第14話

恐怖の一夜は兵士達からすぐに国中に伝わった。


「お城の門から飛び立って空に消えていったらしいわよ」

「ウォンイ様が連れ去られたって」

「雨が降らなかったのも、魔女の仕業だったんでしょ」


チヤはもはや王弟の妃と呼ばれることはなく、白き魔女は国を危機に陥れた悪しき存在として民の恨みを一身に受けていた。




白の里ではツギハが街の様子を報告していた。ウォンイ、チヤ、カダが聞いている。


「王様が手を回したんだろうけど、たった2日で凄い勢いで噂が広まってるよ」

「髪を残したのも大きいかもしれんな」


口を開くウォンイの横では、うなじが見えるまでばっさり髪を切ったチヤがいた。


「カダはチヤと一騎討ちして死んだことになってるよ。チヤの髪とカダの腕が残ってたのが決め手になったみたいだね」


事件の真相はこうだ。

門の上にいるチヤとウォンイを、イソラとイザナの糸で引き上げ空に消えていったように見せかける。

その後チヤの髪と、カダの腕に偽装したイソラの腕を兵に発見させて、カダの死を偽装したのだ。

ウォンイはチヤに連れ去られたとしてジンイが認めたことで、もう戻らないだろうと民は認識している。


「あと1ヶ月で雨が降るってのは、みんな信じてくれたみたいだね。白き魔女の噂で盛り上がってるのもあって、暴動の気配は今のところないよ」


3人はホッとする。あとは雨が降るまでの間、ジンイがなんとか民の気持ちを保たせてくれるだろう。



その夜はチヤ達3人を歓迎しようとトア達の家に集まっていた。シロ、クロ、イザナ、イソラ、ツギハ、トア、センと共に3人は楽しく食卓を囲む。


「まさかチヤがこんな大胆なことするなんてな」

「と言うか、聞いてないことが多すぎて頭がついていかないんだけど」


心配させまいとトアとセンには進化のことや城でのことは話していなかったのだが、チヤが戻ってきたことで全て知ることとなった。


「ごめんって。心配させたくなかったんだよ。あ、このおかず好き。センの料理がまた食べれて嬉しいなぁ」


ごまかすチヤに、2人は「まったく」と呆れながらも戻ってきたことを素直に喜んでいた。


「でもせっかくの髪をこんな短くしちゃって」


クロが残念そうにチヤの髪を触る。


「いいんだよ。もう僕には必要ない物だったから」


妙に上機嫌に言うチヤの隣で、イソラが少し意地悪な顔をしている。


「でも、せっかくの髪を切らせて城にいれなくさせて悪評まで立てられて。クロ的にはウォンイに言いたいことがあるんじゃないの」


ウォンイがビクッと震えた。

それを見逃さずクロが矢で射るような視線を投げる。


「そうだな。確かに。大切なチヤにそんな扱いをして、一発殴るだけじゃ済まないくらいのことをしでかしてくれたな」


ウォンイが震え上がる。

周りがワクワクと様子を見守っていると、クロがフイっと視線をチヤにうつした。


「これでチヤだけ追い出して自分は城でぬくぬく過ごしていたら首を取りに行くところだが、全て捨ててチヤについてきたんだからな。それでチャラにしてやるよ」


フンっと鼻を鳴らすクロに、ウォンイは力が抜けてヘナヘナと手をつく。

そんな2人の姿を見てチヤはふふっと嬉しそうにしていた。


「だが、俺が自由に外を歩けるようにする約束は果たせなくなったな」

「それは……すみません」


ションボリ反省するウォンイにさすがに悪い気がしてクロが何か言いかけると、シロが口を挟んできた。


「なら、この里の長になったら?」


全員が「は?」という顔になる。


「シロ?何言ってんだ?」

「いや〜。こないだ長が言ってたんだよね〜。そろそろ引退したいって。ウォンイなら元王族だし、里を治めるのに向いてるんじゃない?」


シロの言いたいことが見えてきて、イソラが話にのる。


「それいいなぁ。里もこれから外に向けて変わっていかないといけないし、初の普通の人の長ってわけだ」

「なになに。ウォンイさんが長になるの?」

「おもしろそ〜」


トアとセンの若者コンビは面白そうなものにテンションがあがる。


「そうなれば、私もついてきた甲斐がありますね」

「ウォンイ付きになるっていう俺の夢も叶うんじゃない?」


カダは真面目に、ツギハは悪ノリで話にのる。


「金色の王様だ」

「いいね、それ。白の里を治める金色の王だ」


イザナのネーミングにシロが相槌を打つ。

みんなもうんうんと頷いている。


「お前達、何を勝手に」

「おい。ウォンイ。お前長になれ」


勝手に盛り上がるまわりを止めようとしたウォンイに、クロが容赦ない一言を浴びせる。


「え?は?クロ殿?」

「お前が長になって、里から世の中を変えろ。それで、俺が自由に外を歩けるようにしろ」


尊大そのもののクロに、ウォンイはただ「はい」と言うしかなかった。

チヤはそんなみんなを見て幸せを噛み締めていた。




ウォンイが長になる話を今の長に話すと、大喜びで賛成された。

ただ里に来てまだ間もないウォンイを急に長にするわけにもいかないので、まずは里での生活を続けて里の人達と馴染むことから初めることになった。


そして数ヶ月が経った。


「ほら。ウォンイ。もっと腰低くして」


今日はセンに指導されながら、田植えの手伝いだ。


「はあ〜。疲れた。田植えとはこんなに大変なんだな」

「はっはっは。自分達が毎日食べてたもんが、どんだけの苦労でできてるかわかったか」


笑いながらセンは次の仕事に行ってしまう。


『視察で民の生活は見てきたつもりだが、実際にやるのはこれほど大変なんだな』


疲れ果てて立ち上がれないウォンイの元へ、チヤが手紙を持ってやってきた。


「ウォンイ。サジェが無事に子供を産んだって。男の子だよ」

「そうか!それはめでたい!」


チヤとリョクヒはイザナを配達役として文のやり取りをしている。

ちなみにシュリとも文のやり取りをしており、そちらも嫁ぎ先の家業を盛り上げて順風満帆な生活を送っているらしい。


「ジンイ様にもお祝いの文書いたら?」

「そうだな。イザナに頼むか」


イザナはジンイとのやりとりにも大活躍している。

あまりに華麗に城に忍び込むので、ジンイに密偵として働かないかとスカウトされたほどだ。


「糸についてもまた情報が入ってるかもしれないしね」


チヤが雨を予想した時、糸が光に姿を変えて国を覆ったことが噂になっているらしい。

噂を辿ると光を見たという者に行きつき、その者たちは例外なく糸を見れるため、ジンイの力を借りて調査をしてるのだ。

ちなみにチヤの予想通り1ヶ月後には雨が降り出し、水不足はすっかり解消してされているらしい。


「光を見た人には若い人が多いし、やっぱりウォンイの言う進化が正解なのかな」

「さあな。まだなんとも言えんだろ。とりあえず糸を見れる人達をどう扱うだな。べつに糸を出せるわけではないから、普通に生活してもらえば問題はなさそうだが」

「白の人と交流を持ってもらえたら嬉しいけどね。外と繋がる第一歩だ」

「交流といえば、明日は納品の日だな。センに確認しとかないと」


近くの村にセンの草鞋の大ファンだという人がいて、ぜひ店に置かせてくれと依頼が来たのだ。ウォンイが間に入って話を進め、半月に一回、草鞋を納めに行っている。


「よく売れてるみたいでセンが喜んでたよ。あ、トアは例の子にやっと話しかけられたみたいだよ。うまくいくといいね〜」


トアは野菜を売りにいく途中に見かけた娘に一目惚れしたらしく、アプローチしようと奮闘中だ。


「このままみんな良い方向に向かっていけたらいいね」

「どうかな。全く進歩のないやつもいるぞ。ほら、噂をすれば」


ウォンイが指差す先には、野菜を山ほど詰めたカゴを担ぐカダがいた。


「ウォンイ様。チヤ様。今日はたくさん採れました。クロ殿の指示で配り歩いてますので、こちらがお二人の分です」


カダは里で暮らしだすと意外な才能を発揮し、畑仕事に針仕事、料理に炊事洗濯と何でも器用にこなしていた。その姿をいたく気に入ったクロが無理やり自分に弟子入りさせ、あれやこれや教え込んでるのだ。


「ありがとう。クロにこき使われてない?大丈夫?」

「ご心配には及びません。クロ殿は厳しくも優しい、素晴らしい方です。あの方に師事できて私は幸せ者です」


胸を張るカダに、なんだかズレてるなぁとチヤは笑いが乾いてしまう。


「そろそろツギハが帰ってくる頃だろう。出迎えなくていいのか?」

「もうそんな時間でしたか。まあ勝手に帰ってきて適当にするでしょう。私はまだ野菜を配らないといけないので失礼いたします」


そう言うと、カダはカゴを担ぎなおして去っていく。


「進歩って、ツギハとのこと?」


3人が里に住むことになった時、チヤとウォンイは一緒に住むとしてカダをどうするかという話になった。

最初はトア達がうちに来いよと誘ってくれたが、イソラの家に居候中だったツギハが2人で暮らしたいと言いだしたのだ。

幸い空き家はあったし、ツギハもいつまでも居候というわけにはいかないだろうと2人での生活が始まったのだが。


「あの2人は全く進歩がないだろう。一緒に暮らして少しは変わるかと思ったのに」


ウォンイでさえツギハの気持ちに気づいたのに、肝心のカダは全く気づかない。

ツギハは「外堀から埋めてくからいいよ」と気楽に構えているが、外堀で終わってしまうんじゃとチヤは不安になったきた。


「まあ、2人には2人のペースがあるんだよ。任せよう」


無理やり明るい感じで締めて、チヤは家に歩き出す。

隣にはウォンイがピッタリとついて歩く。


「ふふ」

「どうした?」

「いや。ウォンイとこんな風に歩く日が来るなんてなと思って」

「………初めて会った日。俺は王弟でいることに疲れて、1人になりたくてあの場所にいたんだ」


ウォンイから初めて知らされる出会いの日のこと。


「お前は天気が読めて美しい眼も持っていて。でも全く自分に納得していないようだった。王族という地位にいながら自分を愛せない俺に似てる気がした。………気づけばお前に会いたくて何度もあの小屋に行っていた」


チヤがウォンイの手を握る。

ウォンイは嬉しそうに握り返した。


「お前は俺の世界を変えてくれた。お前に愛される自分を誇らしく思えた。……まさか城から連れ出されるとは思わなかったがな」


緩く笑うウォンイにチヤも優しい笑みを向ける。


「僕もまさか魔女として国中に恨まれる日がくるなんて思わなかったよ。……髪を切る日がくるなんてことも。……髪はね。クロへの憧れと同時に呪いだったんだ。何もできない自分への」


チヤは里に戻ってからも髪を伸ばしていない。ショートカットのままだ。


「クロに褒められちゃった。短いほうがよく似合うって。僕はもう誰かの背中を追ってるチヤじゃないんだね。ウォンイの愛してくれたチヤだ」


家が見えてきた。

小さくて温かい。2人の城だ。


「でも、これからが大変だよ。なんせ里を変えて、世界を変えなくちゃいけないんだから」

「大丈夫だろ。俺たちは白き魔女と金色の王なんだから」


その言葉にチヤが笑う。その姿は美しくて、ウォンイだけの優しい魔女だった。

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