よくあるやりとり

あめのちあめ

営業マンとベテラン整備士

「いくら良い機械でも、その性能をオペレーターが引き出さないと意味がないんだよ」

油と泥で汚れたスパナを丁寧にウエスで拭きながら無感情を言葉に乗せているメカニック。二人きりの整備工場には入院患者が大枠だけ残してバラバラになっている。

アンタと付き合いが長いから分かるよ。こりゃあかなりお怒りですね。そもそも普段ならこんなこと言わねぇもんなぁ、といい感じの返事を探しながら場を繋ぐために適当な言葉を吐いておく。

「なーんか機械いじりは好きそうな感じしますけどねぇ」

下手くそな溶接でフレームに無理矢理つけられた二流品、いや三流以下の輸入品アタッチメントを撫でながら営業スマイルで答える。こういう時は相手と同じノリじゃだめ。貼り付けた感情の表面と表面がうまく沿うようなやわらかくて曖昧な営業スマイルが最適解。やや話題をそらすのもあえてやってる。

「ここ見てみろ、亀裂入ってる」

不機嫌を隠すのをやめたメカニックはフレームの中央を指さしてため息をついている。指の先をじっくりと観察するとフレームの塗装が剥がれて雷のようなサビが浮いていた。

「やばいっすねぇ、いっちゃってますね」

「ケツの作業機ですら積載ギリギリなのに、さらに前にこんな重いモンつけてよぉ、そんで移動は砂利道でトップギア」

「生き急ぎすぎじゃないすか」

ンフフと鼻から息を漏らしながら、メカニックを見つつ胸ポケットを探る。

「お前さんと話してたら気が抜けちまった、俺も一服するか」

メカニックはよっこらしょと膝に手を当てながらゆっくりと立ち上がって背中を伸ばしている。

「根詰めて生き急ぐの、一番体に良くないっすよ」

タバコを咥えながら俺は営業抜きのスマイルをサービスした。


工場外の灰皿代わりのオイル缶を二人で囲みながら、目を細めて口の片方だけ歪ませながら、メカニック様へ一つ提案をした。

「実は来月発表される新型、あれの後継機なんで“機械がお好きな”お客様に合うと思うんですよねぇ、一回りガタイはデカくなりますけど、作業機の規格も合うし」

「なんか悪い顔してるなと思ったら、オメーもちゃんと仕事すんじゃねぇか」

カハハと乾いた声と煙を空いっぱいに吐いて、メカニック様も愉快そうに悪い顔をしていた。

「下取りキャンペーンもつくんで、トドメ刺しちゃいましょ、俺も一緒に口説きますから」

「そうすっか」

ちょうどタバコ一本分の商談、彼のガス抜きになっただろうか。人間以外なんでも売る仕事、ノルマさえなけりゃこれが天職なのになぁと火種を消してから念押しをする。

「カタログが出来たら真っ先にお持ちしますのでご検討よろしくお願いします」

新卒のときにマナー講師に教わったお辞儀、手は両サイドのポケットへ角度は深すぎず浅すぎず。

「分かったよ」

笑顔の彼は何故か敬礼を返してくれた。

「んじゃ、また」

「おー」

毎日、毎月、毎年末、棒グラフで勝ち負けを決められる仕事、面白いと思えるのはいい人間もわるい人間も価値があるって知れるところ。面白いが良くも悪くもねぇ、足し引きややマイナスくらいでいられるから、やっぱり天職なんだろうなと自嘲した。

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