第6話 鈴木さんの元彼

 鈴木さんは高校時代に二人と付き合っていた。

 一人目は一年五組の時のクラスメイト。

 俺も当然知っているが話したことはない。

 確かテニス部だったと思うがそれぐらい曖昧な記憶しかなく、それほど接点のない同級生だ。

 当時のことを鈴木さんに聞いたことがある。


「高校生の私はあまり人が知らないバンドの曲をiPadに入れてドヤ顔してたから。確か音楽の趣味があって焼いてあげたCDを貸してあげたのがキッカケだと思う。中学時代は男子と喋ってると男好きだの言われてイジメの標的にされるから男友達が出来ることが嬉しくて、そのまま自然と付き合ったような気がする」


 CDを焼いてあげる、という話を聞いて今の若者にはない接点の作り方だなと二人で自嘲した。

 古ぼけた自分達の青春を笑っているが、俺自身も鈴木さんからCDを借りたりして親しくなっている。人のことを笑えるような立場ではない。

 鈴木さんに教えてもらったTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTにハマり、ギターのアベフトシを追悼する映画を一緒に見て、さめざめと泣く鈴木さんを見て告白を決意した俺の方が重症だ。

 ましてや、猫にミッシェルと名付けてるあたり人に指をさされて笑われても言い訳ができない。


「でもデートもしてない気がする。ちょっとメールしたり、放課後に一緒に帰ったことあったかな……。一年の夏休み前に告白されて付き合ったけど、二学期の体育祭の時には別れてたと思うんだよねぇ。それぐらい記憶にない」


 他の人がどうかは知らないが、男として付き合っていたことにされていない、カウントされていないことほど屈辱的なことはない。

 俺が中村さんと付き合っていた期間が二ヶ月しかないからこそ、そう感じてしまうのだろうけど、あれって付き合った内に入るのかな? とアルバムに入れてもらえないのは残酷すぎる。

 鈴木さんはしっかりその彼を一人目としてカウントしているし、場合によっては惨めなのは俺だけかもしれないのだが。


 問題は二人目だ。

 高校時代の鈴木さんがガッツリと恋焦がれ、理不尽に振られ、しっかりと引き摺っていた加藤拓也の話をしなければならない。

 俺は加藤と三年間同じクラスになることがなかった。部活も同じではない。しかし、いつからか友達になっており、一緒にマックでテスト勉強もしたし、何度も二人で下校していたし、卒業してから銭湯に行ったことまである。

 友達の友達というスタートから、いつの日からか二人で遊べるちゃんとした友達になれるあたり、高校生は人との出会いに恵まれていると痛感した。社会人になってからそんな友達のでき方は想像ができない。

 とにもかくにも、加藤とは仲が良かった。

 そして、高校二年生の一学期にはよく彼に相談されていたのを思い出す。


「ガチ愛さんまじで可愛いなぁ。いいなぁ、佐藤は同じクラスで」


 ガチ愛とは鈴木さんの高校時代のあだ名である。

 鈴木姓の生徒が学年に複数名おり、愛という名前の生徒も四人ぐらいいたらしい。

 差別化を図るためにどこかの誰かが、すずきあいという名前をすず気合いと切り取り、気合いをガチと読み、それが面白かったらしくガチ愛と呼ばれることで鈴木さんは鈴木群と愛群からの脱却を果たす。

 あだ名の付け方が高校生らしいな、と今でこそ下らなく感じてしまうが、佐藤翔太という変わり映えのない名前のおかげであだ名らしいあだ名をつけてもらった経験のない俺は当時かなり羨ましいと思っていた。

 俺自身も付き合うまではガチ愛と呼んでいたし。


「佐藤、俺ガチ愛さんと付き合ったわ!」


「マジか!? やったな! え、結婚したら加藤愛じゃん!」


「それ、悪いけどとっくに考えてるから」


 きもいなーと笑い合って加藤の奮闘を祝福してコンビニでアイスを奢ったのを覚えている。

 結果、彼女は佐藤愛になったのだが。

 そして、俺は鈴木さんと付き合ったことも結婚したことも加藤に祝福されていない。

 なぜなら、加藤は鈴木さんを理不尽に振ったから。

 恐らく、高校二年生の三学期あたりで鈴木さんは振られている。

 彼女はちゃんとした理由を告げられていない。


「俺さ、吉田嫌いなんだよね。結構ガチで。でさ、愛とそんな話したんだけど『そうなんだ。私は普通かな』って言われて。なんかすげー冷めた」


 吉田とは俺と鈴木さんのクラスにいた男子生徒だ。正直なところ俺もあまり好きではない。

 曙高校では珍しい少し悪ぶった服装と言動が浮いていて、あまりノリが合う男子がおらず女子と話していることが多いやつだった。

 それも反感を買う要因だったのだろう。表立ったイジメやハブリではなかったが、明らかに馴染めてはいなかった。

 かくいう俺も中村さん絡みで吉田にネガティブなエピソードを持っているので加藤のことを糾弾できるほど聖人ではない。

 とは言え、鈴木さんからすれば理不尽極まりない振られ方には違いない。

 おそらく未だに理由を知らないだろう。

 何度も言う機会はあったが、何故か俺は伝えられずにいるし教えなくていいとも思っている。

 付き合いたての頃は彼女自身に非がないことを知り、加藤に再度好意を抱くことがないか心配をしていたのかもしれない。

 でも今は違う。

 こんなにも丁寧に当時を思い返してみたからこそ思う。

 ガチ愛さんと鈴木さんが同一人物であることを俺の頭が理解出来ていないのだ。

 その証拠に加藤はよく俺に言っていた。


「愛の泣きボクロってまじでいいんだよね。エロい!」


 俺は鈴木さんの顔に泣きボクロを見たことがない。

 俺は鈴木さんの本当の顔を見たことがないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る