第12話

白の人のことを聞いてから、ジンイは糸に関する話がないか、市中の噂を逐一兵に報告させている。

チヤとウォンイも文献を調べたり、視察のついでに話を聞きに行ったりしているが、なかなか有益な情報は掴めない。

気づけば2ヶ月が過ぎていた。


「やっぱりそう簡単にはいかないか〜」

「お疲れ様です、チヤ様」


チヤが部屋で項垂れていると、シュリがお茶とお菓子を持ってきた。


「ありがとう」

「大変そうですね。私も周りに聞いてみていますが、やはりそれらしい噂はありません」

「シュリも色々聞いてくれたんだね。ありがと〜」


すでに事情を知っているカダと、白の人のことを知っているシュリには、情報を共有して協力を仰いでいいとジンイに許可をとっている。

ツギハについてもウォンイ付きの兵にして協力させていいと言われているが、カダが兵としてはまだ力不足だとストップをかけた。


「それにしても、生き物がカタチを変えて生き残ってきたというのは不思議な話ですね」

「ね〜。ずっと先の未来には糸の出る人が普通になるかもしれないよ」

「あら、では生活が全く変わっているかもしれませんね。いつか魚のように水の中を自由に泳げる人なんて出てきたら楽しそうですね」

「なら僕は鳥みたいに空を飛べたらいいなぁ」

「ふふ。そのままウォンイ様を置き去りにして飛んでいってしまいましょうか」


それいいね〜と笑いあう。

少し疲れ気味だったチヤだが、シュリのおかげで元気を取り戻していた。




数日後、なかなか進まない白の人の調査で考え過ぎないようにと、ウォンイはチヤを連れて視察に来ていた。


「ウォンイ様。コクヒ様。お越しいただきありがとうございます」

「うん。村長、久しぶりだな。みなの様子はどうだ?」

「それが……みな元気にはしているのですが、このところ日照り続きで水が不足しがちでしてな。農作物にも影響しそうなのです」


チヤが畑のほうへ目を向けると、たしかに枯れている物がチラホラ見えた。


「そうか。あまり続くようなら対策を考えねばいかんな。陛下にもお伝えしよう」

「よろしくお願いいたします。さて、みながお二人に会うのを楽しみにしています。みなの所へ向かいましょう」


村長に連れられて村人達の所へ向かう。

チヤはこっそりと糸でこの辺りの天気を調べてみるが、やはり雨の気配はなかった。


『僕の糸が天気を読むだけじゃなくて、天気を操れたらいいのにな』


およそ人を超えた力を求めかけて、欲を言ってはいけないなとチヤは自戒した。




水不足は他の村でも深刻になってきているらしく、視察から戻ってからのウォンイはその対応に追われていた。

チヤは1人でできることをしていたが、ただの妃にできることなど限られ、調査は行き詰まってしまう。


「チヤ様。少しよろしいでしょうか」

「シュリ?どうしたの、改まって」


チヤが部屋でこれからどうしようかを考えていると、少し暗い顔をしたシュリが入ってきた。


「実は、先ほど報告がありまして。リョクヒ様がご懐妊されたそうです」

「え!リョクヒ様が!そっか〜。おめでたいね〜」


チヤは我が事のように喜ぶ。


「お祝い言いに行っていいのかな?なにかお土産持ってったほうがいい?」

「今は安静になさらないといけない時期なので、落ち着いたら伺いましょう。お持ちする物もその時に考えたら宜しいかと」

「そっか〜。早く会いに行きたいなぁ」


リョクヒの妊娠を心の底から喜んでいるチヤを見て、シュリは複雑な思いを抱えていた。



リョクヒ懐妊の話が広まると、反ジンイ派の高官達がウォンイのもとへやってきた。


「この度はリョクヒ様のご懐妊、誠にめでたいことでごさいますな」

「……そうだな」


高官達の胸の内などすでに理解しているウォンイは、めんどくさそうに返事をする。


「コクヒ様も嫁がれて1年が経ちました。ウォンイ様もそろそろお子様のお顔が見たいのではありませんか?」


それきた。とウォンイは予想通りの言葉にうんざりする。


「コクヒは妃としてよくやってくれている。王子はすでに2人いるのだから焦ることもないだろう」

「私共もコクヒ様のご活躍は存じております。何もコクヒ様を追い出せとは申しておりません。ただ保険として側室を迎えられてはいかがかと。そのほうがコクヒ様もお心が軽くなられるでしょう」

「そうです。陛下に万が一のことがあれば、王として立たれるのはウォンイ様でございます。そうなればウォンイ様の血を継ぐ王子がおられたほうが良いでしょう」


高官たちのあまりの物言いに、ウォンイの目つきが鋭くなる。


「陛下に万が一のことなど、よく口に出せたものだな。仮にそうなったとしても私が玉座に座るのは王子が成人するまでの間だけだ。余計なことを考える時間があるなら、水不足で苦しむ民のために少しでも働け」


ウォンイの迫力に高官達がすごすごと引き下がっていく。

入れ替わるように部屋に入ってきたカダが渋い顔をした。


「またあの者達ですか」

「ああ。兄上に子ができて焦っているのだろう。直接的には何もしないだろうが、チヤにも害が及ぶかもしれん。シュリとお前で助けてやってくれ」

「承知しました」

「そう言えば、そろそろツギハを呼んでもいいのではないか?」

「そうですね。実力はもう十分でしょう。ですが、あえて城の外にいてもらったほうが動きやすいこともありますので」

「そうか。確かにそうだな。………ふぅ。チヤにも苦労をかけてしまうな」

「チヤ様も覚悟の上でしょう。まあ、クロ殿の怒りを買わないようにはしないといけませんがね」

「ははっ。それだけは避けないといけないな」


そんな話をしていると、ウォンイはたった2度しか行っていない白の里が妙に恋しく感じた。

そして、『またチヤを連れて行ってやらないとな』と目の前にある問題に立ち向かう気力を振り絞るのだった。



果たしてウォンイの予感は当たり、巷ではチヤに関する悪評が広まっていた。


「王弟のお妃様はお子も作らず城の外をフラフラ出歩いてばかりだそうよ」

「魔性の力で王弟を操って、誰の話も聞かなくさせてるとか」

「水不足で苦しんでる村を訪れては、無理難題を言って村人を困らせてるんだってさ」


リョクヒの懐妊を祝福させたくない高官達は、更にこんな噂まで流し始める。


「最近雨が降らないのは王妃様のお腹の子が呪われた子だかららしいよ」

「え?私は王弟の妃が自分に子ができないことで王妃様を妬んで、呪いをかけてるって聞いたわよ」

「王弟のお妃は、遠い西の方から来た魔女っていう妖怪なんだって」


あまりに荒唐無稽な噂にチヤは怒るよりも呆れ、最後には面白くなってきた。


「僕は西の方から来た妖怪らしいよ〜。当たらずも遠からずかもね。白の人は普通の人から見たら妖怪みたいなもんだし」

「……チヤ様は来た頃に比べて随分とお強くなられましたね」

「え〜?そう?」


悪評に心を痛めるのではと心配していたシュリは、噂をケロッと笑い飛ばすチヤに肩透かしを食らっていた。


「でもリョクヒ様が心配だな。ただでさえ妊娠中は体も心もお辛いだろうに、こんな噂までたてられて」

「あと数日もすればお会いできるようになりますよ。お腹のお子様は順調に育っているようですし、チヤ様の元気をわけて差し上げましょう」

「うん!お土産考えないとね!」


チヤの明るさはシュリにも伝播する。

この方は思っていたよりも凄い方なのかもしれないと、シュリは感心していた。




その頃。カダは都から離れた街でツギハに会っていた。


「家に帰って色々聞いてみたけど、街でもチヤの悪評は広まってるみたいだね。ついには『白い魔女は怪しげな術を使って人や物を操り、民を苦しめては楽しんでいる』なんて噂まであるみたい。まあ怪しげな術で物を操るってのは白の人を想像させるからなんとも言えないけど」

「チヤじゃなくてチヤ様と呼べ。はぁ。せめてもの救いはチヤ様が全く気にされてないことだな」

「あの人、何気にめっちゃ強いよなぁ」

「城に来られた頃はもっと繊細であられた気がするのだがな。まあ妃として頼もしくはある」

「そりゃ、いいことだ。ちなみに田舎の方へ行くと、水不足関連の噂のほうが強くなるね。やっぱり切実なんだろうなぁ」


街育ちのツギハにはいまいちピンとこないようだったが、農作物で生計を立てる人達にとっては死活問題だった。


「そちらのほうが深刻だな。ウォンイ様も頭を抱えていらっしゃる。私には各地の様子を報告することしかできないのだが」

「それだって必要なことだろ。カダは自分のやれることをしっかりやってるじゃないか」


ツギハの言葉にカダが目を丸くしている。


「なに?俺、変なこと言った?」

「いや。お前に励まされる日がくるなんてと思ってな」


感慨深げに言うカダに、ツギハは気をよくする。


「あのさ、今日はもう遅いし、ここからなら白の里のほうが近いだろ。……だから、今日は里に泊まれば……」

「いや、ウォンイ様に早く報告をあげたいし、チヤ様も心配だ。すぐ城に戻る」


ご苦労だったなと、カダはさっさと帰ってしまう。


「………くそー!俺は諦めないぞ!諦めないからな!」


残されたツギハは1人叫んでいた。




数日後。

やっと面会の許可がでて、チヤはリョクヒの部屋を訪れていた。


「リョクヒ様。この度はおめでとうございます」


挨拶の言葉こそ礼儀を弁えているが、チヤはウキウキソワソワと全く落ち着きがない。


「ありがとう。コクヒ。あなたの顔が見れなくて寂しかったわ」

「私もです!やっとお会いできて嬉しい!」


チヤに関する噂はリョクヒの耳にも入っており心配していたのだが、やたらとテンションの高いチヤを見て『あれ?』と認識が変わってしまう。


「コクヒ………元気そうね………色々と心配していたのだけど」


どうしていいかわからなくて笑いが引き攣ってしまうリョクヒに、コクヒは膨れっ面で答えた。


「ああ。あの噂のことですね。酷いですよね。私はこんなにもリョクヒ様のご懐妊を喜んでるのに」


フグのようにプーっと膨れる顔を見て、やっとリョクヒが笑った。


「そうね。私も早くこの子をあなたに会わせたいわ」

「楽しみですね〜。どうかお身体大切にしてくださいね」


朗らかなチヤの明るさは、国王の子を身籠るという重荷をリョクヒから忘れさせた。



「思ったよりお元気そうで良かった〜」


妊娠中の体に負担をかけてはいけないと、リョクヒとの面会を早々に切り上げてチヤとシュリは部屋に戻る途中だ。


「妊娠中はあまり出歩けませんからね。お寂しくないように時々顔を出しましょう」

「そうだね。あ、カダに今度遠出した時にお土産買ってきてもらえるように頼もうかな」

「それはいいですね。今ならウォンイ様のお部屋におられるはずです」

「ついでに寄ってこう!」


チヤがご機嫌で部屋に向かうと、ちょうどウォンイがカダからの報告を聞いている所だった。


「ウォンイ。入る…」

「では、周りの村から生贄を出せと責められているのだな」


部屋に入ろうとして、物々しい雰囲気にチヤの動きが止まる。


「はい。雨が降らないのはお前達が神事に失敗したせいだ。神の怒りをおさめるために生贄を差し出せと」

「民の不満が溜まっているのはわかっていたが、ここまでとは。何か対策をせねば。陛下のところに行ってくる」


ウォンイが部屋を出ようとしたところで、話を聞いていたチヤと鉢合わせた。


「チ……コクヒ。どうした、そんなところで」

「今の話、何?生贄ってなんのこと?」


漏れ聞いた話から大変な事態になっていることを察したチヤが問い詰める。


「……お前には関係のないことだ。私は陛下のところへ行かなければならん。お前は部屋に戻れ」


それだけ言うとウォンイはチヤを置いて去ってしまう。

残されたチヤは傷ついた顔でそれを見ていた。

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