星を数える。今日もよく眠る。

夜野十字

私と星

 肌寒いなと感じる十月半ばの夜。家の明かりもほとんどついておらず、暗闇が周りに広がっている。そんな中で、私はいつものように家の屋根に寝そべり、星を一つ一つ数えていた。


 51、52、53……。


 満天とは言えないが、夜空にはそれなりに星が散らばっている。そんな中、私は夜空に浮かぶ星をすべて数え上げようとしていた。ちなみに屋根は傾斜がついていないので、安全面では問題はないはずである。まあそうだとしても、狂気じみているなって我ながら思っている。


 けれど、これは立派な私の生活の一部だった。


 言うなれば、寝る前に羊を数えるようなものだ。寝る時のちょっとしたおまじない。


 もっとも、星を数えなければ眠ることができない私にとっては、おまじないなんて生易しいものではなかったけれど。


 78、79、80……。


 よく宇宙についての図鑑を読んでいると、それぞれの星にも特徴があって、同じ星はないのだなって思わされる。


 だけど、地上から見ているだけでは、それぞれの星の違いなどわからない。せいぜい色がちょっと違うかなってくらいで、大きさやましてやつけられた名前なんて到底わからない。


 つまるところ、数える作業にそれ以上の面白みが訪れないのだ。


 136、137、138……。


 びゅうと吹いてきた夜風が体を撫で、鳥肌が広がる。流石にそろそろ戻ったほうがいいだろうか、と思いつつも、まだ眠くなっていないからと自分に言い聞かせて、私は星を数え続ける。


 眠れなくなったのは、いつからだっただろうか。


 そもそも私は昔から寝付きが良くなくて、小学校までは特に気にしてなかったのだけど、中学校に入ったくらいからどうにかしないとなって自覚して。いろいろな方法を試してみて……。


 結果、今のスタイルに行き着いたんだったかな。


 でもこの日課もそろそろ終わりかな……。


 169、170、171……。


 あまりにも変わりがない星空に、私はどうしても退屈を抱かざるにはいられない。眠るために星を数えているのに、余計に目が冴えてきてしまう。


 こんなことなら、やらないほうがマシだろう。


 178、179、180。


 私は区切りのいいところまで数えると、起き上がってぐっと伸びをする。急に起き上がったので、まだ少し動きがぎこちない。夜風は勢いが収まり、そよそよと私の髪の毛を揺らしている。


 一度視線を空に向け、大きく息を吸う。私はゆっくりと屋根から降りようとした。


 その時だった。


 ツゥと。


 暗闇ばかりだった星空に、光の線が現れた。


 ドラマチックにいくなら無数の流れ星が、となるところだが、あいにく見えたのは一筋だけだった。


 それでも私の心に響くのには、十分な光景だった。瞼の裏に、夜空にナイフを走らせたかのような流星が刻み込まれている。


 ……そういえば、願い事、しておけばよかったな。


 今更すぎることに失笑しながら、私は先程の光景を脳内でリプレイしていた。


 そのまましばらく呆然としていた私は、少し強く吹き付けてきた風で、はっと目が覚めた。何かが吹っ切れたような気持ちになった私は、屋根の縁に腰掛けたままもう一度空に目を向けた。


 さすがにまた流れ星が見えるようなことはなかったが、流れていない星なら無数に存在している。


 普段は代わり映えのしない夜空。けれど、ごくたまに一瞬の美が見られるのなら。


 まあ、もう少しだけ眺めてもいいだろう。


 私はポツポツと光る星に指先を向けると、また星を数え始めた。それまでに180も数えていたため、ひとまず今日は20だけ数えてみようと思ったのだった。


 適当に目についた星に、1と名付ける。


 2、3、4、5……。


 たまに瞬いている星があって、紛らわしいなぁって思いながらも数字を当てていく。


 14、15、16……。


 真っ赤な星と青白い星が並んでいると、その温度差に少し笑ってしまった。


 18、19、20。


 ああ、前言は撤回かな。


 私は心の中で夜空に向かって頭を下げながら、自分の考えを上書きした。


 夜空も星も、豊かじゃないか。と。


 夜がどんどん更けていく。かすかに眠気を感じた私は、今度こそ屋根から自室のベランダに降り立った。


 窓から中に入り、あたたかそうな布団の中に潜り込む。


 さて、今日はどれだけ良い眠りにつくことができるだろうか。目を閉じ、私は焼き付いた流れ星を観る。


 かつてないほど、心躍る夜だった。

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星を数える。今日もよく眠る。 夜野十字 @hoshikuzu_writer

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