第二十四話 特殊能力者協会
ビジネス街の氷川SCの中心には、地上四十五階、地下五階建ての近代的なビルが建っている。大都市にそびえ立つこのビルは特殊能力者協会の本部である。
広大な敷地の北側には特殊能力開発校がある。異能訓練校とも呼ばれ、多くの異人が通っている。学費を払えば初等部、中等部、高等部、大学部の中からコースを選べる。
東側には社員寮があり、協会員や訓練校の生徒も入居可能である。
本部ビルには公共施設や病院、銀行、各社テナント等が入っており、街に出なくても生活には苦労しない。
これは差別に苦しんだ異人、または異人に畏怖を抱く普通人への配慮でもある。
敷地内の商業施設には普通人も入れるが、そこで働いている従業員は協会から斡旋された異人であり、客側もそれを理解している。
日頃からの政府、協会のピーアールで、普通人側の態度は軟化しており、両方にとって意義のあるコミュニティスペースとなっていた。
副会長室で一人の女性がパソコンに向かって作業をしていた。
「はぁ……。雨は嫌だなぁ。南に会いたい……」
大きい窓からゲリラ豪雨がよく見える。女性が座るデスクの左側の窓際に来客用のテーブルと椅子が置かれており、応接間も兼ねている。
女性の名前を黒川亜梨沙(くろかわありさ)と言う。日本人らしい黒髪のミディアムボブである。前髪は斜めに流れており、クールな印象だ。年齢は二十代前半に見える。
亜梨沙は協会の副会長だ。
彼女の業務は異人街の治安維持、異人の保護、仕事の斡旋、訓練校の運営等、多岐にわたる。
また、特殊能力試験も重要な業務の一つだ。
特殊能力者の資格を得るには、当然試験や審査がある。受験者の中には、恩恵を受けることを目的とした「偽物」が存在するため、審査は必須である。
異人は専用の検査機器で見分けることが可能だ。
審査員は異人なので、マナの動きを見れば一目瞭然なのだが、普通人にも分かる基準を設けることが重要であり、そのために検査機器がある。
異人が能力を使う時、脳波や電磁波に大きな変化が現れる。
また、マナを使って生み出したエネルギーは可視化することが可能だ。能力の反動を逃がす排マナも計器で視認できる。
協会を異人のみで運営すると公平ではないので、当然普通人も多数在籍しており、彼等にも理解できる明確な基準が必要なのである。
黒川亜梨沙は特殊能力者の上級資格「ギフター」の取得者だ。等級はAAA(トリプルエー)である。この上にはS級、SS級、SSS級が存在する。
しかし、彼女は自分の等級を過信してはいなかった。
特殊能力者の資格は持たないが、実践レベルの異能を備えた異人をストレンジャーと呼ぶ。
ストレンジャーの中にはギフター以上の異能を秘め、マナの扱いに長けた「怪物」が存在するのである。
彼らは異人街の深層部で、それぞれの組織の長になっているのだ。
亜梨沙はギフターが頂上ではないことを知っている。
しかし、異人街の管理を任されている以上、協会(トクノー)のレベルを落とすわけにはいかない。そのために試験や審査が必要なのだ。
ちなみに、特殊能力試験に落ちても、異人であることが確認できた場合の救済処置はある。訓練校でのセミナーや仕事の斡旋、異人証明書の発行がそれに該当する。
亜梨沙は大きく伸びをして叫んだ。
「……もうダメ! 南を呼ぶわ~」
その時、ドアがノックされた。
「お疲れ様です。副会長」
ノックをして部屋に入ってきたのは、金髪の男性である。くせ毛を後ろにさらっと流している爽やかな青年だ。ブルーの瞳が美しいフランス人である。
彼の名前はフェルディナン=ルロワという。年は亜梨沙と同じくらいか、少し上である。フェルディナンは特殊能力者協会の事務局次長に任命されている。
「お疲れ様、フェル。どうしたの?」
亜梨沙はキーボードを叩く指を止めると、椅子に寄りかかり溜息をついた。
「異人街でダーカーの目撃情報が出ています。放置すると住人が被害に遭うかもしれません」
「あら。都市伝説的なモンスターが現実に……ねぇ」
亜梨沙は席を立つと、コーヒーメーカーにカップをセットした。カップの内側を見て、そろそろ漂白しようと考えながら、液晶ボタンを押す。
「ダーカー」とは、ダークマナを纏った獣の総称である。
生き物の死体にダークマナが憑依し、生者のマナを食らう化け物になるのだ。マナを食らうということは、相手を食い殺すことを意味する。
要はゾンビだが、その青黒いダークマナは普通人にも見える程、濃いという。
ただの野犬ならそれ程の脅威ではないが、ダーカーは凶暴になり身体能力が増すと言われる。
生き物の死体なら、その種類に関係なくダーカーとなり得るが、人型のダーカーは今のところ確認されていない。
「犬型のダーカーらしいですね。四メートルはあるそうです。ダークマナをまき散らすので、二次汚染も気になります」
ダーカーに対して有効的な対策はない。動物の死体を火葬する、ダークマナを増やさない、夜道に気を付ける……くらいである。
「分かったわ。夜警を増やしましょう。夜に強い能力者が良いわね」
亜梨沙とフェルディナンはソファーに移動し向かい合う。窓に目をやると相変わらずの大雨だ。気も滅入る。
「それと、カリスことシャーロット=シンクレアが氷川SCの高広屋で目撃されました」
フェルディナンの報告に亜梨沙の顔が曇る。
「そう……。あまり良い状況ではないわね。それは……。今どこにいるのかしら?」
フェルディナンはタブレットに目を落とすと画面をスワイプしていく。
「異人専科(いじんせんか)……、便利屋金蚊(べんりやかなぶん)? という店にいるみたいですね。先日、マラソン・エナジーのフィル=エリソン氏がSNSで宣伝して、今少し話題になっています」
「か、金蚊? えーと、どんなお店なの?」
カナブンはコガネ虫の一種である。益虫と言われ縁起が良いとされる。色彩変異が多く世界中に熱心なコレクターがいるのだ。
フェルディナンはホームページを見ながら唸った。
「便利屋……です。色々やっているようです。引越し、草刈り、家具移動、荷物運び……迷子のペット探し? 見張り、尾行、浮気調査。夜逃げの手伝い? かなり多岐にわたります。これは凄い」
「ふーん。でも異人専科って言うくらいだから、異人の店長なんでしょう?」
亜梨沙が横に移動してタブレットを覗き込む。
「そうですね。プロフィールありますよ。兄妹でやっているようです」
プロフィールのページにはシュウとリンの写真が掲載されている。金髪で不良のような顔立ちのシュウが無理に笑顔を作ってピースをしている。
リンは可愛らしい顔をしているが、無表情で人形のように見える。正直、あまりクオリティが高いプロフィールページではなかった。
亜梨沙が数秒の沈黙後、感想を述べた。
「ヤンキーあがりで気合いの入ったお兄ちゃんと、しっかり者だけどちょっと暗い妹って感じかしら? それにしても全然似てないわね。この子たち。協会員じゃないわよね? 異能は何?」
「協会員ではないですね。能力も不明。このお店もオープンして一年程なので情報が少ないのです。完全にノーマークでしたね。何故、カリスがここにいるのか……、全くの謎です。意外と恋仲かもしれませんね」
フェルディナンは「あはは」と笑った。亜梨沙が肩を突っつく。
「異人の歌姫とこの男の子が? ないない。それよりもこのお店のバックに暴力団とかいないでしょうね? それだと全く状況が変わってくるのだけれど」
亜梨沙は不安に表情を曇らせる。「カリス」にスキャンダルがあってはならないからだ。
「カリスを監視しているのは誰かしら? まさか放置していないわよね?」
フェルディナンは爽やかな笑顔で答える。
「黒川南(くろかわみなみ)さん。副会長(あなた)の弟さんですよ」
それを聞いて亜梨沙の表情が明るくなった。
「あらー、やっぱり南は優秀ね! どう? あの子は訓練校でうまくやれてる?」
亜梨沙は両手を胸の前に組んで、目を輝かせている。副会長の弟好きは協会内で周知の事実だ。
フェルディナンは若干引きつつも爽やかな笑顔は崩さない。
「十五歳でギフターに選出されましたから、すこぶる優秀です。実践経験は足りませんが、能力のポテンシャルはA級並みでしょう。黒川の血を引いているだけあります。ただ……」
「どうしたの?」
フェルディナンは軽く咳払いをして話を続ける。
「彼は圧倒的な異能を秘めていますから……、その。優秀ではない異人に対して、それが態度に表われると言いますか。あ、いや! 威張るとかではなくてですね。愛想がちょっと……悪いと言いますか。元々あまり開放的な性格ではありませんから……、人見知りもしますし」
亜梨沙がじーっとフェルディナンを見ている。その横でフェルディナンは一生懸命オブラートに包みながら説明する。その態度に亜梨沙は眉をしかめて言った。
「え? 何? 南が暗いって言いたいの?」
「あ、いや! そういうわけではありません! 非常にクールなんですよね! クラスでも人気があるようですよ。陰があって格好いいと。ファンクラブもあるとか」
その言葉に亜梨沙の表情が一気に不機嫌になった。
「ちょっとやめてよ。解散よ、そんないかがわしいクラブは。会員のリストを提出しなさい」
亜梨沙は小刻みにテーブルを指で叩く。AAA級の威圧に怯みながらフェルディナンは言葉を絞り出す。
「あの、副会長……? 南さんには引き続きカリスを監視させてよろしいですか? 授業よりも優先することになりますが、彼は成績優秀なので支障はないかと思います」
フェルディナンの発言に亜梨沙は天使の笑顔を浮かべた。
「勿論よー。南は優秀だから適任でしょう。あ、でも二人体制にしてね。東銀と一宮は危ない所もあるから」
そう言うと亜梨沙はソファーから立って、身体を副会長席の方へ向けた。窓の外を見ると、雨は止みそうもない。
この雨の中、異人街で任務にあたっている弟を思うと少し胸が痛む。
「そうですね。ダーカーの他にも吸血鬼がうろついているという噂もありますから。用心した方がいいでしょう」
フェルディナンは肩をすくめて答える。
最近、立て続けに首元に傷がある変死体が発見されているのである。他に目立った外傷が無く、死因も不明であり、ニュースでは吸血鬼事件と揶揄(やゆ)しているのだ。
「まあ、色々と物騒ですが大丈夫ですよ。フィオナさんが一緒です。彼女はA級のギフターですから南さんを守ってくれるでしょう。無表情で何を考えているか分かりませんが、南さんのことは心配しているみたいですよ」
その言葉に亜梨沙は振り向いた。とても嫌そうな顔をしている。
「私、あの子嫌い。変更してちょうだい。今すぐに」
亜梨沙はフェルディナンの肩を揺さぶる。
「いや、今から呼び戻すのはちょっと……。それに属性持ちの南さんと無属性のフィオナさんのペアは理にかなっていますよ。あはは……」
どうやら墓穴を掘ったらしい。フェルディナンはやんわりと亜梨沙の手をかわし、席を立った。まるで女性をエスコートするようにエレガントな身のこなしである。
彼はこの後、訓練校に行く予定であった。これ以上の長話はスケジュールに支障をきたすのだ。
「ちょっとフェル! どこ行くのよ! まだ話は……!」
亜梨沙が後ろで何かを言いかけたが、フェルディナンは流れるような動きで部屋を出た。彼女は優秀だが、弟のことになると自分を見失うのだ。
しかし、今のヒステリックな姿からは想像もつかないが、黒川亜梨沙は【
故にフェルディナンは年下の彼女に敬意を払っているのだ。決して副会長だから、というだけではない。
「さて……と。行きますか」
フェルディナンは腕時計を見て、エレベーターへ向かった。
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