竜が沈む
月峰 赤
第1話
進が教室に入ると、いつもの賑やかさとは別の、言い知れない不安感が漂っていた。
何だろうと思いながら席に着くと、クラスメイトの日比野が進の席にやってきた。
「進、聞いたか、隣のクラスの話」
進が、いやと答えると、クラスメイトは神妙に言った。
「昨日、隣のクラスの柳ってやつが、竜神川で溺れて意識不明らしいぞ」
思わず進は身を乗り出した。日比野が驚いて少し距離を取る。
「柳って、竜太のことか⁉」
「多分。下の名前までは知らないけど」
「それで、竜太はどこに入院してるんだよ」
「いや、それは知らないけど……。昨日の今日で、誰も知らないんじゃないか?」
その答えに進は、どうして、と言葉を漏らした。
柳竜太とは小学生の頃から高校までずっと一緒だった。特別仲が良かった訳ではないが、全く知らない仲でもなかった。
運動も勉強も得意という訳ではなく、少し気弱な性格をしているなと言うのが進の印象だった。
川で溺れたことと意識不明という言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
進がその場で動かないのを見て、日比野は逃げるように、戻っていった。
竜神川はこの町を流れる大きな川で、それを跨ぐように大きな橋が掛けられている。
山から流れる上流は幅が小さいが、街に流れてくる頃には大きな河川となる。悪天候時には注意警報が出る程に荒れ、地元に住んでいる人なら無闇に近づかない場所で有った。
それは当然竜太も同じだろうと考えた。にも関わらず川に近づくのには何か理由があるはずだと思ったが、到底考え付かなかった。
黒板の上に飾られている丸い掛け時計を見る。朝のHRまで、まだ時間があった。進は教室を出ようと席を立つ。
途中、グループになっている女子達の話が耳に入った。やはり話題は同じらしい。興味の薄い相槌が胸に引っかかったが、進は職員室へと急いだ。
職員室のドアを開けると、近くにいた数人が進へ顔を向けた。授業前と言うこともあり、まだ多くの教師が残っていた。入り口に一番近い教師が椅子を回転させて体を向ける。
「どうした、島野。もうすぐHRだろ」
「すいません。2年3組担任の岡田先生はいますか。話があるんです」
進の言葉を受けて、教師が向けた視線を追っていくと、机に向かって紙に何かを書いている岡田の姿を見つけた。空いている手でボリボリと頭を掻いており、時折重たい息を吐きだしていた。
それに向かって歩いていくと、岡田が進のことに気が付いた。
横に立ち、進が尋ねる。
「先生のクラスの柳竜太が、川で溺れて意識が無いと聞きました。それは本当のことですか」
岡田が口を歪める。向かいの席に座る教師は少し様子を伺ったが、いくつかのファイルを手に持って席を離れていった。席の周りには、二人以外誰も居なくなった。
岡田がダルそうに耳の裏をかく。
「あぁ、そういう話が出ているかもしれんが、気にするな」
話を終わらせようと、自らの仕事を続ける。それでも諦めず、進は続けた。
「あいつが、竜神川で溺れるなんて考えられません。先生は何か知らないですか?」
その質問に、岡田の形相が変わった。面倒さと言わんばかりの舌打が腹立たしかった。
「ほとんど何も知らん。今は病院で治療でも受けているんだろう」
投げやりな態度に、進は唖然とした。自分のクラスの生徒が意識不明であり、最悪命を落とすことも考えられるのに、自分には関係ないという思いが伝わってきて、一層腹が立った。それと同時に、進は竜太を気の毒に思った。
ただ立っている進を一瞥する。帰ろうとしない進に溜息を吐くと、乱暴に机の引き出しを開けた。
紙を一枚取ると、近くにあったメモ帳に文字を写し込んでいった。
「そんなに気になるなら、自分で見に行ったらどうだ」
メモを一枚破り、進に差し出す。受け取って見ると、殴り書いた字で病院名が書かれていた。
「そこに行けば、柳の親御さんもいるだろ。あとはそこから聞いてみろ」
そう言い終えると、ふんと鼻を鳴らして、向こうへ行けと手で追いやる。
「全く、こんなこと聞いてくるのはお前くらいだぜ、ほんと」
ぞんざいな言い方に進は口を開こうとしたが、それを遮るようにチャイムが鳴り響いた。
「おら、早く教室に行け。俺は忙しいんだよ」
そう言って椅子から跳ね上がり職員室から出ていく岡田の後姿を見ていると、残っていた教師からも教室に戻るよう注意を受けた。
岡田が先程まで書いていた紙を見ると、それは何かの報告書のようであった。しかし字が汚く、何と書いているのか遠目には分からなかった。
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