【SS】外部記憶装置

ずんだらもち子

【SS】外部記憶装置

「お前、まだ勉強なんてしてんのかよ」

 Bは、大学の同期であるAに向かって嘲るように言った。

「当然だろ。大学には勉強しに来たんだから。君がどんなサークルで遊んでるか知らないけど、俺には関係ないだろ」

 ゼミ専用の狭い教室には二人しかいなかった。

 Aは教授が来るまでの時間、先の民法の講義の内容を、復習がてらノートに鉛筆でまとめていた。

「そーじゃないよ。今朝のニュース観てないのか?」

 Bは携帯端末で、ニュース記事が掲載されているWebページを開くと、Aが視線を落とすノートの上に差し込むようにして見せつけた。

「『人間の脳と外部記憶装置の接続手術 今国会にて承認』だってよ」

 Bが鼻息荒く見出しを読み上げるのを、Aは「そうか」という三文字で受け止める。

 その様子に、興奮したBがたじろぐこともない。

「海外だとすでに承認されてたし、実際オランダやドイツで手術してきた人とかも増えてるよな。SNSとかテレビでも話題になってたし」

「みたいだな」

 AはBの携帯端末を手の甲でそっと押しのけると、再び鉛筆をノートの上で躍らせた。

「お前、仮にも法学部の学生だろ? 国会で承認されれば法整備も始まっていくんだぞ。未来に目を向けろよ」

「今騒いだところで何もできないだろう。目の前の六法を追いかける方が重要だ」

「そんなの、」

 Bは、Aがノートの脇に置いていた小型の六法全書を一瞥した。「今に必要なくなる。外部記憶装置――SDカードやUSBを頭に挿せば、すぐに知識として活用できるんだからな。俺なんてもう予約してきたんだぜ」

「新しい法解釈の参考書をか?」

「バカ、違うって。手術の予約だよ。前金で200万円もしたんだぜ」

「詐欺じゃないのか?」

「俺だって法律家のたまごだぜ? きちんとした総合病院だ」

「バカらしい」

 Aは六法を手に取り、必要なページを開いた。

「保険適用されてからの方が安くなると思ってそう言ったんだろ? そんなの待ってたら大学卒業しちまう。その前に手に入れて、司法試験に臨んで、早く良い環境で働けるようになったら、200万円なんてあっという間だ。先行投資だよ」

 Bは得意げに鼻の下を擦る。

「それなのに、未だに真面目に勉強してるお前にだけは、バカとか言われたくないっての」

 その一言に、Aは鉛筆を置いた。

 そして凍てつくような寒い視線をBに向ける。

「まだ法整備はこれからなのに。規格とかが整備されて、お前の手術後国内で流通する装置の規格が定められて、挿入口と合わなかったどうするんだよ」

「そ、それくらい互換性があったり、変換とか作られるだろ」

「奇跡的にその記憶端末を取り込めるようになったとして、そもそもその記憶端末はどうやって作るんだよ」

「え?」

「結局お前が装置にダウンロード、ないしはコピーさせる必要があるんじゃないのか?」

「そ、それは……」

「だいたい、試験中にその装置を使っていいかどうかもわからないんだぞ」

「六法の持ち込みは基本的には可能だろ」

「あぁそうだ。なのに合格者が毎年少ない理由も想像できないのか?」

「そ……それは……」

「だだっ広い図書館の中、林立する書架に詰め込まれた万という本の中から、たった一冊の必要な本を探し出すのが簡単と思うか?」



 アルバイト先のコンビニに向かう途中、Bは電気街を通り抜けた。さっそく認可された、外部記憶装置と人間の脳の接続手術のことで話題はもちきりだ。

 大型モニターに広告が映る。


『かの有名なT大教授、アメリカのH大学教授の頭脳が詰め込まれたSDカード! 予約特価で198万円!!』


 Bは店頭に飾られたリーフレットを手にとると、リュックの中に押し込んだ。

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【SS】外部記憶装置 ずんだらもち子 @zundaramochi777

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