第12話 金海山(キムメサン)の戦い
※この小説は「倭城(わそん)」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。
空想時代小説
7月に入り、釜山(プサン)の西方、金海山(キムメサン)にいる浅野長政・幸長勢が敵に包囲されている知らせがあり、政宗勢が援軍として向かうことになった。
金海に着陣すると、本丸だけに浅野家の旗が立ち、中腹から下は敵の支配下になっているようだった。どうやら兵糧攻めにあっているようだ。まずは、敵情視察だ。敵の陣取りや兵数を確かめるべく、小十郎は忍びである黒はばき組の者に物見を命じた。こちらは少数なので、旗を立てずに隣の山に陣取った。食事の際に煙をたてるわけにはいかないので、食事は干物が中心となった。
政宗の前で成実と小十郎が話している。
「小十郎、さっさと攻め込まぬか? 鉄砲を撃ち込めば敵は逃げていくのではないか?」
「成実殿、相手は正規軍ですぞ。そんなに簡単なものではござらん。まずは、物見の報告を聞いてからです」
「そんなもんかの?」
成実は、いつも小十郎に言いくるめられていた。
翌日、小十郎のもとに物見の報告が集められた。評定の席で、小十郎から報告があった。
「敵の数はおよそ2000。陣は大きなものが4つ。東西南北にひとつずつで、本陣は北にあると思われます。北は攻めやすい平地からの道がありますが、他の三方は急ながけや坂があり、攻めにくい地にあります」
「数はほぼ互角だの。北の陣地に城攻めをすれば、簡単ではないのか?」
成実は相変わらず楽観である。
「そこが敵のねらいでござる。北側の陣には、さまざまなしかけがあり、突撃すれば落とし穴に落ちたり、石落としにあう可能性があります」
「それでは、小十郎どうすればよいのじゃ?」
成実はいらだった。
「大殿、拙者の策を申し上げてよろしいですか?」
「もちろん、お主は奥州の一大名の軍師だからの」
小十郎は、政宗の嫌味な言い方にしかめ面をした。かつて太閤の前で誘いを受けた時に「奥州しかわかりませぬ。奥州の一大名の家来でござるゆえ」と言った言い逃れを根にもっていたのかと思ったが、政宗の配下に残るための方便である。政宗も内心は許してくれていることはわかっていた。
「はっ、それでは、まず成実殿には200名ほどの兵で、北側の正面に対峙していただきます。攻撃はせずに、相手をなじってくだされ。もし、敵が出てきたら退いていただき、後ろにいる鉄砲隊が一斉射撃をいたします。まぁ、島津の釣り野伏せの戦法でござるな」
「それはいいが、わしは囮か? いつもそんな役だ」
「まぁまぁ成実殿、声が大きい武将でなければ務まらぬ役目ゆえ」
成実は憮然としていた。
「敵が出てこない場合は、南側のがけを登っている原田甲斐殿が率いる100ほどが火をかけます。南側には兵糧庫があるので、敵は混乱すると思われます」
「混乱するだけで、北側が動かなければ何もならぬではないか?」
「成実殿、話は最後まで聞いてくだされ。東と西に伏せている500ずつの兵が攻め込みます。北側には1000ほどの敵がいると思われますので、東と西は互角の戦いと思われます。北側の敵には、鉄砲隊が撃ちかけます。後方で戦いがあり、正面から鉄砲で撃ち込まれれば、敵も動かざるを得ないでしょう。敵が東西に応援を出したならば、こちらは槍隊を先頭にし、落とし穴をさぐりながら進みます。石落としには竹ででてきた盾を先頭にして進みます。急坂ではありませんので、勢いはそんなに強くないと思われます。殿には後方で弓隊の指揮をお願いします。殿はすぐに前線に出たがりますので、決してそれはなさらずに」
政宗は、小十郎にくぎをさされ、ふてくされ顔になった。
未明に東・西・南に伏せる兵は、音をたてずに潜んだ。夜があけて、成実が200ほどの兵とともに、北側の陣にせまった。そこで、大声でどなった。日本語で言ってもわからないはずなのだが、成実はお構いなしにどなり声をあげた。ただ一言だけ十兵衛から朝鮮の言葉を教わっていた。
「われは、奥州一の荒武者、成実なるぞ! 力ある者ならば、わしと相手せい! どうせ、だれも出てこられんだろ! ムギリョック!(意気地なし!)」
と怒鳴っていたら、門があき一人の武者が出てきた。すごく大柄な武者で6尺(180cm)はあるだろうか。5尺3寸(165cm)の成実と比べると、明らかに一回り違う。それに大きな青龍えん月刀を持っている。三国志にでてくる関羽雲長の武器である。ただし、見た目は張飛翼徳に似ている。馬を右・左に動かし進んでくる。避けたところに落とし穴があるのだろうということは、だれにでも推測できた。成実は短槍を持っているが、とても太刀打ちできるものではない。相手をできるかぎり引き付けて、馬の首を返した。敵の武者は少し追ってきたが、罠ときづいたのだろう。馬を止めた。そこに十兵衛らの鉄砲隊が一斉に火を噴く。あっけなく倒れた。
敵は一人しか出てこなかったので、手はずどおりに南側の原田勢が兵糧庫に火をかけた。敵に混乱が生じてきた。東と西の陣でも斬り合いが始まった。北側の陣から応援に行く姿も見られた。そこで、政宗は総攻めを命じた。成実の部隊が槍で落とし穴を見つけていく。先ほどの武者が避けたところを突けば、土や草が落ちていくのですぐにわかる。落とし穴に落ちた兵は一人もいなかった。石落としもゆるい坂なので、かわすことが容易だった。後方からの弓の攻撃の効果もあり、先陣の成実の部隊は難なく敵の門まで到達することができた。
土手や壁の上から弓でねらう敵がいると、十兵衛が率いる鉄砲隊が仕留めた。命中率はかなり高い。成実勢が門を破ると、いたるところで斬り合いが始まった。そこに本丸から浅野勢も下りてきた。敵は挟み撃ちにされ、右往左往している。中には、がけを転がり落ちる者までいた。昼には戦が終わっていた。味方の損害はほとんどなく、けがをした者が数名いただけである。この戦の勝利は、浅野の方から太閤に知らされた。このところ敗戦の報告が多かった秀吉軍は久しぶりの快勝で、大いに沸いた。太閤からは感状が政宗に届けられたのである。
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