奈落のファンタズマ

多津風 旨

第1話 煮える国 上

 カーテンから溢れる光が顔を照らす、朝の気配。


 疲弊により堕ちるように眠っていた、夢を見ていたはずなのに、思いのままに目覚めることができるのは習慣か、あるいは進化か。いずれにせよ砂漠や雪山での野宿、盗賊やモンスターの敵襲、国から託された重責。どれも以前のだらしない私を変えていった経験だ。


 そんなことを思いながら体を起こす。特別でも何でもない空間を見渡してから窓を開け、そよ風を体で浴びる。外には城下町が広がっている。


「終わったんだ」


 彼女は一週間も毎朝同じように感傷にひたっている。すでに旅は終わっていた。


 今日も二度寝しよう、しばらくは甘えた生活しても誰も咎めまい。だって私は世界を救った英雄なのだから。勇者だっけ、救世主?どっちでもいいか。


 再びベッドに戻り布団に潜ろうとすると、窓の外から彼女を呼ぶ声が。


「アリカ!アリカ!」


 窓から見下ろすとそこには二人の小女が。


「なぁに!」


 彼女らはともに旅をした仲間だ、二人とも前髪ぱっつんのワンピース姿はとても可愛らしい、何やら話があるみたいだ。


「今日は私たちのお祭りでしょう?式もあるから準備しなくちゃ!」


 すっかり忘れていた、旅の帰還と功績を国民総出で祝ってくれる日だった。祝日にもなるらしい。とりあえず簡単な身支度をして宿を出る。出迎えてくれた二人は私の姿を見て息ぴったりで驚いていた。双子なので当然か?


「髪ボサボサ、服もヨレヨレ、人が違うみたい。前の凛々しいお姉さんはどこへ…なんかがっかり」

「普段はこうだったの!けどもういいでしょう?旅は終わったんだし、ゆっくりするんですう。それより準備って?」

 

 姉のほうが呆れてため息をついた。


「お祭りにも打ち合わせってもんがあるの!どちらかと言えば私たちは演者側なんだから。手紙も来てたでしょう」


 そういえば大量の郵便物が届いていたのを思い出した、感謝状や労いの手紙だったり。恋文ラブレターもいくつかあった。面倒だったので見逃していた、後で見ておこう。


「そういえば式って?表彰式とか?」

「違うわよ、結婚式よ。その手紙も来てるはずだけど、見てないと思った。招待状の返信が来ないって心配してたわよ?」


 どうやら旅をしていた仲間の内二人が結ばれたらしい、仲のいい男女で心当たりがあったので納得だ。私にも結婚などという言葉に縁はあるのかと胸を締め付けられながら、一通り話は終えた。


 平和を称したお祭りと、身内なかまの結婚式を同時にするとは、一日だけでは活気は治らないだろう。ちなみにその新郎が旅中に放ったプロポーズは「この戦いが終わったら結婚しよう」だったらしい、よく生きて帰れたものだ。自室に戻ろうとすると、妹のほうがまたやってきた。「どうしたの」と聞くと少し不安げな表情だ。恋愛相談ならやめてほしい。


「私結婚には興味ないから!」


 見栄を張ってしまった。


「何の話ですか?そんなんじゃなくて、タタラ様見かけませんでしたか?ずっと見てないんです」


 旅で私たちを導いて引っ張ってくれたリーダー的人物で、戦力の核だ。仲間内では勝手に「タタラ」と呼んでいて、名前ではない。そして私の幼馴染である。


「見てないよ、私買い物しか出かけてないし」

「そうですか、実は帰還してから誰も会ってないんです。結婚式の招待状には返信されてるみたいですけど」


 きっと目立ちたくないのだろう、彼の性格的には当てはまっている。


「恥ずかしがってんのよ、あいつ照れ屋だし。心配することないわ」

「そうなのでしょうか、まあアリカちゃんが言うのであれば安心です」


 少し鼻が高い。


「今日打ち合わせがあるんでしょ?来なかったら大問題だわ、主役じゃない」


 双子と別れてからはすぐに城下町へ向かった。諸々の打ち合わせには時間がある、まずは腹ごしらえ。


 ここは世界中でも歴史が深く、人口最大の国王都市。様々な種族が生活しており、観光地としても有名である。世界の経済の中心的存在で、戦争はすでに古い歴史だ。常に先を進んだ技術をもち、最近は魔術に頼らない蒸気やガスによる開発が進んでいるらしい。私は田舎の出身だったので都会の活気には圧倒された、物価は安く飯も旨い。とこだと思う。遠く離れた山脈から観ると丸い形で形成されていて、国の外を出れば草原が広がっている。所々に建設予定地があるのでまだまだ広がっていくのだろう。中心には大きなお城が立ち、国のどこにいても上を向けば頭の国旗が目に入る。


 行きつけの喫茶店でサンドイッチをむさぼっていると、馴染なじみの若い女店員が「アリカちゃん」と声をかけてきた。あと数年で三十路なのでその呼び方はやめていただきたいものだ。こちらもどうぞと一つの料理を勧め、試食をお願いされた。それは初めて見る料理で、無臭で白くて四角い、焼いた跡がある。


「このソースをかけて食べるの?」


 店員はコクコク頷いた。それを口にポイと入れてみるとなかなかに嚙み切れない、柔らかく歯にしつこくへばりつく。飲みこんでしまおうとすると喉につまらせてしまった。徐々に青くなる私の顔をみて店員は急いで水を飲ませる。


「死ぬって」

「ごめんねアリカちゃん。でもいかがでしょうか、?」


 正直言うとだった。ソースが合っていない気もするが、一つのお菓子として売れそうだ。彼女は時々こうしてお店の新商品を開発しては私に食べさせてくる。この斬新な発想は彼女が持っているわけではない。


「またあいつが教えてくれたの?いつもながら驚かされるわ」

「そうなんです!今回のは結構のでデザートとしてメニューに追加しようと思います。やっぱりアリカちゃんの旦那様は凄い方です!」

「だから付き合ってないって!」


 勘違いされたのはタタラとの関係。成人したころに出会ってからずっと一緒にいたせいか、よく仲間内からも誤解されていた。タタラは時々「故郷の味が恋しい」といってこの店に料理の再現を熱く語り、いつも知らないものを作らせてくる。


 いつ帰ってくるのかと聞かれたので、きっぱり知らないと伝えた。彼の反応をいつも楽しみにしていたようで、少し落ち込んでいるようだ。


 腹も膨れたので、重い腰を上げ城に向かうことにした。都市の中心に近づくにつれ人々の活気が上がってくる。祭りの準備は既に整っているようだった、屋台がずらりと並び、花があちこちに飾られ鮮やかだ。祭りと仲間の結婚式は夜に始まる、すれ違う子供たちは待ちきれずにいるようだ。強面の警備兵達も今はなんだか優しい顔をしている気がする。今日は外出してよかった、旅では仲間割れをする時もあった、危機一髪の瞬間は数え切れない、食料が尽きた時は草でも虫でも食べれる物は残らず食べていた。死んだ者もいた、だからこそあの苦しい旅をしてこの国の人たちに安らぎを贈れたのはよかったと思う。意外にも私には正義感というものがあったのだ。


 そう感傷に浸っているうちにアリカは城にたどり着く。彼女は先ほど食べた料理の名前が気になっていた。

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