護る者

quo

護ってくれる者

エレベーターが混んでいる。


客先は7階。乗らなくても十分に間に合う。エレベーター脇を見ると、階段が見える。

「階段でいくか。」


三十代も半ばを過ぎた。しかし、サッカー部で鍛えた体は、週三で行くジムで保たれている。

階段を見上げると、何となく「いける」と思った。一段目を蹴って、二段越しに階段を駆け登ってい行く。三階になると、流石に息が乱れる。しかし、四階の階段を見上げると、「まだいける」と、今度は三段越しに踏み込んだ。


しかし、三段目に掛けた足が滑り、一気に体勢が崩れ、そのまま階段に体を打ちつけそうになる。寸でのところで左手が手すりを掴み、右手が迫る階段の角から身を守った。それでも、角に打ちつけられた右手は血が滲み、右足を強打し、鋭い痛みが走る。


「危なかったな。」


もしかすると、全身を激しく打ちつけ、階段を転がり落ち、死んでいたかもしれない。痛む膝を摩りながら階段に座り込む.

落ち着きを取り戻すと、左手に違和感を感じた。自分が手すりを掴んだのではない。誰かに力強く引き上げられた感覚。


ぼんやりと左手を見つめていると、誰かに見られている気配を感じた。立ち上がり、下階の踊り場を見ると、老婆が居る。見たことのある顔。亡くなった祖母だった。


「お前に”いける”と吹き込んだのは、後ろにいる奴だよ。」

「いいかい。安易に頭に浮かぶことをするな。」


祖母との思い出。お盆に母の実家に帰り、冷えたスイカを出してくれた。庭で花火をした。あの優しい祖母の面影はなく、厳しく諭すような顔と口ぶり。

立ち上がり、痛む膝を引きずり追おうしたが、踊り場には居なかった。


振り向き、”後ろの奴”を追い払おうとしたが、影すらなかった。


また階段に座り込むと、あの時の優しい祖母に、「ありがとう」と呟いた。

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護る者 quo @quo_u

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