ほんのちょっとの幸せで

学生作家志望

明日への橋

「おにいちゃん、なんでお母さん、帰ってこないの?」



「僕のクラスのみんなが言ってたよー?普通の家にはお父さんとお母さんがいるって。じゃあなんで僕たちの家にはいないの?」



覚えてない………か。


あまりにショックだったのかな。



あの日に起こった出来事は、この家の最年長で長男でもある悠介ゆうすけ以外は覚えていなかった。当時、弟の圭太けいたは5歳で妹のすずみは6歳。


覚えていてもおかしくないくらいだと悠介は考えていた。刺激が強すぎたのだろうか。2人はまったくそのことを覚えていなかった。まるでそこだけが編集でカットされたかのように。


ただ、悠介1人をのぞいて。


 ◆

「ふざけんなっ!!お前のせいだろうが!お前がちゃんとしないから部屋が散らかってるんだろ。悠介だって来年からは高校生だぞ、お前がしっかりしなきゃ勉強に支障が出る。」



「なに?私の家事が悪いっての?じゃあなんで結婚したんだよ!!私だって頑張ってんだよ、もううんざり。限界。もう知らないから、勝手にすればいいじゃん。」



「な………無責任なことを!!ふざけるな!どこに行くんだ!!」



父は母を追いかける。母は外に飛び出そうと走った。家族から本気で逃げるその様子は、狂気を帯びていた。



「待て、あの子たちはどうするつもりだ!!それを聞かせなさい。」



「………勝手にしろって言ってんだろ!!!」



バチンッッッ!!!!



悠介は2階の自分の部屋にいた。圭太と涼も同じ部屋に隠れるように入っていた。案外2人は怯えているわけではなかった。悠介が下で起きている出来事を察して、2人にショックを与えないように読み聞かせを必死に行っていたからだ。


本当に怯えていたのは、悠介。彼の声はいつもの落ち着いたゆったりした声ではなく、とても震えていた。不安、心配、そして恐怖。負の感情ばかりが重なっていた。



「………おにいちゃん、いまのおと、、」



涼が何かを察したようにつぶやいた。


悠介がそれを誤魔化すかのように読み聞かせのスピードを早めるが、効果はない。もう、気付いてしまったのだ。



母が父を殴った………



その後、玄関の扉がいつもより強く閉まる音が聞こえて、それからはもう1階の部屋から聞こえる音は無くなった。



「おにいちゃん、」



瞳がうるうるとしていた。デスクライトの優しい光だけをつけていたのに、これだけ輝いている。涼が強いショックを受けてしまって今にも泣きそうだということを悠介は察していた。



「…………」



圭太もずっと黙って読み聞かせを聞いていたが、涼が泣いたのを見て何となくどんな状況なのかはここで気付いた。



「おにいちゃんさ!下からジュース持ってくるよ、そろそろ喉乾いたでしょ?だから待っててね!すぐ戻ってくるから!」



「うん。」



涼の涙を止めるためという目的もあったが、1番の目的は1階が今どうなっているかの確認だった。悠介は不安で無意識のうちに息を殺しながら歩いていた。


ゆっくりと、ゆっくりと、やがて1階、いやこの家がどうなってるかを知る。悠介はここで全てに絶望した。


リビング、トイレ、玄関、どこを見ても、誰もいなかったのだ。


母親、父親は、悠介と圭太、涼を置いて家から姿を消したのであった。



 ◆

「お母さんも、お父さんも今は忙しいけど、いつか必ず会えるから、楽しみにしててね!」



ここ最近になって、圭太と涼が思い出したかのように父と母の話をするようになった。だから、毎度こうやってお決まりのセリフで回避してる。なるべく話が広がらないように気をつけてるんだ。



「ごちそうさまでした!さあ、お皿はどうするんだっけー?」



「キッチンに持ってく!!」



「持っていたら洗い方はわかるかな?」



「わかんなーい!」



「仕方ないな、お兄ちゃんがやるから2人ともよく見てるんだよー!」



「うん!」



 ◆



「よしっと、、2人とも寝たな。おやすみ。」



悠介が時計を見た時、時間は21時を回っていた。



スライド式のドアをゆっくりと閉める、気をつけなければ音が立ってしまうからかなり慎重に。起こさないように。



「………ふう、終わった。」



やっと1人の時間がやってくる。悠介はこの時間が大好きだ。ほっと一息がつけるこの時間が、たまらないのである。



「今日も疲れたなー、明日も学校………。ん?えまって、月末じゃん!そうだ給料日が近いぞ!!」



悠介はカレンダーに蛍光ペンで線を引いた。バイトの給料日、そして………



「クリスマスプレゼント、2人に買ってあげよ!」



毎年クリスマスの日はプレゼントを用意するのが恒例。もちろん2人を寝かせた後に枕元にプレゼントを置く。


そして朝になってから、「サンタさんがきたよ!!」と起こすのがテンプレ。毎年、飛び上がって喜ぶのがほんとに可愛くて、可愛くて。



悠介の口角が徐々に上がっていった。想像するだけで可愛くてついニヤけてしまうんだ。



「今年はどんな風に喜んでくれるかな!」



 ◆

そうして、待ちに待ったクリスマス当日。街はいつも以上にロマンチックな雰囲気に彩られた。この街自慢の噴水がある場所は、イルミネーションも行われていた。


そんなこともあって街には手を繋いで歩くカップルが増え、1人で歩くことが出来るような雰囲気ではとてもなかった。


そんな中を「るんるん!」と鼻歌をしながら楽しそうに1人、歩いていたのは悠介のみ。



「なあ、俺のクラスによ、悠介っていう影薄いやつがいてさwwまじであいつ見てると、ザ陰キャって感じしておもろいんだよなww」



「まじ?そんなやついんのかよ今度見に行くわw」



道路を挟んだ反対側を集団で歩いていたのは、悠介の同級生2人組。悠介の陰口をしながら笑って歩いていた。



「おい!噂をすれば、あいつだよ!悠介ってやつ!」



「まじかすげえw」



2人組はすぐ近くにあった交差点に急いだ。反対側へ渡るため、というより悠介にちょっかいをかけるためだった。



「おいあいつ1人でおもちゃ屋入ってったぞw」



「出待ちしてやろ!!」



 ◆

「光るおもちゃが欲しいんだっけ?あと、スノードームセット!それに、カードゲームのカード………」



圭太と涼に事前に聞いておいた今年のサンタさんのお願いを叶えるために、悠介はおもちゃ屋へ来ていた。全ての品を揃えた後、レジで会計を済まし、店をあとにする。


悠介は店に入る前よりもさらにるんるん気分で歩いて行った。「早く家につかないかな」という思いを抱えながら。


「早く喜ぶ顔が見たいなー!」



ドンッ



軽快なスキップをしていた悠介は、前にいた人とぶつかり、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。



「いってえ、、」



「おいおい、スキップしてねえでちゃんと前見ろよカスが!」



「す、すいません………」



悠介がそう言いながら顔をあげると、ぶつかったのが同級生であることに気付いた。同級生だからよかったと安心しながら、立ち上がり、また軽快なスキップを始めようとした時だ。



「なあお前w」



「え、あはい!」



「クリスマスになんでおもちゃ屋から出てきたんだよwもう高校生だろww」



「え、いや、えっと、」



「それともなに?兄弟にプレゼントですかー?良い子ぶっちゃってきもちわりいーww」



「………」



「なんだよこいつ、黙り込んで。おもんな。行こうぜ。」



「ああw」



悠介は下を見てずっと無言のまま家へと向かって帰って行った。酷く、傷ついた。同級生にあんな風に思われていたなんてまったく知らなかったからだ。



友達はいない。作る気が本人になかったので、その結果。


仕方ないという言葉で片付けるにはあまりにひどすぎる言葉をかけられた。そして、なんにも言い返すことの出来なかった自分にも失望していた。



ガチャッ



玄関の扉を静かに開いて家の中に入った。それから、靴を片方ずつゆっくり脱いで、脱いだ後は綺麗に並べて。いつもやってることだけど、この日はどこか雑だった。何にもやる気がなかった。



「ただいま。」



そう小さくつぶやいた。時刻は15時。冬休みだから2人は午後から外に遊びに行って、帰ってくるまではおそらくもう少しだけかかるだろう。だから、いつもなら元気な「ただいま」も小さく言った。



「おにいちゃん!!」 「おにいちゃん!!」




「えっ、圭太に涼!?なんでいるんだ?遊びに行ったんじゃ、、」



「ふふん笑」

「これ!おにいちゃん!」



2人がゆっくり悠介に近付いて、後ろに隠していたそれを「いっせーのーで!」で差し出した。



「これ、お兄ちゃんの好きなお菓子じゃん!なんでー?」



「この前、おこづかいくれたじゃん!お金使って2人で買ってきたんだ!おにいちゃん、いつもがんばってくれてるから!食べてほしくて!」



悠介は毎月はじめに、給料から2人にお小遣いを出していた。といってもすごく少ない、本当に少しだ。お菓子なんかに使えばすぐに消えてしまうようなそれくらいの量。



「ありがとう、圭太、涼。お兄ちゃん、嬉しいよ………」



そう言いながら悠介が2人を抱き寄せて思いっきりハグをした。



「おにいちゃん笑」 「やめてよはずかしいよ笑」



「うん、うん………ありがとう、、」



何を言われてもただそう言うことしか、今の悠介には出来なかった。



「おにいちゃん、泣いてるー!なんでー?」



「ほんとだ!泣いてるー!」



「ああああっ、、、ごめんな、いつも、いつも、ダメなにいちゃんでさ、!幸せにしてあげられなくて………」



「おにいちゃん!私たち、とっても幸せだよ!毎日、たのしいもんっ!」



「ねー!」



2人が顔を合わせてそう言った。その顔は満面の笑みを浮かべていた。「幸せ」の形を切り取ったような、そんな笑顔。



「………ありがとう、お兄ちゃんも幸せだ、ほんとに幸せだ。これで明日も頑張れるよ!」



「よかった!!」



「さ!じゃあみんなで遊びにいこっか!」



「え!やったー!!」



幸せはいつくるかわからない。不幸せ、絶望だってまた同じ。でも、どんな絶望が来たとしても、諦めずにほんのちょっとの幸せを見つめて生きていけば、必ずいつか本当の幸せをみんなで掴み取ることができるのだと思う。

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ほんのちょっとの幸せで 学生作家志望 @kokoa555

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