第三話「魔法の力」
光の剣を持ったハーフマスクの少女は、敵を前に不敵に笑っている。
その佇まいと余裕は、まるでダンスでも誘っているかのようで。
「さぁ、楽しんでいこうか」
少女は僅かに屈んで大地を蹴った。
しなやかな動きと確かな脚力で兵士達との距離をすぐに詰める。
「早い、だが――」
最初に詰め寄った兵士に少女は剣を振り下ろす。
その身軽さから足の速さに一瞬驚くが、そこは訓練された兵士。
すぐさま振り下ろされる光の剣を防ごうと剣を構える。
腕の太さからして力勝負では少女の方が不利であるのは素人のあたしですら分かる。
けど、あたしの心配なんて杞憂に過ぎなかった。
「いぐぁッ!?」
光の剣は受け止めようとした兵士の剣ごと相手を切り伏せた。
両断された剣はあたしを閉じ込めていた牢と同様に断面に焼き焦げた跡がある。
ドス黒い血を出して倒れる兵士。
初めて目の当たりにした人が死ぬ瞬間に、あたしは気分が悪くなる。
容赦無く少女は次を相手取る。
防御が無駄と躱すことに徹している兵士も、いざ命の危機となればつい受け止めようとしてしまう剣、盾、槍、その全てを少女は武器ごと切り捨てる。
逃げ出したくてもあの伸びる光の剣を気にして背を向けられない。
人数の不利が、一人の少女によって完全に覆された。
これが魔女の力。
「すごい……」
まだ若いのに、訓練を積み経験もある兵士達を一蹴した少女にあたしは呼吸すら忘れて見ていた。
「これで一対一。形勢逆転だね。どうする? 諦めてもらえるかな?」
勝ち誇ったように笑うハーフマスクの少女。
残された総指揮の兵士にまだ諦めた様子はない。
「対等になっただけだ。たとえ一人になっても任務は続行する」
「対等? そちらの国では魔女一人に対して最低十人で相手をするのが常識のはずだ。加えて私の剣は防御不可。形勢逆転というより勝敗が決したと言ってもいい」
「防御不可……それはどうだろうな!」
兵士が動き出す。
剛腕で繰り出される剣戟を受けようと、少女が光の剣を前に出した。
互いの武器が触れた時、光の剣が相手の剣を焼き切るものだとあたしは思った。
だけど兵士の剣は火花を散らし、光の剣を弾いて少女は後ろに飛び引かせる。
「……魔封石を加工した武器か。量産体制は整っていないと聞いていたけど、やはり魔女を護送するなら一人くらいは持っているか」
「そういうことだ。となれば膂力はこちらが有利、技量に関しては先の戦いを見るにそれほど差はないと思える。警戒すべきは魔法だが、多数を相手にその剣以外使っていないところを見るに今は使えない。なら総合的に見て勝機は十分にある」
「冷静な分析、流石だね。ではこちらも真剣にやらせてもらう」
少女は真っ向から立ち向かう。
激しい打ち合いの中には、戦闘に関してど素人のあたしには到底理解できない駆け引きも同時に繰り広げられてるんだろう。
今まで余裕で敵を倒していた少女が攻めきれずにいるようで拮抗状態が続いていた。
「はぁ……はぁ……くそっ! ここまでやって息すら切らさないとは化け物め」
「化け物とは酷いな。これでも少々疲れている。だからもう終わらせよう」
肩で息をする兵士と疲れてる様子など一切ない少女。
どういう決着になるのか予想できないけど、もうすぐ終わる雰囲気は感じ取れた。
「それじゃあ行くよ!」
少女は大きく踏み込み、その光の剣を振り下ろす。
早く綺麗ない動きだけど、兵士もすかさず反応して受け止めようと剣を出した。
特殊な加工が施されてるらしい兵士の剣と、少女の光の剣が接触しようとしたその時、
「ぇ……ぐぅぶっ!?」
フッと光の剣が消えて、相手の剣よりも深い間合いに入った瞬間、もう一度光の剣が現れた。
相手からすれば、自分の剣がすり抜けたかのように思えたのだろう。
抜けた声を漏らしながら深く切り付けられた兵士は倒れた。
あれほどの打ち合いを果たした後の、意外とあっさりした決着。
今思えば、あの激しい打ち合いは光の剣が出し入れ可能という事実を意識から外す為だったのかもしれない。
「ふぅ……流石に魔力が限界だったな。まぁ何はともあれ――――お怪我はありませんか? お嬢さん」
いまだに座り込んだあたしに、助けてくれた彼女は手を差し伸べてくれた。
本当にたった一人で相手を片付けてしまった。
「えっと……助けてくれてありがとうございます」
差し出された手を取って立ったあたしはとりあえず礼を言った。
「タメ口で構わないさ。歳はそう変わらないだろうし。さて、色々聞きたいことはあるだろうけど、まずは自己紹介だ」
彼女はそのハーフマスクを取った。
王子様のような温和で凛々しい目つきをしつつも、お嬢様のような気品と雰囲気を漂わせているその素顔に、あたしは思わず見惚れてしまった。
「私の名はアリシア。ユリリア国より君を助けに来た」
「あ、あたしはサラ。改めて、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。じゃあそろそろ行こうか。積もる話は落ち着ける場所に行ってからしよう。馬は乗れるかい?」
「いや、世話したことはあるけど乗ったことない」
「なら私の前に乗せてあげよう」
汚れに汚れた見るに耐えない姿だけど、アリシアは嫌な顔一つせずに美しい純白の毛並みの馬に乗せてくれた。
あたしとアリシアを乗せた白馬は颯爽と駆け抜ける。
綺麗な身なりが汚れるのを気にせず、あたしが落ちないように支えながらアリシアは馬を走らせる。
死を待つだけだったのに、あたしは助けられた。
疑問はある、まだ頭の整理が追いついていない。
けど、徐々に自分は助かったのだと自覚していく。
好きだった人に拒絶され、訳もわからないまま追われる身となり、あたしの人生は一気に転落した。
絶望の淵に立たされて、あたしは生きることを諦めていた。
でもこうして生きている。
爽やかな風が頬を撫でて、白馬が大地を蹴る音が鼓膜に響く。
五感で生を実感し、安心感が込み上げて、気がつけばあたしは泣いていた。
「ほん……とに、ありがとうぅっ……」
しがみついて込み上げた感情を吐いた。
そんなあたしにアリシアは優しく微笑んで、
「もう大丈夫だ」
あたしはしばらく、駆ける馬にしがみついて涙が後ろに流れていくのを気にせず泣いていた――――。
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