電池男

加賀倉 創作【書く精】

第一話『四七〇万キロワットのビリビリ男』

 ある日、大鐘大介おおがねだいすけ社長は、その頬の大きな黒子ほくろをいじりながら、考え事をしていた。


「うーん、定格能力一〇〇万キロワットの原発が十基、つまりもう八基あれば、この国が一年間に必要とする電力をちょうどまかなえる。しかし、これ以上原発を建てると、各方面からの反対の声が上がるからなぁ。最近流行りの太陽光、風力、水力、地熱、太陽熱、バイオマスやらの再生利用可能エネルギーは、うまく利権獲得できれば儲かるらしいが、その類はそもそもの発電量の少なさ、発電効率の低さからして、我が襤褸物怪ぼろもっけ電力の目には、あまり魅力的に映らない。どうしたものか……」

 彼の歩いている、だだっ広い殺風景な土地には、ウエストのくびれた巨大な円筒構造が二つ、陶芸の電動ろくろの上を回転する粘土のごとくそびえ立っている。ここは、大鐘大介が社長を務める電力会社襤褸物怪ぼろもっけ電力が運営する、猛火利増根もうかりますね原子力発電所だ。この原発は二基の軽水炉、『富洋ふよう』と『陽子ひす』からなり、両基はともに、定格能力一〇〇万キロワットを誇る。


【ここで補足説明:『発電所の定格能力』と『電力使用量』について】

・例えば、定格能力(一時間で生み出せる最大の電力)が百万キロワットの原子力発電を、一年間(八六七〇時間)フルに連続運転した場合の年間発電電力量(キロワットアワー=kWh)は、八七億六〇〇〇万キロワットアワーで、年間設備利用率(一年間で発電所がどれくらい稼働していたかを、出力の大小も加味して算出した利用率)は百パーセントとなります。しかし、メンテナンスや出力調整により、百パーセントになることはまずありません。例えば、福島第一原子力発電所(定格能力:四七〇万キロワット)は、設備利用率八十五パーセントで運用すれば年間発電電力量が三五〇億キロワットアワーとなります。もっと現実的な数値を言えば、日本の原発全体の平均値で、六十から七十パーセントの設備利用率が一般的でした(※東日本大震災前のデータです)。

・日本の年間消費電力量は、約八千億キロワットアワー(※二〇二三年)。

・世界全体の年間電力使用量は、二六・七兆キロワットアワー(※二〇二〇年)。

【補足説明、終わり】


 すると突然そこに……


 空から、光り輝くカプセルのようなものが降ってきた!!


「うおお!! な、ななななんだあ!?!?」

 大鐘大介社長は、虫のようにちょこまかと慌てふためく。


\\\ちゅどーーーん!!!///


 幸いカプセルは、猛火利増根もうかりますね原発敷地内の、何もない地面に突っ込んだ。

 大鐘大介社長は、恐る恐る、地にめり込んだカプセルに近づく。


\\ビリビリッ!!//

 と、カプセルは、謎のエネルギーを纏わせビリビリとしている。


 大鐘大介社長はカプセルとさらに距離を詰め、興味半分、心配半分で、触れようとする。

 すると、カプセルは昔話の大きな桃みたく、パカっと割れ、中から何かが出てきた!!


「俺に触れると、ヤケドするぜ?」


 低い声、

 筋肉質、

 全身に纏うビリビリとしたエネルギーが特徴的な、

 全裸の成人男性。


「何だよその、コテコテの漫画のキャラクターみたいな台詞! まぁ、それはいいとしてだな、手ぐらい貸すぜ、ほらよ」

 大鐘大介社長は、そのビリビリ男に手を差し伸べる。


 手と手が繋がると……


\\\ビリビリビリィッ!!!///


 稲妻のようなものが走った。


「いっでぇ!!!」

 ひどく痛がる大鐘大介社長。

 髪の毛は爆発し、チリチリのアフロのようになってしまった。


「ははは。だから触れるなと言っただろう? 今のは俺の防衛反応だ」

 男は、不器用な愛想笑いとともに、そう言った。


「そんな大火傷するとは思わなかったんだ! ていうか今の、防衛反応と言ったな、とてつもないエネルギーだった気がするが……」そこで、大鐘大介社長は閃く。「こいつはもしかして、発電に利用できるのでは!?」

「はつ、でん……? なんだそれ? 食べられるのか?」

 ビリビリ男は、あまり言葉を知らないようす。

「いや、それ自体は食べられないが……まぁ、うまくいけば食いっぱぐれのない商売かもな! ってことで、お前の体を調べさせろ!」

「何だ、俺の体調を診てくれるのか? 健康診断や、人間ドックみたいに? 優しいな、お前」

 ビリビリ男は、大鐘大介社長に都合の良い勘違いをしてくれている。

「そ、そうだとも! 俺は優しい。いくらでも、調べてやるよ!」

「それはありがたい! 実は、親父が検査の類を酷く嫌っていてな、申し込み用紙をいつも俺の分まで捨てるものだから、長いこと受けられていないんだ。恩に着る」

「そういえばお前、名前は?」

「名前? そう言えば、無いな。俺の住むビリビリ星では名前なんてものをつける習慣が無い」

「ほぉ、ビリビリ星? 聞いたこともねぇが、名前が無いなんて今時じゃあ珍しい。なら俺が名付け親になってやろう。お前は……ビリビリ星のビリビリ男、『ビリー』だ! だが、どうせなら名字も欲しいな……そうだ、『ビリー・ビリルビン』でどうだ?」

「ビリー・ビリルビンか……いいだろう、気に入った。体の検査のみならず、命名までしてくれるだなんて、お前、本当に優しいな!!」

 ビリーはそう言って、大鐘大介社長に近寄り抱擁を求める。

「ちょっ! 近寄るな危ねぇって!」

 大鐘大介社長は咄嗟に飛び退く。

「あはは! さっき自分で、『触れたら火傷するぞ』なんて言っていたのになあ! これは失礼した」

「お、おう。じゃあ、早速行こうか。実験室……じゃなくて、検査室は、あっちだ!」

 大鐘大介社長は、ビリビリ男『ビリー』を実験室へと連れて行った。





 実験室。

 大鐘大介社長の視線の先、強化ガラスを隔てて向こう側には、ベッド型のエネルギー測定装置に横たえられている裸のビリー。ベッド周りには、天井からの何本ものロボットアームが千手観音の腕のように大渋滞しており、今に手術でも始まりそうな感じだ。


「えーっ!!?? なんだって!? ビリーお前、定格能力が……原発並み!?」

 目を飛び出しそうになりながら驚愕する、大鐘大介社長。


〈定格能力:四七〇万キロワット以上〉

 測定器のディスプレイには、そう表示されている。


「こいつの発電能力はすごいぞ!! バッテリー男? いや電池男とでも言うべきか? 襤褸物怪ぼろもっけ電力が原発開発で当初目標にしていた、定格能力四七〇万キロワットだと!? それに、今ちょっと脇をアームでこしょこしょしただけだったが……もっと刺激を与えたら、どうなるんだ?」

 ビリーの体に興味津々な大鐘大介社長は、ロボットアームの操作ボタンを押す。

 アームの先から注射針のようなものが出てきて、ビリーの体をチクッと刺した。


「いッ!」

 と言うビリーの痛がる声と同時に……


\\\\ビリビリドカバコーン!!!!////

 

 ビリーの体から爆発的な白い閃光が放たれ、エネルギー測定装置とロボットアームは、真っ黒に焼け焦げ、木っ端微塵なってしまった。

 ビリーは起き上がって、大鐘大介社長の方に近寄り、

「おーい! 俺の体の方はちっとも問題ないが、これ以上設備を壊しても申し訳ないから、そろそろやめにしないか?」

 と、提案するのだが、ビリーの声は、ガラス越しでやや聞き取りにくいのもあって、

「これはすごいこれはすごいこーれーはーすごいぞー!!!!」

 興奮した大鐘大介社長には、聞こえていない。

 彼はさらに独り言をヒートアップさせ、

「この電池男『ビリー』は、世界全体で必要なエネルギーを賄えるくらいの……いや、もっとかもしれない! どれくらいになるんだ? 気になるな…………そうだ、こんな時はあのお方を呼ぼう。『絶対テメーのせい理論』を唱え、質量とエネルギーは相互転換できる、と証明した天才物理学者、亜鈴状一石あれいじょうかずいし博士、のを!」

 と、結論づけた。


 そしてこれはほんの些細なことではあるが、不思議なことに、実験室の強化ガラスに全反射した大鐘大介社長の顔からは、頬の黒子ほくろが消えていた。


〈第二話『反感覚的現象』に続く〉

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