6 捜索差押許可状
野上が「グロロの会」についてたずねると、杉田は仕方がないというように口角を上げた。
「ええ、そうです。私は『グロロの会』に所属しています」
「それじゃあ、拠点はどこだ? いつもどこで集まっていたんだ?」
杉田は何がおかしいのか、くすりと笑った。
「拠点などありませんよ。強いて言うなら、『救世主』のいる場所が拠点となります」
葉沢は複雑な気分でキーボードをたたく。
現時点で判明しているのは「グロロの会」が非営利の団体らしいということだけだ。そこでは暁月が「救世主」と呼ばれているようだが、まだ実態はつかめていない。
「その『救世主』というのは暁月善なんだろう? 彼とはどんな関係だ?」
「確かに彼は『救世主』ですが、ただの友人です。それ以上のことはありません」
「だったら何故『救世主』と呼ぶ? 明らかにおかしいだろうが」
「そうですか? ただのあだ名ですよ」
杉田は常に少し笑ったような顔をしており、どんな質問にも動揺することがない。
「俺にはそうは思えないんだがな。『グロロの会』の中心人物が『救世主』じゃないのか?」
「間違ってはいませんが正しいとも言えません。ですが、彼の下に私たちがいると思ってくださって結構です。ただし勘違いしないでくださいね。私たちはあくまでも自分の意思で、魔法使いとして正しいことをしているまでです」
野上はため息をつくと、あらためて杉田を見据えた。
「『アゲント』もそうだって言うのか?」
「ええ」
「復讐代行は自分一人で考えて、行動に移していたってことだな?」
「ずっとそう言っています」
杉田の目をじっと見つめて野上は問う。
「それなら、どうしてまだ『アゲント』は投稿をしている? 共犯者がいるんじゃないか?」
「知りません。どこかの誰かに乗っ取られたんでしょう」
野上はうんざりと首を振った。杉田の話をどうにかして突き崩せる一手が欲しいところだ。
マジックミラー越しに杉田を見ると、鶴田刑事は少し考え込んでから首を横へ振った。
「違うな。彼じゃない」
根岸の推理は当たっていた。予想したとおり、共犯者の存在が確実なものとなり、根岸は丁寧に礼を言った。
「分かりました。ありがとうございました」
廊下へ出るようにうながし、玄関まで送るために並んで歩きだす。
「背格好は似ている気がするが、どうも顔の雰囲気が違うようだ」
「どんな雰囲気でしたか?」
「何と言うか……もっとこう、不良っぽいというか。半グレに近い雰囲気と言えば分かるか?」
鶴田の言葉に根岸はうなずく。そうした若者の姿なら、これまでに何度も目にしてきた。
「ええ、分かります。つい先月まで生活安全課にいたもので」
「そうだったのか」
鶴田は少し驚いたように根岸を見てから、ふうとため息をつく。
「でも、単独犯じゃないとなると、これからが大変だな。また力になれることがあれば言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
会うのは今日が二度目だが、根岸は鶴田の好意にとても感謝していた。
彼とともに働く刑事たちを少しうらやましく思い、たずねてみたくなる。
「あの、一つご意見をうかがいたいんですが、共犯と思われている人物が現在、行方不明になっているんです。どこを探せばいいと思われますか?」
顎に手をやって鶴田は考え込む。
「そうだな……やっぱり拠点じゃないか? 隠れ家か何かがあるに決まってる」
「隠れ家ですか」
「被疑者を見たところ、まだ若いからな。共犯者もおそらく近い年齢だろう。そうすると、俺たちオジサンでは見落とすような、意外なところにあるかもしれない」
言い換えれば、若者である根岸たちには気づける可能性がある。わずかながら希望が見えたと感じ、根岸は礼を言った。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
先輩刑事の言葉はこれから進むべき道を示してくれた。
「鶴田刑事の証言からしても、やはり三件目の事件は杉田の犯行ではありません」
戻ってきた野上へ、根岸はすぐさま報告をした。
「一月二十五日、杉田が退勤したのは十七時となっています。一方で犯行が行われた時刻は十七時十分頃とされています。わずか十分で移動できる距離ではないため、まずこれは違うと言いきれます」
「他には?」
「同じように、物理的に無理だと言えるのが二件ありました。また、断定はできませんが、やはり難しいのではないかと思われるものが三件ほどあったので、それらもまとめてリストアップしておきました」
根岸は合わせて六件についてまとめた資料を手渡した。
「ありがとう。これで杉田を追求できるな」
受け取った野上は紙面に目をやる前に、壁かけ時計を見た。
「まだ時間があるな。今から杉田のアパートに行って、今回の事件に関する証拠品を探してくれるか?」
と、捜索差押許可状を差し出す。根岸はすぐに受け取った。
「分かりました。葉沢も連れて行っていいですよね?」
「もちろんだ。それと新浦、よければ君も同行してくれ」
「え、僕ですか?」
驚いた様子で新浦が振り向き、野上は返す。
「逮捕時、杉田はスマートフォンを持っていなかった。もしかしたら部屋にあるかもしれない。パソコンでもいいが、見つけたらその場で確認してほしいんだ。他の誰かとやりとりしていた記録をな」
「ああ、なるほど。分かりました、行きましょう」
瞬時に意図を理解し、新浦はさっと作業をやめると腰を上げた。
杉田の部屋は築三十年以上の古びたアパートの二階にあった。間取りは2DKだったが、室内はやけにがらんとしていた。
「パソコンも何もないじゃないですか。テレビすら置いてない」
呆気にとられた様子で新浦がつぶやき、根岸も内心で苦い思いを抱く。
ダイニングキッチンには小型の冷蔵庫と電子レンジがあるばかりで、ベランダに面した六畳の部屋にベッドがぽつんと置いてある。
「家具が……」
葉沢も愕然としたように漏らし、室内を見回す。
ベッド以外にあるのはほとんど空になっている本棚と、壁に立てかけてある四角い折りたたみテーブルのみだ。
「明らかに異常ですね」
と、根岸は隣の部屋へつながる扉を開けた。最初に目に飛び込んできたのはペット用のタイルカーペットだった。隙間なく敷き詰められており、残留魔力がはっきりと残されている。
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