シェリフる!
ミルシティ
第1話 【未知との遭遇】
「にゃ~ん」
「うにゃぁ~ん」
「なお~ん」
朝七時、おなかをすかせた猫さんたちの大合唱が、猫乃手神社の境内に響く。
「みんなー、おはよー」
七月のまぶしい日差しが境内に広がってて、とってもいい気持ち!
梅雨も明けてぇ、これから夏が始まる~って感じ? うんうん!
あたしは星野真白(ほしのましろ)。
虹色町(虹色町)に住む中学一年生。
毎朝、学校へ行く前に、こうして神社に住みつく地域猫さんたちに、ごはんをあげるのをルーティーンにしてるんだ!
目の前に群がる猫さん、猫さん、猫さん、そして猫さん。
ざっと見渡しただけでも三十匹はいるかな?
普通はね、
『神社といえばハト』
っていうイメージかもしれないけどぉ、この猫乃手神社は、名前の通り、猫さんを御神体にしてるんだ。
なんでも、江戸時代に町の大火事を予知して、住人を救ったっていう、猫さんの伝説があるんだって!
「おなか空いたでしょ? たくさん食べてね!」
あたしが持ってくるキャットフードは、保護猫カフェをやっているお母さんから分けてもらってるの。
「今日もいい食べっぷりだね~。あ、コラコラ、ケンカしちゃダメ!」
この神社には小さな子猫さんから、大きな猫さんまで色んなタイプがいる。
その中でも最近お気に入りの猫さんが二匹いるんだ。
「え~っと……あ、いたいた!」
一匹だけポツンと座ってる、銀色の毛並みがキレイな猫さんを発見!
クールだからクーって名前にしたんだ!
「おはよ」
近づくと、クーはうっとりするぐらいキレイな空色の瞳で、あたしをみつめてくる。
とってもイケメンな猫さんで、あたしの『推し』なんだ。
「今日もカッコいいねぇ」
クーは、最近ここでみかけるようになった。
なんだか、他の猫さんには無いオーラというか、不思議な雰囲気を漂わせていて、なんとなく近寄りがたいんだけど、そこがまた魅力なんだ。
「……あれ?」
もう一匹の推し猫さんがいない。
その猫さんは茶トラの子猫で、近づくとあたしにすりよってくる、とっても人懐っこい猫さん。
名前はミャオ。いつも「みゃお!」って鳴くから!
この間、赤いリボンの首輪をプレゼントしてあげたの!
いつもクーと一緒にいるんだけど、今日はどこにいったんだろ?
「もしかして、迷子になっちゃったのかな?」
境内を探しても、ミャオはどこにも見当たらない。
もしかして、外に出て行っちゃったのかな?
あたしは境内から出て、大きな池の方へ向かってみた。
「ええっ? ちょ……なんでぇ――?」
池のまん中に、ミャオが木の板に乗って浮かんでる?
「あの赤いリボン、間違いない!」
助けなきゃ! 池に落ちたら大変!
周りを見渡して、なにか道具になるものがないか探した。
木の枝じゃ折れちゃうし、なんかこう長くて丈夫な――
あ!
確かボート乗り場にオールがあったはず。
あたしは全力疾走で取りに向かった。
「よし! これなら……」
風が吹いてるからか、ミャオは池のまん中からだんだん岸の方へ流されてる。
あたしは岸辺の木の柵からオールを伸ばして、ミャオが流れてくるのを待った。
「みゃお!」
あたしに気づいた様子のミャオは、木の板の上でクルクルと回り出した。
うわぁぁ!
なにやってんのぉ?
そんなことしたら落ちちゃうよぉ!
大きな声でそう叫びたかったけれど、ビックリしてミャオが池に落ちちゃうかもしれないから、ここはグッと我慢。
まったく、ヤンチャすぎるのも考えものだよ。
「もう少し……あともう少し!」
大人しくしてて!
そう強く願いながら、流れてくるミャオへオールを向けた。
「みゃお~! みゃお~!」
岸辺に近づくにつれ、ミャオのテンションが高くなる。あたしの心拍数はそれよりも高いけどね!
オールに乗り移れる距離まであと少し。でも、ここで思わぬハプニングが発生――
風が止んじゃった!
もう少しなのに、微妙に絶妙にオールが届かない!
「んん……んんっ!」
あたしはめいっぱい身体を伸ばして、オールをミャオに近づける。けれど、まだ飛び乗れる距離じゃない。
――あと五センチ、背が高かったら届くのにぃ! 神様、あたしの成長期を今だけ早めてください!
「んんー!」
でも、そんな都合のよいお願い、神様に届くわけないよね。
「みゃお!」
さらに身を乗り出してオールを近づけると、ミャオがおしりをぷるる、ぷるるんと振り始めた。
あっ! ジャンプするつもりだ!
よし! よし! おいで! 高く飛ぶんだ!
あたしは身体を限界まで伸ばして、可能な限りオールを近づける。
「んん……んんんっー! 跳んでー!」
「みゃおーん!」
ミャオは、山なりのジャンプでピョーンとオールに飛び移り、そのまま駆けのぼって地面へ降りた。
「やったぁ、やったー! 助かっ……あ――」
ズルッ――
バランスをくずしたあたしは、池の方へずり落ちた。
しまった。
やっちゃった。
あたしのドジ! ドジドジドジッ!
目の前がスローモーションみたいにゆっくりに見える。
でもまぁ、この池はそんなに深くないし、夏だから風邪はひかないか。
制服はきっとずぶ濡れになるだろうけど、ジャージ持ってるし、とりあえずは大丈夫……かな。
意外と冷静なあたしは、池ポチャ後の展開を頭の中で駆けめぐらせた。
そのときだった。
落下するあたしの身体が、池の水面ギリギリで止まった。
「あれ?」
強い力でグッと引き寄せられて、地面にしりもちをついた。
助かっ……た?
でも、いったい誰が――
起き上がったあたしは、おしりをペタンとつけて座りこむ。
背後から「おい」と、低めの声が聞こえて振り返ると、しゃがんでいる男の子と目が合った。
切れ長の目、空色の瞳、銀色の髪、小さな顔――
まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような、そんな美少年だ。
「カ……カ、カカカカッコ良っ!」
思わず声がでちゃった。
「お前さ、なにしてるんだ?」
「え? なにって、ミャオが池で流されてたから助けなきゃって」
「助ける? はは……逆に助けられたヤツが?」
男の子はあきれたように苦笑いを浮かべて、
「この場合、お前の選択肢は一つ。大人に助けを求めることだ。神社なら、神主が住んでるだろ」
「で、でも、助けを呼びに行っている間に、ミャオが池に落ちちゃうかもって……」
「オールを探しに行ってる間にも落ちる可能性はある。子供が生意気な正義感を出すな」
え? なに? あたし、怒られてるの?
っていうか、な、なんなのよコイツ! なんでこんなにえらそうなのぉ――?
「生意気……って! さっきからなんなの? 助けてくれたことは感謝してるけど、初対面の人にそんなこと言われる筋合いはないと思う!」
「選択を間違えたお前が悪い。反省するんだな」
男の子はそう言いながら、立ち上がった。
タイトなTシャツに細身のジーンズを履いた彼は、あたしと同い年ぐらいに見えた。
「なによ! あたしはミャオを助けたい一心で……」
あたしはそう言い返して立ち上がった。
――そのとき、あたしと男の子の間に小柄な女の子が割って入ってきた。
「ストーップ! ストップストップ、ストーップっす!」
茶髪のツインテールにクリクリとした瞳。背丈はあたしよりもずっと低い。
白いワンピースを着たその女の子は、銀髪の男の子を見上げて、
「ソラ先輩! あーしの命の恩人に、そんな言い方しちゃダメっすよ!」
「……イロハ、オレは当然のことを言ったまでだ。そもそも、お前があんなことになってなければ、なにもなかったんだぞ」
「いや~、ちょうどいい木の板が浮いてましてね。今日は陽気もいいし、少しプカプカしたくなっちゃいました!」
女の子は、ツインテールをぷらんぷらんさせながら笑う。
命の恩人?
いったいなんの話?
「あの、あなたは誰?」
あたしの問いかけに、女の子は瞳をキラキラさせて、こちらを見上げた。
「あーしっすか? さっき助けてもらった猫っす!」
「は?」
なになに? この子、なに言ってるの?
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