第12話 三百年前の続きをしましょう?

『アリシア助けろ!』


『治癒術を使ってくれ!』


 彼らは悲鳴を上げながら私に助けを求め、アレクサンダーに刺されたのに私は『助けないと……』と必死に床を這いつくばった。


『あぁ……、あ……』


 そんな私の前で、命があっけなく散っていく。


 揺らめく黒い炎のような姿となったバルキスは、あっという間に仲間たちを食い散らかしていった。


 悲鳴が聞こえなくなったあと、玉座の間に響くのは私の乱れた呼吸音だけ。


 そんな私も、間もなく死ぬのだと理解していた。


 冷たい床に伏した私は、闇色の獣が音もなく近づいてくるのを呆然と見る。


《アリ……、シア……》


 全身から大量の血を流した私は、もう虫の息だった。


 獣を覆っていた黒い炎がゆっくり消えていくと、黒い服に身を包んだバルキスが現れる。


(……不思議だわ。皆を惨殺した魔王なのに、……彼の目を見て綺麗だと感じてしまう)


 人間ならあり得ない真っ赤な目を見て、私は宝石のようと思っていた。


 彼はその目から、闇色の涙を流していた。


(……魔王も泣くのね)


 その姿を見て、魔王という人類の敵が、思っていたよりずっと人間に近い感情を持つのを知る。


 そして、私をエサにしようとしたアレクサンダーたちより、好きな女の死に涙を流すバルキスのほうが、ずっと温かな人に思えた。


『君と、もっと話をしてみたかった』


 バルキスの唇が、涙で震える。


『君をもっと知りたい。俺はまだ君に出会ったばかりだ』


『そうね……』


 もう、私はかすれた小さな声しか出せない。


『君の魂を見守って、迎えに行ってもいいか? もっとちゃんと君に恋がしたい』


『ん……。きちんと、……たくさん、……はなしましょう』


 私の頭からは、彼が邪悪な魔王だという事は抜けていた。


 彼の〝人間性〟に触れた今、自分たちのほうがひっそりと暮らしていた吸血鬼の邪魔をした〝悪〟に思えてならない。


 神隠しがあったというのも、何か事情があったのかもしれない。


 けれど私たちは、不吉な事があればすべて魔族のせいにしていた。


(もっときちんと調べればよかった)


 そして、自分が組んでいるパーティーがどういう人かも、もっと知ろうとすればよかった。


 確かに道中、彼らの会話を聞いて違和感を抱いた事はあったけれど、国王陛下から期待された〝勇者〟だから、疑ってはいけないと思い込んでいたのだ。


 そう思うも、後の祭りだ。


『……ごめんなさい』


 溜め息と同時に最期の言葉を口にした私は、ゆっくり目を閉じた。


 ――あなたの事が知りたい。


 ――なぜ森の奥にいたの?


 ――どうして疑われる事をしたの?


 ――私をどう思った?


 ――あの一瞬で私のどこを好きになったの?


 ――でも、あなたと聖女わたしが恋をしたら、とても面白そう。


 ――もっとあなたの事が知りたい。


 ――魔族を、世界を理解したい。


 ――もっと……。


 バルキスが見守るなか、私の意識はふつりと途切れた。




**




 すべてを思いだした私は、涙を流し黒い繭に話しかける。


「三百年前の続きをしましょう? 私、あなたをもっと知りたいのです。バルキス」


 すると、周囲に合った黒い繭がボロボロボロッと崩れていった。


 空中に浮かんでいた繭も壊れたけれど、中にいた魔術師たちは気絶したまま魔力の玉に守られていて、安堵する。


 そしてバルキスもまた、闇の繭から姿を現していた。


 まだ衣服の輪郭は闇と溶け合って揺らめいているけれど、大体は人の姿に戻っている。


 彼は三百年前と同じように黒い涙を流し、嬉しいような、戸惑っているような、微妙な顔をしていた。


「バルキス、いらっしゃい」


 私は両腕を広げ、彼に微笑みかける。


「アリシア……」


 バルキスはバッと羽を広げると、私のもとまで飛び、強く抱き締めてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る