電拳のシュウ ~異能サスペンス~
@yuarano
第一章 異人街の便利屋 <プロローグ>
第一話 異人街の便利屋
――フィル=エリソンは焦っていた。
――娘がトイレに行ったまま席へ戻らない。
フィルは女子トイレの前から、カウンターの向こうにいる店員を呼んだ。
「店員さん! トイレの中を確認してくれませんか? 娘のソフィアが出てこないんです!」
流暢な日本語だが、フィルは金髪のアメリカ人である。年齢は四十代半ばだろうか。さらさらとした金髪で長身だ。
オーナーらしい男が面倒くさそうにフィルの前にやって来る。ひょろっと背が高く、ぼさぼさの黒髪で無精ヒゲが目立つ。ダンディな風貌である。
黒いワイシャツに黒いベスト、黒いスラックスを穿き、バーテンダーのような服装をしている。ネームプレートには八神と書いてあった。
「……お父さん。落ち着いてくださいよ。中を確認しますから」
オーナーは女子トイレのドアを開けた。フィルも中を覗くが、無人であった。娘はいない。
「……個室の中も見てみましょうか。さて……と」
「わ、私も! ソフィー! どこだ?」
二人でトイレを確認していくが、ソフィアの姿は無かった。
――溺愛していた娘が忽然と姿を消してしまった。
フィルは力なく膝をついた。全身の力が抜けていく。オーナーはフィルの肩を叩いた。
「……お父さん。ここは異人街ですよ。ちょっと不用意じゃないですかね? 普通人の街より治安悪いから。トイレの前で見張っていないと」
「そ、そんな!」
「この異人喫茶は観光客に人気ですが、結構危ない奴も出入りしているんでね。……言いたくはないが、誘拐されたかもしれないね。ソフィアちゃんは」
フィルはオーナーに掴みかかった。
「警察を呼んでください! お願いします!」
オーナーは面倒くさそうに、その手を払った。
「……お父さん。もし誘拐犯が異人だったら諦めた方がいいよ。知ってると思うけど、異人ってのはマナをエネルギーにして異能を使う連中ですよ。普通人の警察呼んだって頼りにならんよ。異人街ではね」
「なんて……ことだ。……ソフィア~」
フィルは涙を浮かべた。俳優のように整った顔立ちだが、頼りないパパのようだ。
オーナーは溜息をついた。異人街では誘拐は珍しくはない。
その時、遠くから様子を見ていた男の子が話しかけてきた。
「お父さん。異人街のトラブルなら『
フィルはその男の子を見た。白いタンクトップにカーキ色の短パンを穿いている。黒髪で褐色肌、目はぱっちりしていて可愛らしい。現地の子供のようだ。
「本当かい? 坊や! 金蚊ってなんだ?」
フィルは男の子の肩を掴んだ。娘のために必死である。
「異人街の案件に特化した便利屋だヨ。店長はシュウって人で腕利きの探偵サ。警察より頼りになると思うヨ」
「あ、ありがとう! 分かったよ! ……えっと、場所は」
スマートフォンで場所をチェックすると、フィルは異人喫茶を飛び出した。
――ソフィア! 待ってろよ! 絶対助けるからな!
フィルは観光客で溢れかえった異人街を駆け抜けていく。異人街の便利屋を目指して――。
◆
シュウは散らかった店内で、暑さに悶えていた。
「日本の夏は暑すぎるな」
古そうなエアコンは稼働しているが、明らかに出力が足りていない。もう少々設定温度を下げる必要がありそうだった。
シュウは氷川駅東口の近辺で便利屋を営んでいる。
店名は異人専科便利屋金蚊である。氷川東銀座、通称東銀と呼ばれる巨大な異人街に面している。
シュウは金色の短髪で、髪先がつんつんとはねている。髪色に倣って瞳の色も金色である。三白眼で不良のような容姿だ。
身長は百八十センチ前後で身体は鍛えられており、屋号である金蚊のロゴが入った青柳色の甚平を着ている。
まだ十六歳だが、自身の特殊能力を活かして便利屋を営業していた。
表通りを眺めていると、鋭い直射日光に負けず観光客が往来しているのが見える。
「異人街の何が面白いんだろうな。
まだ夏ではないのに気温は三十度を超えていた。昔の日本には四季と呼ばれる四つの季節があったらしいが、現在は暑いか、寒いかの二択である。
二十一世紀末、日本の人口は減少しており、総人口の十五パーセントは外国人で占められている。表を歩いている人が観光客なのか、それとも移民なのか、判断するのは難しかった。
異人街とは異人が多く定着している街である。
現在、世界には二種類の人種が存在している。
まずは
しかし、人類は少数派を受け入れられないものであり、昔からそれは差別という形で表面化してきた。異人街は差別に苦しんだ異人が形成したコミュニティーが原型となっている。
約十年前に日本は世界で初めて異人の存在を公的に認め、特殊能力者保護法を制定し、世界でその存在感を示した。
日本企業の
「電気代……高いよなぁ。でも暑さには勝てん」
シュウは気怠そうに呟いた。店内には客がいない。暇そうである。
先程、エアコンの温度を下げたので、ようやく涼しくなってきた。
四月からエアコンを多用すると、光熱費の問題で妹のリンが不機嫌になるのだが、暑い事務所では客足が減りかねないので、必要経費として納得してもらうしかない。
(大型の案件で稼いだらエアコンを新調するかな)
狭い店内に受付用のローカウンターが東銀通りに向いて配置されている。
カウンターの上にはパソコンと沢山の書類が置かれており、シュウはその中でメールチェックをしていた。
殺風景な店内には人気アーティストであるカリスの歌が流れている。
カリスはマイチューブのチャンネル登録者数が八千万人を超えており、素顔を明かしていない歌手としては最大の人気を誇る。
彼女は自らが異人であることを公表して活動をしているアーティストである。いわゆる異人の歌姫だ。容姿、素性は不明だが、普通人、異人問わずに支持を集めた。
異人街でもファンが多いため、取り敢えずカリスの曲を流しておけば客受けが良いのである。
「さてと。SNSでも更新するかな」
シュウはパソコンに向かい作業を続行した。
◆
正午を回った頃、突然金髪の男が店内へ入ってきた。
男はブラックとブルーのアロハシャツにネイビーのサマースラックスを穿いている。羽目を外した服装とは裏腹に、顔面は蒼白で明らかに狼狽していた。
男は外見からは想像できないほど流暢な日本語で大声を出した。
「すいません! 異人街で事件に巻き込まれたのですが。こちらで相談できますか!」
シュウは金髪の男を上から下まで眺める。見たところ観光客のようであった。
「はいはい! 落ち着いてくださ~い。お客さ~ん! 異人街へようこそ~」
シュウは無表情のまま手をひらひらさせて男を歓迎した。初見の客に対する定番の挨拶である。男は混乱しながら一応頷いた。
「……は、はあ」
異人街は問題も多いが、ツアーガイドの指示に従い、危ない場所へ行かなければ人気の観光地でもあった。
活気のある商店街に人が溢れ、多数の露店が出ている。異人街でしか手に入らないアイテムや、食べられないグルメも存在する。
東銀は異人以外にも数多の移民や難民が流入しており、様々な文化が入り交じっているので、ディープな異国の雰囲気を味わえる人気のスポットであった。
しかし、東銀は密入国者や半グレ集団、反社組織の隠れ蓑にもなっており、治安の悪い場所が存在する。
(どこかのバーでぼったくられたかな)
このような観光客が金蚊へ依頼に来ることは多いので、シュウはそのように想像した。今はとにかく客を落ち着かせるべきである。
「はいは~い、異人絡みの案件ね。まずはそこに座ってください。内容を伺って報酬を決めましょう」
そう言って金髪の男性を受付のカウンターへ座らせようとしたが、男は頭が混乱しているのか中々座ろうとしない。
シュウは人見知りではないが、人を気遣うことが苦手である。腹芸は大の苦手。感情が顔に出るし、お世辞も言えない。
故に真っ青な顔の西洋人を落ち着かせる術も持ち合わせていない。
悩みに悩んだシュウは一言声を掛けた。
「バーでゲイに
「……」
シュウのジョークは受け入れられなかったようだが、男は無言で席に座った。
気まずい雰囲気の中、シュウもそれに倣い席に着くと、ガラガラとガラス戸を開けて妹のリンが入ってきた。
どうやら彼女は買い物に行っていたようだ。手にはエコバッグを持っている。
「兄さん、お客様に対して失礼な言動はお控えください。こちらの方は大分お疲れのようですから。麦茶でも出して差し上げましょう」
妹のリンはシュウより年齢が一つ下だが、しっかり者で真面目な性格である。シアーベージュのボブヘアで前髪は奇麗に切り揃えられている。
髪は全体的に外ハネで、可愛らしい顔立ちをしているが、服装はシュウと同じ青柳色の甚平である。そのギャップが微笑ましくもあった。
リンは給湯室へ向かい冷蔵庫から麦茶を取り出した。
男はリンの発言で冷静さを取り戻したらしい。流暢な日本語で語り始めた。
「私はフィル=エリソンと言います。こちらには休暇で来ました」
フィルの自己紹介に、シュウはまだ自分が名乗っていないことを思い出した。
「あ、申し遅れました。俺はシュウといいます。こちらは妹のリンです」
フィルと名乗った男性は出された麦茶には手をつけず、話を続けた。
「氷川東銀座通りを南に行った所に『異人喫茶』という店がありました。そこで娘と食事をしたのです。観光客が多くて気さくな店内でした。それなのに……誘拐されたようなのです」
シュウとリンはフィルの前に座って話を聞いていた。誘拐とは穏やかではなかった。背景に流れている陽気なカリスの歌はかなりミスマッチかもしれない。
シュウはBGMの音量を小さくし、フィルに続きを促したのである。
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