4 遠縁の親戚
野上と合流し、車へ戻ったところで彼がたずねた。
「いい情報はつかめたか?」
根岸はシートベルトを装着しながら逡巡した。正直に答えるのは気が引けたが、上司に嘘の報告などできるはずもない。
「暁月善に会いました」
助手席の野上が驚いたようにこちらを見る。
「本人にか?」
「ええ、そうです」
根岸は一つ息をついてから話し始めた。
「彼は自ら『救世主』であると言いました。杉田を含む何名かの人にそう呼ばれているそうです。さらに祭り上げられて困っている、と話していました」
「『グロロの会』だな? こっちも同じ情報を手に入れた」
野上はじっとフロントガラスを見据えた。普段と違って険しい表情に、刑事としての年輪を見る思いだ。
根岸も神妙な顔になりながら続ける。
「暁月氏はどうやら好ましく思っていないようでしたが、正直なところ、どこまで信用していいか分かりません」
「同感だな。会の中心的存在であるはずの彼が、自ら情報を吐くなんて怪しい。何か裏があるかもしれない」
根岸もそう思っていたが、一方で暁月からは妙になつかれ、好意を向けられている。その理由が不明なためにどう捉えるべきか悩む。
「ひとまず戻るか。菱田の情報と照らし合わせて考えたい」
「分かりました」
野上がシートベルトに手を伸ばすのを横目に確認し、根岸はエンジンをかけた。
魔法捜査第一課へ戻るなり、野上は入手した情報を話して聞かせた。
「『グロロの会』ですか。どこかで聞いたことがある気がしますが、詳しいことは知りませんね」
菱田は首をかしげながら、束になった分厚い資料を野上へ差し出す。
「暁月善を中心とした今の家系図と、オレを中心にした家系図です。彼とは曾祖父母を同一としており、彼から見ればオレは六親等にあたります。
この範囲でオレの知る限りの人間をピックアップしました。一人一人のプロフィールも簡易的にまとめてあります」
「ありがとう。なかなか膨大な数だな」
野上は資料を受け取って小さく苦笑した。椅子へ座り直し、さっそく資料に目を通し始める。
根岸は自分の席へ座り、さっとパソコンを起動させた。先ほど得た情報を報告書にまとめようとすると、菱田が向かいのデスクへ戻ってきながら言った。
「それと、あとで父親に確認しようと思ってるんですけど……ああ、いや、これは捜査とは関係がないんですが」
そう言い置いてから、菱田は根岸へ視線を向けた。
「根岸さん、お祖母さんが純血じゃありませんか?」
「は?」
思わずきょとんとしてしまい、根岸は菱田を見る。
「家系図を作っていた時、分家の方の純血で根岸家に嫁いだ人がいたのを思い出したんですよ。今回はそちらの方は記載せず省略させてもらったんですが、もしかしたらと思って」
根岸にはまったく心当たりのないことだった。祖父母の記憶をたぐりよせてはっと気がつく。
「父方の祖母は俺が三歳の時に亡くなっている。祖父も五年前に亡くなったから、そうした話を聞いたことはないが……」
「ああ、そうでしたか。でも、根岸さんはほとんど魔法を使わずに育ったのに、五百八十マルもあるんですよね? ずっと不思議だったんです」
菱田は根岸から目をそらさずに続ける。
「幼い頃から魔法を使っていれば、成人後は平均で六百マルを有するものです。でも根岸さんは魔法を使わずにいたのに、それに近い数値です。親か祖父母が純血であれば納得できるんで、もしかしたらとは思ってました」
脳裏に暁月善の言葉がよみがえる。――だって根岸さん、絶対強いから。
根岸に純血の血が流れていることに、彼は気づいていたのかもしれない。しかし、それだけが好意の理由だとは思えない。
考え込んでしまった根岸を見てか、菱田はわずかに視線を泳がせた。
「あの……昨夜は、すみませんでした」
突然の謝罪に根岸は少々驚いた。
「オレも冷静さを欠いてしまいました。言い訳に聞こえるかもしれませんが、心のどこかで根岸さんに期待してたんです。だから、つい怒鳴って責めてしまいました」
根岸はうつむき、内心で小さな苦虫を噛みつぶす。自分のあるべき立場、役割が今になって分かってきた。
「いや、期待されて当然だったと思う。しかも幻獣特効タイプなんだから、菱田が怒るのも無理はなかったよ」
「根岸さん……」
ゆっくりと顔を上げて根岸はぎこちなく微笑んだ。
「俺も純血を継いでいるかもしれないんだろう? だったら、この力をうまく使えるようになるしかない」
また菱田や葉沢に助けられるのはごめんだ。もう逃げるのはやめにして、少しずつでも魔法を受け入れられるようになりたい。そうでなければ、根岸はいつまでも足手まといのままだ。
菱田はほっとしたように笑みを返した。
「いつでも訓練に付き合います。遠慮なく声をかけてください」
「ああ、ありがとう」
もし根岸の祖母が純血だとしたら、菱田とは遠縁の親戚になる。彼に親近感を覚えるのは、それも理由の一つなのかもしれない。
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