第四十四話 世界の終わり

 シュウとシャーロットは食事を終えると、服を見たり、カフェでお茶をして雨蛇町を散策した。


 次第に夜が更けてくると、雨蛇公園へ来た。プリンスタワー・AMAHEBIから徒歩十分ほどの距離である。


「夜の森って神秘的ですね。わあ、大きな池……。あ、ボートもあるんですね」


 シャーロットは上機嫌である。夜の公園は人影がまばらだった。この時間帯は飲みの二次会や三次会が盛り上がる頃である。公園や神社は空いている。


 二人は池の畔に来た。大きな池が波打っており、水面に街灯が歪んで映っている。この時期にしては冷たい風が頬を撫でる。シャーロットのロイヤルブルーのワンピースが風で揺れていた。


(今日は食事ができて良かった。リンとチェンにお礼を言おう。あいつら、もう帰ったかな)


 シュウは辺りを見渡すが、二人の姿は確認できない。森や日本庭園に隠れられる場所はあるが、まだいるかどうかは分からない。


 シャーロットは大きく伸びをして深呼吸をした。


 そして、勇気を出してシュウに告白をする。


「シュウさん。私、あなたともっと仲良くなる前に、過去を清算しなくてはならないのです」


 シャーロットは池を見詰めたまま両手を後ろに組んでいる。シュウはその背中に語りかける。


「過去を?」


「はい。私はずっと闇の中を歩いていました。私はダークマナを背負う女……闇こそこの世の理だと思っていました」


 シャーロットは池を見ている。その表情は分からない。どのような顔をしているのだろう。


「ダークマナですか? 分からないですね。シャーロットさんのイメージとは全然合わないです」


 冷たい風が水面を撫でていく。木々が風でざわめき、葉が湖面に落ちる。


 シュウは一つ嘘をついた。発作を起こす時のシャーロットは深い心の闇を感じさせた。氷のように冷たい表情は忘れようにも忘れられない。


 だが、人は誰でも心に闇を持っている。それについてとやかく言うつもりはなかった。


 シャーロットはくすりと笑い、シュウの方を振り向いた。そして森の方へ歩いて行く。シュウはその後をついていった。


 サワサワと木々が鳴っている。少し肌寒くなってきた。シャーロットは話を続ける。


「私がカリスの活動で行き詰まっていた頃、赤目の少年に言われたのです。『あなたにはダークマナが似合う』と。私もその通りだと思いました。……でも」


 シャーロットは森の中で立ち止まり、シュウの方へ身体を向けた。街灯が怪しく灯っている。それが現実感を遠のかせていく。


「私はこれまでの生き方を……悔いています。私も日の当たるところを歩きたい。シュウさんと一緒に――」


 そう言う彼女の目からは涙が滴っていた。シュウは涙に濡れたグリーンの瞳に魅入られている。シャーロットは一歩シュウの方へ歩み寄った。


「シュウさんは傷だらけの私を、本心から『そのままのシャーロットで良い』と言ってくれました。だから……だから私……」


「シャーロット……」


 シュウも一歩、彼女の方へ歩みを進める。夜の森の中、周囲には誰もいない。幻想的な雰囲気が辺りを包み込む。


「だから……シュウさん。私が過去を清算するまで……待っていてくれますか?」


 シャーロットはありったけの勇気を振り絞り、シュウの目をしっかりと見詰めて言った。


 シュウは彼女の誠実な想いに心を打たれ、うまく言葉を紡げなかった。だが、断るという選択肢は最初から無い。


 シュウが彼女を抱きしめようと歩み寄った瞬間――。


 耳鳴りを伴う甲高い音が聞こえ――、目の前にいるシャーロットが崩れ落ちた。


 何が起こったのか理解できない。それほど、唐突の出来事だった。シュウは数秒間思考が停止した。


「……シャーロット?」


 胸から真っ赤な血を流してシャーロットが倒れている。ロイヤルブルーのワンピースが血で染まっていく。


 幻想的な雰囲気から、突然現実に引き戻された。


「シャーロット!」


 シュウは駆け寄り、シャーロットの身体を起こした。血が止まらない。急速に体温が失われていく。これ以上出血したら死んでしまう。


「しっかりしろ! 今、救急車を呼ぶから!」


 シュウのスマートフォンにシャーロットの血がべっとりと付着する。しかし、そんなことは関係なかった。緊急通報ボタンをタップする。


 シュウはシャーロットの顔を覗き込み、声を掛け続けた。シャーロットの目はぼんやりと宙を見ている。そのグリーンの瞳から光が失われていく。


 そして小さい声で何かを言った。


「……ね」


 シュウは耳を近づけてその言葉を聞き取ろうとする。


「シャーロット! 死んじゃ駄目だ!」


 シャーロットは最後の言葉を呟いた。


――ようやく……無価値な世界が……終わるの……ね――


 その言葉を最後に、彼女は目を閉じた。


「……嘘だろ? ……何で?」


 シュウはただ呆然としていた。彼女はもう何も喋らない。もう笑うこともない。


 冷たい風が木々を揺らしていた。


 その時、森の奥から足音が聞こえ、二つの人影が姿を現した。シュウは静かに顔を上げる。


 そこには黒い制服を着た男女が立っている。


 少年の方は黒髪で氷のように冷たい目をしている。無気力に、気怠そうにシュウとシャーロットを見ている。


 少女の方は少年の少し後ろで様子を見ている。銀髪の美しい女性だった。腰に片手剣を携帯している。黒髪の少年以上に冷静な顔をしており、その様子がシュウを苛立たせた。


 黒服の二人はシャーロットが撃たれた方向から姿を見せたのだ。導かれる答えは一つだった。


「……お前等か? シャーロットを撃ったのは」


 シュウはシャーロットの傷跡に手を当てながら……静かに言葉を投げかけた。

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