見える。


慣れてしまえば気にならない。


しかし近ごろ半ば閉じたドアのアンダーカットから爪先が見える気がする。


ドアの背後に素足で立つ人の爪先が見える気がする。


最初は淡く朧げな影が、徐々に濃く根元に近付いて、ここ数日爪先が見えてきた気がする。


廊下の小窓から入り、こちらを目指している気がする。


ドアの向こうに居る気がする。


てんで不規則にドアが閉まり、その都度開け直しているので、煩わしさに不快感を覚え無意識に気にしているのかもしれない。


ままならない現象の仕組みを自分自身に説明して、気を紛らわせようとしているのかもしれない。


いっそ閉めた方が気が休まるかもしれない。


自室で1人起き上がり、わあわあ励む送風機を背に、半ば閉じたドアへ歩み寄る。


一応ろうかに身を乗り出し、ドアの背後を覗いても、当たり前だが誰も居ない。


自室に引っ込み、ドアを見て、ドアを閉めるためノブを掴む。


ぬらりと皮膚の感触がする。息を詰め、その場で静止する。


半ば閉じかけた自室のドアに最大の風量が逆巻いて、知らない人体のにおいがする。


わあわあ励む稼働音に、深い呼吸が混ざっている。


もう内側に居るのかもしれない。


そんな気がする。



終.

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ドア 壱原 一 @Hajime1HARA

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