あの橋の上で
ちま乃ちま
あの橋の上で
私には好きな場所があった。
受験生のときにSNSでそこを見つけ、毎日見たくて県外の高校を受験し、寮生活をする生活を選択したほどだ。
そして私はそこで作業をするのも好きだ。なんとなくほかの場所で作業するよりも集中できる気がする。
今年は毎日勉強をしないといけないからそんな私にピッタリの場所でもあった。
そんな私の『一番好きな場所』というのは川が綺麗に見えて、風が心地よく吹く少し古い橋の上だ。
何度か川が増水して橋が流されたという歴史があるらしいが、私が知っている限りはそんな事は起きておらず、とてものどかで平和な場所だった。
でもそこを見ることができるのはあと1年くらいしかないと思うとかなり悲しい。
なので私は今日もそこに来ていた。
橋の上に座って少し待つと、陽が落ちてきて川の色が透き通った青色から少しずつオレンジがかった色に変わってきた。この青とオレンジのコントラストが私は一番好きだ。
「綺麗だな……」
今日の一枚をパシャリと撮ってスマホに収める。
そして私は鞄から数学のワークを取り出して勉強を始めた。
水の流れる音、風が木々を揺らす音、鳥のさえずりなんかも聞こえてくる。やっぱりここが一番落ち着くな。
◇
「……はっ」
誰かに肩を叩かれて私の意識はこちら側に戻された。途中から眠っていたようだ。
「先輩またここにいたんですか? そろそろ寮の門限ですよ」
「もうそんな時間?」
一つ年下の後輩である
たしかに周りがかなり暗くなっている。真宮くんの持っている懐中電灯がかなり眩しい。
「もうみんなご飯食べ終わってます」
「そっか。ならそろそろ帰らないとだね」
急いで荷物を鞄に仕舞って真宮くんに話しかけた。
「行こっか」
歩き始めて少し時間が経った。すると突然真宮くんがこんな提案をしてきた。
「そうだ先輩、SNSとかやってみたらどうですか?」
「いや、私SNSは見るだけ派だから……」
「先輩写真撮るの上手いから、その写真を沢山の人に見てほしいなって」
SNSか。発信したことは一度もないな。
「うーん、いい感じのアカウント名を真宮くんが考えてくれるならやるかもね」
「わかりました! 先輩に気に入ってもらえるようにがんばって考えます!」
◇
次の日、土曜日だったので私は真宮くんを誘っていつもの橋に行くことにした。
「用意できた?」
「はい! すぐにでも行けます!」
「じゃあ行こっか」
私たちは寮を出て川に向かった。
川に向かっている間、真宮くんと色々話をしていたらあっという間に川にたどり着いた。
私たちは橋の中心まで行って、そこに座った。そして私は鞄から英単語帳を取り出して適当にページを開き、勉強を始めた。
「そういえばSNSのアカウント名は考えたの?」
私は思い出したように真宮くんの方を見て聞いてみた。
「えっと……」
天野くんは黙ってしまった。私から視線を外して少し下を向いた。
「……ちょっと待っててください」
真宮くんは鞄からノートとシャーペンを取り出し、何かをを考え始めた。おそらくSNSのアカウント名についてだろう。
アカウント名は真宮くんに任せて、私はさっきまでやっていた英単語帳の続きを見始めた。
◇
「んーっ!」
しばらく勉強したら少し疲れたのでSNSを見ることにした。アプリを開いてしばらくSNSを見ていると、『もうすぐ写真コンテストの締め切り』というような内容の投稿が流れてきた。
「ねえ、真宮くん……」
「……」
真宮くんはアカウント名を考えるのに集中しているいるようだったので、私は声をかけることを止めた。
こんなコンテストがあるんだ。
私はこの投稿が気になり、勉強はそっちのけで詳しく見てしまった。
この写真コンテストはSNSにハッシュタグをつけて投稿したら応募したことになるらしい。締め切りまであと2週間を切っているが、私はこのコンテストに応募してみたくなった。
私は立ち上がって橋から離れた。そして集中している真宮くんが映るような構図で一枚、写真を撮った。
パシャリ。
「せんぱーい! アカウント名決めましたよー!」
写真を撮り終えると、真宮くんが大声で私を呼んでこちらに走ってきた。
「こんなのどうですか?」
真宮くんがノートを見せてきた。そこには『con_nect.bridge』と書かれていた。
「先輩と出会ったのがこの橋だったので『橋で繋がる』みたいなのをイメージしたんですけど……。どうですか?」
「いいじゃん。センスあるね」
「ありがとうございます! 先輩に褒めてもらえてうれしいなあ」
真宮くんがなぜかとてもニコニコしてこちらを見ていた。
「じゃあそろそろ帰る?」
「はい!」
◇
寮に戻り、私は写真コンテストのことを真宮くんに話してみることにした。
「いいんじゃないですか? それをきっかけにSNS始めましょうよ!」
真宮くんはあっさり承諾してくれた。
「じゃあそのコンテストで大賞を取ったら俺と付き合ってください!」
真面目な顔をして私に言ってきた。
「えっ、何急に。告白的なやつ?」
こういうのは「自分が大賞を取ったら〜」みたいに言うものではないのだろうか。
「……冗談です」
私と真宮くんの間には少し気まずい雰囲気が流れた。
それから少し時間が経つと、雨音が聞こえてきた。
「ちょっとみんな! 外が凄いことになってるよ!」
寮長さんが呼びに来た。
窓から外を見てみると、今までに見たことないほどの強い雨が降っていた。
「すごいですね……」
真宮くんが声をかけてきた。しかし私はそれどころではなかった。
「うん。あの橋大丈夫かな……?」
◇
5日後の放課後、私はすぐに橋を見に行った。
本当はすぐにでも見に行きたかったのだが、真宮くんに「危ない」と言われたので行けなかった。
「……」
川はいつも通りだった。
しかし、前まで見ていた景色ではなくなっていた。
私の好きなあの橋がどこにも見当たらなかったのだ。
私は泣きそうになるのをこらえてすぐに寮に帰り、真宮くんに橋のことを話した。
「あの橋好きなのになくなっちゃった。どうしよう……」
真宮くんを見て安心してしまったのか、目から涙が溢れてきた。
「……俺が作ります! なので先輩は待っててください!」
「いいの?」
「はい! 先輩のために頑張ります!」
真宮くんが急いで寮から出ていった。
その背中が初めて男らしく見えた。
◇
一週間後、真宮くんに連れられて川に来た。
本当は私も手伝いたかったのだが、真宮くんが「先輩は来ないでください」なんて言うから真宮くんがいる間は来たくても来れなかった。
「先輩、ごめんなさい……」
真宮くんが謝ってきた。
「先輩のために橋を直したかったんですけど、俺にはこれしか作れなかったです」
そう言って近くにあるベンチに案内してくれた。
「ううん。真宮くんの気持ちが嬉しい」
「先輩……」
私は知っている。毎日ここに来て一生懸命このベンチを作っていたことを。
「写真、撮ってもいい?」
私は真宮くんに聞いた。このベンチの写真をコンテストに出したかったからだ。
「いいですよ。先輩のために作ったんですから」
私はスマホを取り出してカメラアプリを開いた。そして真宮くんに作ってもらったベンチと向き合った。元々橋があったところも写すようにベンチを撮るつもりだ。
ここだと思ったところで私はシャッターボタンを押した。
「撮れた」
真宮くんが私のスマホを覗いてきた。
「この写真をコンテストに出してもいい?」
「はい! 絶対に大賞取ってくださいね!」
私達はベンチに座り、真宮くんに作ってもらったアカウントで、写真にコンテスト用のハッシュタグをつけ、その場でコンテストに応募した。
◇
12月になった。今日はコンテストの発表の日だ。休日だったので今日も2人で朝から川に来てベンチに座っていた。
「結果出ました? どうですか?」
「待って、今から見るから……」
私は結果を見る。
「……」
「……来年に期待しましょう!」
察してくれた真宮くんに感謝だ。
「でも先輩! 下の方を見てくださいよ!」
「うそ……」
コンテストに応募した写真に沢山のいいねやコメントがついていた。
最近は勉強に集中していたから気付かなかったけれど、投稿したときには考えられないくらいの量のいいねがついていた。
「……すごい!」
「こんなに沢山のいいねがついてる投稿見たことないですよ!」
「ねっ」
もう一つコンテストに出したものとは別に撮って載せていた、真宮くんとベンチが写っている写真にもいいねが沢山ついていた。コンテストに出したものよりもこっちの方がいいねの数が多い。真宮くんはかっこいいから理由はわかる。
「なんだか懐かしいね」
「そうですね」
そこから私たちはしばらく思い出話に花を咲かせていた。真宮くんが初めて寮に来たときのことや、私がここに来ようと思った理由など、いろいろなことを話した。
「真宮くんは最初から私のこと好きだったよね」
「えー、そんなこと無いですよ! でも先輩には俺だけのものになって欲しいです」
返事が出ない。改めてこんなことを言われるとなんと返せばいいのか分からなくなる。
「毎日勉強している先輩を尊敬しています」
空気を読み取ったのか、真宮くんが話を変えた。
「ありがとう。私も毎日呼びに来てくれる真宮くんに感謝してる」
「だって先輩、一回勉強し始めたらスマホにメール送っても気が付かないじゃないですか」
真宮くんには私のことはすべて見通されてるな。
「先輩、改めて言います」
「何?」
「俺と付き合ってください!」
どうしようかな……。
「やだ」
真宮くんは落ち込んでしまった。でも、告白を必ずしないといけないのなら先輩だし、私からがいいな。
「ねえ真宮くん」
「どうしたんですか?」
「受験が終わったらさ、私と付き合ってよ」
◇
私が高校を卒業してしばらく経った。私は久しぶりにあの橋へと来ていた。
「先輩、最近このベンチに座って告白したら成功するっていうジンクスが流行っているんですよ」
「まあ、事実だもんね。結希《ゆうき》くん」
「はい!
あの橋の上で ちま乃ちま @chima_ma_
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