【BL】おっさん聖女の婚約
魚野れん
第1章:突然の婚約話
第1話 平和になったと思ったら。
「聖女様、そろそろお時間です」
「ん」
補佐役のティルマンに声をかけられた俺は、今日の予定を思い出して――素直な反応をするのをやめた。
言っておくが、俺は男だ。聖女というのはただの称号で、俺の他にも男性聖女は存在する。……まあ、数えるくらいにしかいないんだが。
「今日は何の来客だっけ?」
「聖女様!?」
思い出したくもない用事で声をかけられたのだから、少しくらいとぼけても良いだろう。なんて、悪い考えがあったんだ。
小さないたずら心だったが、ティルマンにとってはそうではななったようだ。彼はギョッとした顔で俺を見返してくる。そんな顔しなくても良いだろうに、と苦笑したくなる気持ちを抑えながらへらりと笑んで、さっきの言葉を撤回した。
「ごめんごめん、冗談だって。自称婚約者候補殿がやってくる日なんだろ?」
「自称じゃありません! 立派な婚約者候補です!」
このティルマン、なかなか気が利くし信仰心も厚いしで優秀な男なのだが、どうにも喜怒哀楽が激しい。いつか血管が切れてしまうのではないかとちょっとだけ不安になる。
まだ若いくせに、かわいそうに。でも大丈夫だ。安心しろ、ティルマン。俺が側にいる時に限るが、ちゃんと癒してやるからな。
俺がふざけたことを考えているのなんか、お見通しなのだろう。彼は大きなため息を吐いた。
なんてことはない、これがいつもの俺たちのやり取りだ。意外かもしれないが、ティルマンはこういうやり取りをこっそり楽しみにしているらしい。
同僚とそういう話題で盛り上がってるのをたまたま聞いてしまったから知っている。
どんないたずらをされるのか、楽しみだそうだ。って、俺は近所の子供かよ。
うっかり思い出さなくても良い感情まで思い出してしまった。いかん。目の前に集中しよう。
「……この前、ようやく魔界の扉の封印に成功したでしょう」
「そうだな」
この世界――いや、この国には魔界の扉と呼ばれる大きな紋様が刻まれている。封印が解けると、この紋様から悪しき存在――魔獣――が現れるのだ。
どういう仕組みになっているのか分からないが、女神が創り出したこの世界唯一の不具合である。それを何とかする為に、俺たち聖女という存在が頑張るわけだ。
で、それがうまくいって今がある。
「これで平和が訪れたとお思いですか?」
「いんや? 今後は、国の危機だ」
魔界の扉を封じるのは世界の為だ。それが、良くも悪くもこの国を守る盾にもなっていた。
俺たちの国、テアテティス王国は半島になっている。大陸と繋ぐ大地に魔界の扉があるから、国交や貿易はすべて港を経由して行われる。
この肥沃な大地は魅力的かもしれないが、船でしか行き来できない土地、それもいつ滅亡するか分からない状態だった。そんな半島を欲しがるような奇特な国はいなかった。
つまり、魔界の扉から発生する魔獣が、図らずとも他国からの侵略を退ける要素になっていたのだ。ということは、魔界の扉が封印されて安全になったこの国は「魅力はあるけど手を出すには面倒な国」から「手を出しても損はしない国」に変化したいうわけだ。
「そうです。知識の豊富なラウル様はよくお分かりのことでしょう」
「この国を守り、世界平和を維持する為には聖女の保護が最優先……だろ?」
俺の言葉を聞いたティルマンは満足げに頷いた。魅力的なのは、単純に国土だけではない。聖女という存在も含んでいる。
聖女は魔獣退治や魔界の扉を封印することに特化しているわけではない。女神の代行者という称号は、伊達ではないのだ。
聖女には“鼓舞”という特殊な付与魔法と“治癒魔法”が使える。鼓舞は能力全般を増強させるもので、聖女と共に戦う騎士が魔獣と対等に戦えるようにする為にある。
治癒魔法の方は聖女の能力に左右されるものの、俺くらいの強い聖女になれば死にさえしなければ何度でも五体満足に戻すことができる。
神力を持っている聖女にしか使えないそれらの魔法は、普通の人間では太刀打ちできない魔獣と一騎打ちができるようにする為にもたらされた女神からの祝福だと考えられている。
しかも、この鼓舞や治癒魔法は一度に百人単位の騎士へかけることができる。ただし、治癒魔法は範囲を広げると効果が薄くなるから注意が必要だ。
これは恐ろしく使い勝手の良い能力である。戦争を繰り返している諸外国らにとっては特に。
今まで聖女は魔界の扉を封印する為の戦いに総出で参加していたし、常に自国の騎士が守っていたから、他国の人間にさらわれるようなことはなかった。
また、隣国防衛戦線も引いていたから、自国への魔獣侵略を抑え込んでくれる聖女を減らしてまで自国を危険に晒すようなまねをする者もいなかった。
しかし、である。魔獣に襲われなくなった今、鼓舞が使える聖女を戦争に参加させれば戦況をひっくり返すことができる。
「俺よりも、他の聖女の保護を頑張った方が良いと思うけどなぁ……」
「何を! あなたが当代の聖女なんですよ!?」
「だって、聖女の中でも聖女の能力だけじゃなくて肉体的にも一番強いし、元騎士でおっさんだし、誘拐しにくいだろ。普通に。
言い方は失礼だけどさ、弱くて可愛い聖女を誘拐する方が簡単だし、そのレベルですら彼らにとってはおつりが出るくらいの恩恵を与えてくれるはずだ」
俺が言っていることは間違っていない。聖女の能力がなくても俺は強い。これは自慢じゃなくて、事実。だから、総合的に考えれば能力の低い聖女を誘拐する方が現実的だ。
その証拠に、俺の言葉を聞いたティルマンは黙ってしまった。うん、分かるよ。その気持ち。
「まあ、それは置いといて。俺が誘拐されたりするのを恐れているんじゃなくて、政略的に他国へ流出――なんてならないように、とにかく誰かと結婚させておきたいって奴だろ?」
できれば国外に流出させたくない王族と。
「そ、そこまでお分かりなら……っ」
「でもさ、俺、おっさんよ? 自分で言うのもなんだけどさぁー……将来有望な王子様と婚約させるのってどうなの? そりゃ、そっちの王子様も聖女様だから、彼が国外に行くのを防ぎたいってのは分かる。すごく分かる。けど、同性だぞ?」
言葉数が多くなってしまった。別に、同性愛に抵抗があるわけではない。だが、男性聖女同士を結婚させるよりも普通に貴族と結婚させる方が政略的に
強大な敵がいたことで一致団結していたが、今後はそうはいかない。だからこそ、王族の使いどころを考えた方が良い。と、思ってしまうのは俺の考えすぎなのだろうか。
「と、とにかく……聖女アエトスとお会いください!」
「はいはい」
そもそも、約束を破るのは好きじゃない。会うと言ってしまったからには、ちゃんと会わないとな。
ようやく重い腰を上げた俺を見て、ティルマンが表情を明るくさせた。本当に表情が豊かだこと。
この年若い補佐役、いつまで俺に振り回されてくれることやら。なんて年寄りみたいなことを考えながら、俺は自称婚約者候補殿に会うべく早歩きで移動するのだった。
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