第10話 三百年前
(ここにいるのに……!)
私は歯がゆさのあまり唇を引き結ぶ。
「バルキス! この馬鹿!」
目の奥が熱くなり、涙がこみ上げる。
魔王だとしても、私を求めてくれた人を救えない自分が情けない。
「私の声を聞いてくれないなんて……!」
ポロッと本音が漏れ、納得した。
バルキスはあれだけ私を好きだと求めていたのに、いざ我を失うと私の声さえも聞き入れてくれない。
――所詮はそれぐらいの想いだったの?
嫌になるほど求められ、愛の言葉を浴びせられ、辟易としていたはずだった。
傲慢な考えかもしれないけれど、いざバルキスの笑顔を失って元の彼が恋しくなるなんて――。
「私の事を好きだと言ったくせに! どうして無視するんですか!?」
叫びながら、私は涙を零していた。
「もっと話しましょう? 私、あなたの事を何も知らないんです。ちゃんとあなたと向き合って、考えるから……!」
声は涙で崩れ、頬には次々と透明な雫が伝っていく。
眩いばかりの朝陽の中、バルキスが入った繭は少しずつ崩れていく。
――このまま滅されてしまうの!?
何度も聖属性の魔術を浴びて滅されても、彼は瞬時に再生していた。
けれど今は彼がもう戻ってこないような気がして、脆く崩れ去っていく闇の塊を見ただけで、ゾワッと全身に悪寒が走った。
「お願い! 私を見て!」
涙声で哀願したとき、脳裏でパチッと何かが弾ける。
――この感覚を知っている。
フワッと蘇った記憶は私のものではない。
けれど、〝私〟の記憶だ。
〝彼〟は〝あの時〟も怒り狂っていた。
そして〝私〟は必死に彼を宥めようとしつつ、自分の無力さを痛感していた。
**
――三百年前。
私は勇者アレクサンダーと共に、当時の聖女として仲間たちと旅をし、深い森の奥にある古城を目指していた。
帰らずの森と呼ばれているその森の周辺では、ここ数年神隠しが立て続けに起こっているらしい。
勇気ある青年たちが団結して森を探索したところ、生い茂った森の奥に古城を見つけた。
昼夜問わず見張りを立てて城を見張っていると、夜になると城からフラフラと出てきた人が、森の小動物を捉えて生き血を啜っているのを目撃した。
――あの城には吸血鬼が住み着いている。
下手をすれば血を吸われて眷属にされかねない。
村人たちは大きな町にいる兵士に助けを求め、それが王都まで伝わって対策本部が作られた流れだ。
当時の私は教会に勤めるシスターの一人で、聖女となる適性が高く、次の聖女になると言われていた。
しかし十八歳と年若い事から、教会関係者たちからは『この小娘に聖女が務まるのか?』と懐疑的な目で見られていた。
一言で聖女と言っても様々な年齢の人がいて、某国にはお年を召した聖女様がいる。
聖女は神様からのギフトを得た特別な者や、特殊な血筋の者がなるのではなく、巨大な力を行使する器として相応しい人なら、誰にでもなれる可能性がある。
聖職者は神様の力を引き出して行使する存在で、魔力を貯える器が大きければ大きいほど、巨大な力を操る事ができる。
大体は聖職者として経験を積むうちに徐々に器を大きくしていくものだけれど、私は生まれ持って聖属性の魔力を体に沢山貯えていた。
けれど人としての経験値が少ないので、周囲から渋られている……という事だ。
国王陛下は私の背を押すために、『吸血鬼を退治できたら周囲の者も納得するのでは』と言い、周囲の者もそれに賛成した。
そんな流れで、私は勇者たちと共に森に向かったのだった。
案内する者に導かれて歩くうちに、森の外では天気が良かったはずなのに、奥深くへ行くほど頭上の空が曇っていく。
覚悟を決めて城に入ると、知性のない下級吸血鬼が襲ってきて、私達は力を合わせて戦った。
戦いながら城の奥へ進み、玉座に座って居眠りをしている吸血鬼の王――バルキスのもとにたどり着いた。
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