第7話 彼女に俺はどう見えているのか

 高校時代に俺は中村さんを、鈴木さんは加藤を好きでいて、卒業してから俺達は付き合った。

 大学二年生の五月。立川駅から北に延びる多摩都市モノレールの下。今でこそ様々な店や立ち並ぶが当時はベンチが等間隔にあるだけの、だからこそムードがあり告白をするには打ってつけの場所だった。


「好きです。付き合ってください」


 何と言って呼び出したのかは覚えていない。

 理由をつけて二人で遊ぶことはあったから適当に居酒屋に行って、ちょっと話そうとかそんなところだろう。


「えっ!? 冗談でしょ? だって佐藤くんって彩のこと好きなんじゃないの? それに大学でも楽しそうにしてるし誰かいるんじゃないの?」


 男友達としてのポジションを確立していたからこそ、二人で遊ぶことは出来ていたが、それゆえにすんなりと受け入れてもらうことはなかったのを覚えている。

 中村さんに散々振られていた俺は告白は三回までして一セットだと考えていたので、この時は宣戦布告のようなつもりだったはずだ。

 友達ではなく彼氏になりたい、と。

 何で急に、そんなこと言われてもと慌てふためく様子を見て、満更でもなさそうだと思った気がする。

 結果的にその一回だけの告白で付き合うことが出来たのだから、鈴木さんも俺のことを想ってはいてくれたのだろう。


「男友達の中では『お気に入り』という感じだった。でも、まさか告白されるとは思ってなかったから本当に驚いたよ」


 人によっては一度友達認定をしてしまうと恋愛対象にならないらしい。

 俺みたいに友達として親しくなっていくうちに好意に変わってしまうタイプは相入れない。

 どうしたって相手にされないこともある。

 そう、中村さんがまさに友達は友達と切り分けて考えるタイプだった。

 どちらが正しいというものではないのだろうが、当時の俺には差別的に感じられる。

 肌の色や信仰の違い、出生地や年齢と同じように『友達』かどうかなんて後から変えられるものではない。

 まぁ、大人になった今だから体のいい断り方だと思えるが、高校生にそんなお行儀の良さはいらない。

 中村さんの話は良いとして、鈴木さんはありがたいことに友達から恋人になることに抵抗のない人だった。


「付き合ってすぐの時はびっくりしたなぁ。佐藤くん、すごく優しいんだもん。高校生の時なんか『ちょっと怖いなぁ』ぐらいに思ってたから」


「俺が怖いわけないじゃん。いつもヘラヘラしてたでしょ?」


「男子同士でいる時はそうでもないんだけど、コバといる時はちょっと怖かったよ。圧があるというか二人とも斜に構えてたからね。私みたいな面白みのない人間からすると『あ、つまらない奴だと思われてる』って感じてビビってた」


「俺めっちゃ嫌なやつじゃん! でも言い訳させてもらうと小林のせいだからな。男同士でいる時は普通なんだったら、あいつがいけない!」


 佐藤くんのせいでコバがあんな感じになったんじゃないの、と非難するように揶揄ってきた。

 鈴木さんは自分に非がないと分かればマウントを取りがちだし、すぐに煽ってくる。

 臆病で人見知りをし、人にお願いができずコンビニでホットスナックを注文したことがないような人だからこそ、心を開いている証だと感じてしまい、煽られてもつい微笑んでしまう。

 彼女はそれが気に食わないらしく、悔しがってあげると得意げになった。


「結婚してからもふと思うよ。『あれ、本当に佐藤くんかな?』って」


 その時のことは覚えている。

 しかし、覚えているのはそれを言う彼女の顔ではなく、自分がドキリとした心の揺れだ。

 バレているのかと思った。試されているように感じた。


「……まぁ、友達の期間も長かったし。俺もガチ愛と鈴木さんが同一人物だったってわからなくなることがあるよ」


 ガチ愛って懐かしい、会社で呼ばれないからなぁと昔のあだ名を呼ばれて古い友人に出会ったかのように彼女は笑う。


 君はガチ愛さんを知っているのか?

 今日初めて会う顔が俺の高校時代の友人の思い出を語っていることの違和感。

 高校二年の文化祭でホットサンドを売り出したこと。不思議の国のアリスをテーマにUNIQLOでポロシャツを買ってトランプのマークを形どったフェルトをつけていったこと。普段話さない男子とも話す機会ができ、たどたどしく『ガチ愛さん』と呼ばれ、何もガチじゃ無さそうだと笑っていたらしい。


 見覚えのない人が俺の思い出にいたかのように話す。

 当の本人なのだからおかしなことを言っているのは俺であることは理解していた。

 ただ、目の前で思い出し笑いをしている妻を見て、どうしても顔が引き攣ってしまう。

 君は俺の思い出を、俺の友人の何を知っているんだ、と心がささくれ立つ瞬間がある。


「そういえば、佐藤くんってあの頃は縮毛矯正してたね」


 天然パーマがコンプレックスだった高校生だった俺は、高校一年の途中から定期的に縮毛矯正をかけていた。今でこそパーマをかける人が多いが、当時は女子も如何にストレートにするかに気合いを入れている人が多かったな。


「今じゃ考えられないね。私も佐藤くんも老けたなぁ」


 三十代前半となれば、さすがに若者であると主張する気にはならないが、老けてきたと自虐するのは若者ぶっていませんよ、と誰かに言い訳をしているだけで本心では思っていない。

 だけど、肌艶が良かった高校、大学を共にした鈴木さんだからこそ、俺の老化には目ざといのだろう。

 覗き込み、おじさんになったねと小馬鹿にする彼女に合わせるよう笑った。

 若い頃を知らない、今日だけしか知らない顔は比べる過去がない分、若くハリがあるように感じる。

 見慣れない顔の女性に無警戒に覗きこまれれば、性欲が湧き立ち、彼女に手を伸ばす。

 何だかエロい顔という日がある。今日がそれだ。

 ただ、それがきっかけでセックスをする度に思う。

 俺は誰を抱いていたのだろうと。

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