第二十六話 月夜の告白
――シャーロットを迎えて数日間、何も問題がないわけではなかった。
彼女と街を歩くと、何者かの視線を感じることがあった。
彼女は美しいので、通行人は足を止めて興味深そうに見てくるが、それとは別の視線が確かにある。しかも一人ではなさそうであった。ただ、襲ってくる様子はない。
そして、もう一つ。シャーロットが夜にうなされて起きることがあった。シュウはその時のことを思い出す。
シュウとリンはシャーロットが寝ている間、交代で警護に就いていた。このような状況では二人体制がありがたい。
シュウの部屋の二つ先がシャーロットの部屋なので警護は楽であった。シュウは自室の扉を開けて固定し、ごろんと通路に横たわっていた。トイレが近くてストレスも少ない。
(夜食でも食うかな)
シュウが自室へ戻ろうとした瞬間、「きゃああ」と悲鳴が上がった。シュウは合鍵を使ってシャーロットの部屋へ踏み込む。<発電>を使い、電気のマナを纏う。臨戦態勢だ。
暗闇に目を懲らすと、シャーロットがベッドの上に座り込んで震えている。
「シャーロットさん! 大丈夫ですか」
シャーロットは真っ青な顔で何か呟いている。その様子は尋常ではない。
「ごめん……なさい。ごめ……さい。許して……くださ……」
いつもの笑顔は消え失せ、蒼白な表情で謝り続けている。シュウは声を掛けるのに躊躇した。彼女はいつものワンピースではなく、五分丈のスパッツを穿いている。
真っ白な肌が見えて、シュウは思わず目を逸らした。
(やべ。いやまあ、パジャマだよな。やましいことはないか)
シュウは電気を点けずに、シャーロットの背中をさすった。
「大丈夫っすよ。誰もいませんから。俺が見張っていますから寝ていてください」
その時、シュウはあることに気が付いた。
(ん? シャーロットさんの足に……火傷の跡? え? 傷跡も? な、なんでこんなに)
いつも丈の長いワンピースだったので気が付かなかったが、よく見るとシャーロットの足には原因不明の傷跡が複数見付かった。
比較的膝に使い箇所だったので、普通は見えない。
シュウはショックを受けた。真っ白な肌が美しいシャーロットに傷がある。シュウは見てはいけないものを見てしまった感覚に陥った。
「……シュウさん。ありがとうございます。もう大丈夫です」
シャーロットは正気に戻っていたが、いつもの笑顔ではなく無表情である。上目遣いにシュウを見ながら、そっと足の火傷を隠す。
「リンさんが羨ましいです。私は……チュニックを着る勇気がありません。傷だらけですから」
シャーロットはシュウの目を見詰めてくる。鮮やかなグリーンの瞳だ。
しかし、いつもの可愛さはない。その瞳が暗闇に沈んでいく月のように見えた。
シュウは魅入られそうになるのを必死で堪える。
窓の外には月が見え、ぼんやりと部屋の中を照らしている。
「あ……、気を遣ってくれてありがとうございます。明かりを点けられるのは嫌でした」
先日のヒアリングで、シャーロットからその外見には似つかわしくない、どす黒い感情が見えた気がしたが、それは正しかったようだ。
今、目の前にいる彼女は可憐な少女ではなく、暗闇そのものである。
――彼女は何か闇を抱えている。シュウはそう思った。
「脱ぐと……もっと見えますよ。背中とか。見たくないですよね」
彼女の言葉を聞いているのが辛い。
「シュウさん……。幻滅したでしょう。私、無価値な女なのです」
そこでようやく彼女は笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔は透明である。笑っているだけで、そこに感情は何も無い。まるで人形のように見えた。
シュウは彼女の肩をそっと抱いた。そして故意に明るい声を出す。
「いやいや、シャーロットさん。俺の方がやばいっすね」
「……え?」
シャーロットはきょとんとする。シュウはベッドから離れると上半身裸になった。
「ほら、見てくださいよ。傷だらけですよ。ここはメリケンのシンユーに殴られたアザ。あいつコンクリを砕く威力のパンチ打ってくるんですよ。あー、ここは師匠の電撃で火傷しました」
シュウは傷を一つ一つ解説していく。
「ここは銃で撃たれましたね。腹。あの時は死ぬかと思いました。あとここ、ラーメン茹でていたら蒸気で火傷しました。あー、ここはスズメバチに刺されました! 駆除の依頼があったんだけど防護服の中に入ってきたんすよ。異人街で買うと不良品にあたっちまう可能性が高くて。リンは安全地帯でのんびり見てましたよ、痛がっている俺を」
シャーロットは真顔でシュウの顔を見ている。
「師匠言っていましたよ。傷は勲章だから誇れと。いや、火傷を負わせた張本人が言うなって話ですがね」
一通りの傷を見せると、シュウは服を着た。そしてシャーロットの肩に手を置く。
「幻滅なんてするわけないですよ。傷を誇れとも言いませんし、過去に何があったかも聞きません。そのままのシャーロットさんで良いんじゃないですかね」
これはシュウの本心だった。異人のアイドルにも色々あるのだろう。人間なのだから当然である。
シャーロットはシュウの顔をまじまじと見て言った。その目には涙が浮かんでいる。
「奇麗なマナ……。え? 本心……です……か? うそ」
小さい声だったのであまり聞き取れなかったが、シャーロットに笑顔が戻ってきた。そして頬を染めて言う。
「あ、ありがとうございます」
「ん? 何がっすか?」
シャーロットは両手を頬にあてて顔を赤くしている。そして小さな声でこう言った。
「あの……。このシチュエーションはリンさんが誤解すると思うのですが……」
シュウの背後に視線を送るシャーロットの仕草に嫌な予感がした。シュウは恐る恐る振り返り、ドアの方を見た。そこにはリンが腰に手をあてて立っている。
「……兄さん。何をやっているんですか。不潔! 不潔です! シャーロットさんも!」
どうやらシャーロットの悲鳴で起きたらしい。どこから見ていたのか不明である。シュウの弁解むなしくこの後、一晩怒られ続けたのであった。
◆
――これがこの数日間の出来事である。
シュウは伸びをして窓の外を見た。昨日は大雨だったが、今は快晴である。
今日は店を閉める予定だ。シャーロットの警護は続けるが、その他の仕事は休みである。
シュウは顔を洗うといつもの白いパーカーと黒いデニムに着替えた。
その時、控え目に扉がノックされる。
「シュウさん。朝ですよ。起きていますか?」
扉を開けるとシャーロットが立っていた。どうやら起こしに来てくれたらしい。服装はグリーンのワンピースである。
シャーロットの服が被ったことは一度もない。一体、何着持ってきているのだろう。
彼女はスウェーデン系のアメリカ人らしく、瞳は鮮やかなグリーンである。ふわっとしたライトブラウンのロングヘアーは内巻きだ。今日も相変わらず美人である。
シャーロットの後ろにはリンが立っている。最近のリンはお洒落に目覚めたらしい。毎日違う服を着ている。今朝はスポーツブランドのブラックのカットソーとホワイトのミニスカートを穿いている。
こうして見ると、姉妹のように見える。仲良くやっているようで、兄としては嬉しく思う。
「兄さん。今日はシャーロットさんと疑似デートですよね。羽目を外さないようにしてください。あくまでも疑似ですからね」
リンは無表情だが、若干むくれているように見える。
この数日間は犯人側の様子を見ていたが、今日から「攻め」に入るつもりだ。
シャーロットと恋人の振りをして街を歩くのである。この挑発にストーカーが反応すれば、もしかしたら今日事件は解決するかもしれない。
「シュウさん。事務所の方に朝ご飯を用意していますので、一緒に食べましょう」
シャーロットはきらきらとした笑顔で、シュウの手を取った。
「シャーロットさん、家の中では恋人の振りはしなくていいですよ」
リンはさり気なくシュウとシャーロットの間に入る。二人の仲は良いが、これはこれ、それはそれらしい。楽天的な二人にシュウは溜息をついた。
(何事もなく終わるかな……今日のデートは)
シュウはデートを楽しみにしながらも、心のどこかで不安を感じていたのである。
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