異様に距離が近い美少女が俺を獲りにきてる。
流水氏
第1話:斉賀夏輝と未羽冬華
物語は、書き
図書館にて、
斉賀夏輝、高校一年生。中肉中背、文芸部所属、趣味と言えるものは特になし、友達少数、陰キャ。成績だけはそれなりにいいが、目立った特技や能力はなし。
「あら斉賀くん、随分と難しい顔をしているわね」
後方から、斉賀に声をかける少女が一人。
彼女は未羽冬華。スタイルと顔面が天恵、流れるような銀髪、流麗な仕草。なお性格はツンツン。いつの間にか夏輝に絡んでくるようになった。それも頻りに。
「未羽か......今日も俺の邪魔をしにきて、暇なやつだな」
「邪魔でも暇でもないわよ、失礼な。
「連日唸ってても作業が終わらないのが、お前の邪魔のせいだって言ってるんだけど」
「そんなこと言って、あなたが小説を書いてるところ今まで一度も見たことないわよ。で、今日は何の動画を見ているのかしら」
「おいっ、スマホ返せ!」
冬華は油断していた夏輝の手からスマホをひったくり、YouTubeを開いた。迷わず再生履歴を確認しようとする。
夏輝としても自分のプライベートがのぞかれているようでいい気はしないため、スマホを取り返そうとする。しかし、童貞には勢い余って女性に触ってしまうことは避けたいため、遠慮なく行動に移すことができない。
夏輝の手を回避しようとしてふわりと舞った銀髪が、金木犀のような香りを残し、夏輝の眼前を泳ぐ。
「あら、今日は随分可愛い動画を見ていたのね。猫の飼い主があげているVLOGなんて......」
「......たまたま、自動再生機能で再生されただけだ」
嘘である。
最近夏輝のスマホを奪い、再生履歴をチェックすることが多い冬華のため、あらかじめ猫の動画を再生履歴に仕込んでおいたのである。
(ふっ、この前猫の話題に食いついたのをおぼえていたのさ! ほら、早くその澄ました表情をだらしなく歪めるがいい!)
夏輝は内心でほくそ笑む。ここまで偶然を装い、スマホを確認されるのを嫌がるふりをしながらも、その実冬華の表情を見逃すまいとしている。
「よいしょっと」
「......!?」
冬華は近くにあった椅子を、夏輝の椅子と密着する距離に置き、どかっと音を立てて座った。肩と肩が触れ合うどころではない、なんならビタ付けである。
「お前、いつものことだが近いって」
「あら、ロシアではこれくらい日常茶飯事なんだけど? それとも
「ち、ちがわい!!」
「そう? いつもやってることなんだし、そろそろ慣れてほしいのだけれども」
これまた嘘である。
冬華は確かに母親がロシア人であるが、ロシアに行ったのは物心つく前の一度しかない。そのため、ロシアではとか言っているのは、漫画などのメディア媒体から得た知識や彼女自身の偏見にすぎない。実際、何でもない表情をしているが、羞恥をかみ殺し、背筋のむず痒さを堪えている。正直猫の動画など目に入らない。
「慣れる慣れない以前に、そもそも何とも思ってないって言ってんだ」
夏輝も奥歯を噛み締め、何とも思ってない人間を演じる。
(はぁぁぁぁ!? 私が、これまで幾度となく告白されモテ街道を歩んできたこの私が! ここまでしているのに、なんともないですって!? こっちは恥ずかしいのを死ぬ気で我慢してるっていうのに!!)
今の心の叫びでご理解いただけたと思う。彼女はプライドが高いのだ。自分が思ったように物事が進まないと気に食わない。一般人に比べ、その性質が段違いに強い。
「ふ、ふーん。じゃあ、斉賀くんが見やすいようにひざをお借りするわ。斉賀くんが見やすいようにね」
「何で二回も言った......っておい!」
夏輝が静止する前に、冬華は臀部を夏輝の右膝に移した。椅子に比べて安定しないが、そんなことはどうでもいい。今は羞恥心を投げうってでも、夏輝に参りましたと言わせなければ気が済まない。
「こっちの方が、斉賀くんも見やすいでしょう?」
「見やすい見にくいの前に考えることがあんだろ!」
「そ、そうかしら? 私は別に何も感じないけれど」
「本当に何も感じないなら、俺はロシア人の人間性を疑うことになる」
「赤くなっちゃって、やっぱり照れてるんじゃない」
澄ました表情はいつの間にか消え去り、上気した頬と嗜虐的な口角に変わっている。
「猫の動画見ようと思ってたけど、もっと可愛い生き物がここにいたわ」
「おまっ、頬ぐりぐりすんな」
「図書室では」
突如聞こえる第三者の声。凛とした女性の声だ。互いに動きを止め、声の方に振り返る。図書館に入るときに、貸し出しカウンターにいた人物だ。そう考えると、おそらく図書委員だろう。
「お静かに」
推定図書委員の女子生徒は、唇の前に指を立ててそう言った。にこやかな表情だが、その裏には静かな威圧感を感じる。
「「す、すみません......」」
二人、特に冬華は耳の先まで真っ赤になり、俊敏な動きで若干の距離をとった。図書委員は満足したのか、笑みを一つ残し、元いたカウンターに帰っていく。その間、二人に少しの気まずい時間が流れる。夏輝は顔を覆い隠し、冬華は真っ赤なまま目をぐるぐるさせている。
「きょ、今日のところはこれくらいで勘弁しといてあげるわ」
「おまっ、誰のせいで注意されたと思ってるんだよ」
「あなたが過剰に反応するからでしょう? せいぜい小説の執筆に励むことね!」
「だから、誰のせいで進んでないと思ってんだ!」
つん、と身を翻し、冬華は図書室から出ていった。残された夏輝は机に赤い顔を突っ伏し、ため息をつく。
(あの性悪女! 俺が陰キャだからって
それはそうだ。
夏輝はくそったれと悪態をつき、心の中で冬華を睨めつけた。
一方冬華。
(やりすぎた〜!!!!)
夏輝から見えなくなったあたりで、床に膝と掌をつきうなだれていた。
「斉賀くんに節操ないって思われたかも......」
それはそうだ。
「ていうかあれだけくっついてるんだからわかってよ! さっさと告ってきなさいよ!!」
それはそう......ではない気もする。
普段の理性に満ちた美貌は崩れ去り、まるでギャグアニメのやられ役だ。痴女的な行動をとった責任を夏輝に押し付け、自分のせいではないと言い聞かせている。
......とまあ、第一話を読んで、話の概要と二人の関係は理解していただけただろうか。
これは、アプローチをかける女子と、それを揶揄かなにかと捉える少々拗らせた男子が抵抗する、恋愛物語(予定)である。
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