第二話「白馬に乗った少女」

 捕まってから三日くらいたっただろうか。

 記憶が朧げだ。

 眠ってたわけじゃない。

 今までの人生、孤児院のみんなのことを思っていたら時間が過ぎていた。


「出ろ」


 冷たい声がかかり、軋む音を立てながら牢の扉が開く。

 武器を持った兵士が十人、あたし一人を護送するだけなのに大袈裟な人数。

 それほどまでに、魔女という存在は恐ろしいんだろう。


 思い足枷を引き摺りながら、あたしは言われるがままに移動した。

 外で用意された護送用の牢馬車。

 あたしの髪と同じ栗毛の馬が二頭、鼻を鳴らして待っている。


 厩舎で馬の面倒を見たことがある。

 あたしの髪色とお揃いだねーなんて言いながら世話をしていた。

 あれほど可愛く思えてたのに、今ではあたしを殺す場所に連れていくのだから恐ろしい。


 牢に乗り込み、自由に動けないよう鎖を止める。

 鍵は何重にもかけられ、猛獣を捕らえるのに使うような極太の鉄柵には有刺鉄線が巻かれて触れられない。


 得意げに逃げれるものならやってみろと言われた理由がなんとなく理解できた。

 こんなの逃げられるわけがない。


 無慈悲に馬車は進み出す。

 兵士も周りを囲むように進み、万全の体制で運び出す。


 交流のあった街の人から恐怖の視線を浴びながら、あたしを乗せた馬車は街を出て王都へと向かう。


 警備で周りを囲う必要があるから、通るのは広い道に限られる。

 道の両端は森林で挟まれてる。

 馬に乗った相手から逃げるとしたら森を切り抜けるしかない。

 

 素足のあたしが森林を駆け抜けるのは骨だけど、命がかかっている状況でそんなこと言ってられない。

 けど、それはあたしがこの檻から脱出できたらの話。


 結局、あたしの運命は変わらない。

 全てを諦めたあたしは、膝に顔を埋めて乗り心地の最悪な馬車に運ばれた。


「ん……なんだ貴様は!?」


 突然聞こえた怒号。

 あたしは埋めていた顔を上げて前方を確認すると、そこには白馬に乗った人が道を塞いでいた。

 白い軍服、明るく輝かしいセミロングの金髪で、身体つきやスカートを履いていることから多分女性。

 ハーフマスクで目元が隠れていて素顔は分からない。

 けど不敵な笑みを浮かべている彼女はどこか不気味だ。


「誰か知らんが、我々は今護送任務の最中である。陣形を崩すわけにも行かないので、道を開けてもらいたい」


「…………」


 兵士の一人が問いかけるも、彼女は変わらず微動だにしない。


「もう一度言う。我々は今、護送任務中だ! 道を開けなければ攻撃する。これが最後の通告だ!」


 武器を取り冗談ではないことを兵士達が伝えると、さすがの彼女も馬から降りる。

 それでもなお怯えた表情とは対極の笑みを浮かべると、身を屈めて大地を蹴った。


 駆けてくる不審人物に、兵士達は身構える。

 何かされると最大の警戒をする兵士達。

 勢いを落とさないまま、彼女は片手を前に出す。


 何も持っていないその手が、パッと視界を奪う強烈な光を発した。

 あたしを含め全員が視界を奪われる。

 突然の光に馬も驚いて声を上げていた。


「大丈夫かい?」


 牢のなかにいるはずのあたしの目の前からその声は聞こえた。

 まだ光で視界がぼやつくけど、なんとか周囲を確認しようと目を開ける。


「うそ……」


 あたしは言葉を失った。

 厳重な牢の上半分が、焼き切れたように見事に切断されていた。

 扉の鍵も壊れたようで、半分になった牢の扉が風に揺れている。


 ありえない。ありえないけど、おそらく目の前であたしに手を差し出してくれている彼女がしたのだろう。

 そしておそらく、彼女は“魔女”だ。


「君を助けにきた。ここから逃げるよ」


「あなたは一体……」


「質問は後で」


 彼女はあたしの手を取って牢を出る。

 牢から出られたのは良かったけど、危機的状況なのは変わらない。

 すでに視界を取り戻しつつある兵士達相手に、あたしは勿論、助けてくれた彼女も丸腰だ。

 

「思ったより早い復帰だね」


「さっきのピカってやつでもう一度目眩し出来ないの?」


「出来なくはないけど現実的ではないね。ここから逃げ果せても応援を呼ばれたら国外逃亡は難しい。ここは人数が少ないうちに彼らを黙らせて少しでも逃げる時間を防ぐことが賢明かな。それには君の力が必要だ」


「あたしの?」


 すると彼女はまだふらついている兵士達に背を向け、あたしの片手を取り、もう片手を腰に回す。

 ずいっと顔を近づけ不敵に笑う。

 目元は隠れて素顔は拝めないが、美形であることは容易に想像できる。


 まるでキスされそうな距離感にあたしは緊張する。

 

「あの……一体何を……」


「見たところ君は“シース”のようだし、彼らを倒すにはちょうど良い。君の“魔力”を少し貰うね」


「魔力? あたしにそんなもの――――んんっ!?」


 何もわかっていないあたしの口を塞ぐように、彼女は唇を重ねてきた。

 あたしの頭の中は途端に真っ白になった。

 結婚を約束していた彼とさえしていなかったことをされたからだ。


 彼女の熱が口から伝わる。

 自分の口の中で、他人の舌が這う。

 激しいけれど乱暴じゃない。

 溶けるような甘い感触に、あたしはされるがままだった。


 びっくりして最初は抵抗していた体もやがて力が抜けていって、彼女の支えでようやく立っている状態だ。

 たった数秒なのに、その時間があたしには異様に長く感じて。


「んっ……少し貰いすぎたかな」


 唇が離れるとあたしの口と彼女の口を結ぶ粘性の橋が架かってプツリと切れる。

 ようやく解放されたあたしは膝から崩れるように座り込んだ。

 まだドキドキがおさまらない。

 対する彼女は凛とした佇まいのまま兵士達と対峙している。


「十人か。まぁ問題はないかな」


 そう言うと彼女は、拳を握り左腰に添える。

 まるで携えた剣の柄を握るような構えだった。

 けれど彼女は剣など持っていない。


種器シード――――“閃剣ブライト”」


 彼女の手元に文字や紋様が浮かび上がる。

 空中に文字や絵が浮かぶと言う現象がいまだに信じられないけど、実際目の当たりにしているのだから認めるしかない。


 陣を構成する紋様が輝くと、彼女の手元にそれは現れた。

 白銀に輝くガードが付いたサーベルのグリップ。

 彼女はそれを力強く握りしめるが、武器として存在するために大切な部分が存在しなかった。


「刀身のない剣……ってダメじゃんそれ!?」


 兵士達は相手が魔女ということもあってか、刀身のないサーベルにも警戒を怠らない。


「心配ないよ。これはこう使うんだ」


 刀身のないサーベルを持ったまま構える彼女。

 すると眩い光で構成された直刀の刀身が伸びてサーベルとしての姿を完成させた。


「来るぞ。我々が食い止めている間に一人は応援を要請しに行け」


 護送作戦の総指揮が指示を出し、一人が馬に乗って王都へと向かおうとしたその時、ハーフマスクの少女が肘を引いて刺突の構えをとった。

 刀身が現れたとはいえ、その間合いは普通のサーベルと変わりはない。

 

「敵に背中を見せるものではないよ」


 大きく踏み込み引いた剣を前に出す。

 光の剣がグンと伸びて、背中を向けた兵士の心臓を貫いた。


「ぐうぁあ!?」


 血を吹き出しながら落馬する兵士。

 その広すぎる間合いを確認した兵士達は改めて彼女と対峙した。

 背中を向ければ射抜かれる相手の状況では、今いる人数であたし達を捕えるしかないから。


 いまだ人数の不利は変わらない。

 それでも不敵に笑う彼女にあたしはどこか安心感が芽生えていた。



「さぁ、楽しんでいこうか」



 敵を前に、飄々と彼女は笑った――――。

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